平安兄氏絵巻

段の三 千の影
ふっ・・・待っていたよ兄くん・・・だよ・・・

影・・・それは光あるところに生まれ
常に光に付き従う
光・・・それは影を照らし
影を打ち払う
妹・・・それは兄あるところに生まれ
常に兄に付き従う
兄・・・それは妹を導き
夢へといざなう


「ふっ・・・・・そうだよ・・・・・兄くん・・・・・鬼の門と書いて鬼門・・・・・私は・・・・・待っているよ。」

私は・・・・・護摩壇の燃え盛る火を背にして・・・・・星空を見ていたよ・・・・・
今日は何だか・・・・・私の周りの・・・・・鬼達が騒がしくてね・・・・・
こんな夜は・・・・・兄くん・・・・・そう、兄くんが・・・・・来そうな気配だ・・・・・

私かい?・・・・・私は千影・・・・・千の影と書いて千影・・・・・兄くんの話だと私は・・・・・天皇と呼ばれる権力者の娘だそうだ。・・・・・権力者・・・・・ふん、下らない・・・・・そうは言うものの、兄くんは・・・・・その権力者の息子なのだが・・・・・肩書きなんて関係ないよ・・・・・兄くん・・・・・兄くんは・・・・・兄くんは私だけの兄くんなのだから・・・・・古の昔からの運命なんだよ・・・・・

「千影、千影。」

私の一番聞きたい声が聞こえる。・・・・・うん、わかっていたよ・・・・・兄くんが来る事は・・・・・

「千影、お前の力を貸してくれ。」
「ああ・・・・・いいとも・・・・兄くんのためなら・・・・・。」

そう・・・・・兄くんのためなら身も心も・・・・・捧げていいのだから・・・・・例えそれが・・・・・邪な欲望だとしても・・・・・

兄くんの話では・・・・・最近街を騒がせている邪鬼を退治するらしい・・・・・ふっ・・・・・私もうすうす感じていたよ・・・・・久しぶりの獲物の気配に・・・・・私の鬼達が教えてくれたよ・・・・・兄くんが私を必要だってことを・・・・・そう、それは・・・・・光が闇を追うように・・・・・兄くんが私を欲しているのと同じ事・・・・・

私はありったけの符を持っていくことにしたよ。・・・・・不思議だね兄くん・・・・・この高揚感・・・・・まるでこれから永久の旅路に出るようだ・・・・・兄くんは気付いているかい・・・・・この高ぶりを・・・・・

「参るぞ、千影。」
「ああ、兄くん・・・・・」

決戦の場所に着いた兄くんと私は・・・・・邪鬼の気配をひしひしと感じていたよ・・・・・嫌と言うほどにね・・・・・兄くんの手には私の力を付加した剣が握られている・・・・・私は邪鬼の姿を顕現させ、結界を張る符に気を送る・・・・・戦いの始まりだ・・・・・

戦いは半時ほどで決着した・・・・・兄くんの放った渾身の斬撃が決定打となってね・・・・・流石だよ兄くん・・・・・封印を施すのは私の仕事だ・・・・・

こんな時ふと思うよ・・・・・もし兄くんと私が敗れたら、本当に・・・・・永久の旅路に出られるんだと・・・・・兄くんと私だけで・・・・・何の邪魔も無く・・・・・とね・・・・・だけど・・・・・

「よくやったな。千影。」

そう・・・・・その笑顔だよ・・・・・私の迷いを断ち切るのは・・・・・まったく・・・・・そこいらの魔物よりたちが悪い・・・・・天子の息子と言うのも似合っているのかもしれないね・・・・・

封印・・・・・そうこの言葉は・・・・・陰を封ずると言った意味もあるんだったね・・・・・私は最後の祝詞に兄くん・・・・・兄くんへの思いを込めるよ・・・・・

もう少し・・・・・このままでもいいかな・・・・・と・・・・・

「帰ろうか、千影。」
「ああ、兄くん・・・・・」

私は踵を返した兄くんの後ろに付いて・・・・・家路に着いたよ・・・・・今宵は少しその距離を近くして・・・・・やっぱり私は兄くんを欲している・・・・・そう・・・・・いつか分かってもらうよ・・・・・そして・・・・・その時は・・・・・兄くんが私のものになる時なのだから・・・・・


誘いし 夢の彼方に 在りし影 果てる事なき 闇の深淵(ふち)
とらわば永久の 泡にでも似て

段の三 千の影 終幕