平安兄氏絵巻

段の六

四つの葉

わ!兄チャマデス!は今日もチェキデス!

ここは検非違使局
最近、都の難事件をたちまちの内に解決してしまうと言う
謎の存在がいると言う噂がある。
咎人、罪人がいる場所には
必ず落ちているものがある。
それは四葉の栞だと言う。


「うーむ。またしてもこの栞か・・・」

検非違使局の役人は、盗賊の根城に踏み込んだその場に、簀巻きにされた盗賊の面々と、最近必ずと言っていいほど落ちていると言う、四葉の押し花を漉き込んだ淡い桜色の栞を見つけていた。

「榊様、一体何者なのでしょう?盗賊を召し取ったのは・・・」
「うーむ。一度あのお方に上申せねばならぬようだ。」

役人達の不思議がる表情を、離れた木の枝の上から遠眼鏡で伺って一人悦に入っている少女がいた。

「ふふふ〜、この四葉にかかれば、盗賊の一つや二つ、一網打尽チェキ。」

この時代にチェキなんて言葉は無いだろうと言う、読者からの突っ込みはこの際無視して、話を続ける。
少女の名は四葉。時の天皇の娘にして、当代一の美青年、兄氏皇子の妹である。四葉は兄氏皇子の優秀な密偵である。本来なら大好きな兄氏皇子のチェキをしたいのだが、日頃の神出鬼没のチェキ能力と、高等捕縛術を兄に逆チェキされ、今の職に就いていたのであった。

「さてと、兄チャマに報告するデス。」

携帯日時計で時刻を確認した四葉は、次の事件に胸を躍らせながら、兄氏の待つ内裏へと帰還する

本来は堂々と正門から参内できる身分である四葉だが、隠し通路を使って兄氏の執務室まで行くのが四葉の楽しみの一つであった。

「兄チャマ、待っててチェキ。今度こそ兄チャマの秘密をチェキするデスよ。」

事件の報告は二の次にして、どの通路を使うか、思案を巡らす四葉であった。

一方、兄氏は検非違使局局長、榊伊織麻呂の訪問を受け、宮中の拝謁所にいた。

「・・・と言うわけなのです。」
「ほう、この栞がのう。」

現場に残された四葉の栞を手に取り、(四葉の奴め)と内心思いつつも不審そうな表情をして取り繕う兄氏。

「相分かった。とにかく今回の盗賊の捕縛、大儀であった。この栞の件は世に一任してはくれまいか?悪いようにはせぬ。」
「お頼み申し上げます。このままでは当局の威信にも繋がりますゆえ。なにとぞ御勇断のほど。」

榊は深々と頭を垂れると、拝謁所を後にした。

「やれやれ、榊の奴、分かっているのかなあ?四葉に先を越されるようじゃ、都の治安は守れないと言うことが。」

兄氏は榊に遅れること数刻の後、ぼつりとごちると、自分の執務室に向かった。

その頃、四葉はと言えば、誰もいない執務室への潜入に成功、兄氏の秘密をチェキするべく、書棚や文机の探索をしていた。

「うっふっふっ・・・兄チャマの秘密を今日こそチェキデス。・・・あれ?」

文机の片隅に積まれた書類の束の中に、古ぼけて角が擦り切れている一枚の栞が挿んであるのを、四葉は発見した。

「これは・・・四葉の栞デス!」

それは以前、兄氏とかくれんぼをして遊んでいたときのことだった。
四葉が鬼の番になって兄氏を探すことに。
しかし、探せど探せど大好きな兄氏は見つからない。
あらゆる物陰、木の陰、柱の陰・・・
途中で諦めようとしたが、自分に探せない物があると認めることが悔しいのと、
何よりも大好きな兄氏ともう逢えないのかと思うと、寂しさが募り、
四葉の闘志はメラメラと燃え上がった。

「絶対見つけちゃいマス!お覚悟して下さい!兄チャマ!チェキデス!」

その頃からだろうか、四葉のチェキ魂が芽生えたのは・・・

日も傾きかけ、屋敷の裏にある庭園の奥にある草叢に、捜し求めていた兄氏を四葉は発見した。

「兄チャマ見〜付けた!・・・うっうっうっ・・・うわ〜〜〜〜ん!」
「四葉ちゃん、どうしたの?」

やっと見つけた兄氏の姿に、今までチェキ魂が支えで頑張っていた四葉の緊張は一気に解かれ、兄氏の胸に飛び込み、泣きじゃくってしまっていた。

「寂しかったよう!兄チャマ〜・・・どこ探してもいなくて・・・一生懸命探しても見つからなくて・・・ひっく・・・ひっく。」
「そうか、それは悪かったな。四葉ちゃん。でも、よく頑張ったね、ほら、見てごらん。」

必死の訴えに兄氏は、今さっき摘んだばかりの四葉の芽を四葉に手渡した。

「これ、四葉。」
「ああ、一生懸命頑張った四葉への僕からのご褒美だよ。」
「ご褒美?やったあ!兄チャマ、大好き!」

すっかり元気になった四葉の頭を、兄氏は優しい笑顔を添えて、撫でていました。

そう、四葉はその想い出をいつまでも忘れないように、押し花にして栞に漉き込み、大切に持っていました。一枚は四葉が、そしてもう一枚は兄氏が。

「そうかあ、兄チャマはまだ持っていてくれたんデスね。ようし、これもチェキ。」

四葉は嬉しそうに懐から記録帖と、筆を取り出すと、古ぼけた、それでいて懐かしい栞のことを書き始めた。

トントントン・・・

その時、兄氏が執務室に近づく足音が聞こえてきました。

(う、この足音は、兄チャマデス・・・やばいデス・・・)

隠れようとしましたが、時すでに遅し。

「四葉、何をしているのかな?もうそろそろ来る頃だと思っていたのだが。」

兄氏は素早く部屋を見回すと、異常が無いことを確認する。四葉は何事も無かったように文机の向かいに正座をして頭を垂れる。

「盗賊の一件、恙無く対応完了しましたデス。」
「うむ。ご苦労だった。よくやったな。」

いつもの優しい笑顔、褒美にも等しい言葉。四葉にとって至福の一時だ。

「しかし、この栞を現場に残して行くのは良くないな。」

兄氏は榊から渡された栞を手に、呆れ顔で四葉に詰め寄る。

「そ、それは四葉からのチェキ挨拶デス。兄チャマ。」
「毎度毎度、まったく。榊からの文句を聞く余の立場も考えろよ。」

しゅんとしてうなだれている四葉を見るのも、実は可愛くて仕方の無い兄氏なのだが、ここは執務室、毅然とした応対をしなくてはならない。兄氏は心を鬼にして四葉に諭した。

「兄チャマ・・・御免なさいデス。」
「まあ、四葉が無事なら何も言うことは無いがな。」

しかし、素直に謝る四葉に兄氏はいけないことだとは思いつつも、ついつい許してしまう。これも可愛い妹を持つ兄の悲しいサガであろう。

「まあ、ほどほどにして置けよ。さて、四葉、次の事件だが・・・」

気持ちを切り替えた兄氏は次の事件の捜査資料を四葉に見せようと、机の隅から取り出そうとした時、付箋の代わりにしていた四葉の栞を目にした。

「おい、四葉、やっぱり何かチェキしただろ?」
「え?四葉は何もチェキしていないチェキ。」

四葉は背中に嫌な汗をかきながら否定をしているが、兄氏は分かっていた。四葉は隠し事をしている時、言葉の中に『チェキ』の数が増えるのである。
兄氏としては、四葉の能力に見合った事件を四葉に与えようとしていたのだが、付箋を差し込んだ場所が分からなくなってしまったので・・・・

「この山全部、四葉に任せる。頑張れよ、四葉。」
「兄チャマそんな〜!」

書類の束すべての事件を扱うことになってしまったとさ。

”出るチェキは打たれる”そんなことわざが出来たか出来ないとか・・・


咎人を 捉える眼力 使いしの 真の眼力 誰がため
愛しき兄の こころつかみて

段の六 四つの葉 終幕。