平安兄氏絵巻


段の七 鈴の局

アニキ!今日もに援助よろしくね!

その乙女は伽楽倶利を操る
愛しい者の恩に報いるために
その乙女は伽楽倶利を創る
愛しい者との想いを繋ぐために
その乙女は伽楽倶利を信じる
愛しい者との絆を築くために


「さてと、今日のところはこんな感じかな?」

ここは内裏から離れること二里と半、山の麓にある伽楽倶利工房『鈴凛』である。今日もここの主である少女の作業が終わったところである。工房の中はとても女の子の部屋とは思えないほど雑然としており、辺りには伽楽倶利の部品やら、作りかけの伽楽倶利、そして少女の愛着のある工具の類が散乱している。家財道具と言えば、小さな衣装箪笥と数組の食器だけであった。

そんな雑然とした環境の中で、工房の主、鈴凛は空いた腹を気にしながらも両手を天井に向け、丸くなった背中をしゃきっと伸ばし、大きく伸びをする。

「う〜ん、少し疲れたな。ご飯ご飯・・・あれ?」

伸びをしたことによって気分がすきっとしたところで、次に鈴凛が取った行動は、食事にありつき、自らの食欲を満たそうと言うことだった。

が、鈴凛が食料を置いてあるはずの地下食料庫で見たものは、飲料水として貯蔵してある水瓶だけであった。

「あっちゃ〜、工作に夢中で食料を買ってなかったんだ。仕方ない、買出しに行くか・・・」

少しがっかりした鈴凛であったが、この次の行動はもっと彼女をがっかりさせることになる。

「財布財布・・・と・・・あった。」

部品の山に埋もれた菊の紋章の入った錦織の財布を見つけ、ほっとする鈴凛であったが、中身を見ると・・・。

中にあるはずの路銀が底を尽いていたのであった。これでは部品はおろか、食材の買出しも出来ない。

「ちぇっ。どうしよう・・・そうだ!こんな時こそアニキに・・・・ってそれもダメ・・・今月はかなり援助してもらったし・・・困ったなあ・・・」

毎月かなりの創作援助と銘打った資金を兄氏からしてもらっている鈴凛は、少し負い目を感じていたのだ。

「ま、今日のところはこの水でも飲んでごまかそう。」

柄杓で水瓶から水を掬うこと数回、水で一時的に腹を満たした鈴凛は、その日はそれで寝ることにした。

それが鈴凛にとって人生最大の断食生活の始まりであった。

二日目・・・鈴凛は腹の虫によって朝の目覚めを迎えた。取り敢えずは水瓶の水で再び腹を満たし、工作に精を出し、滅入る気分を落ち着かせることにした。

三日目・・・再び鈴凛は腹の虫によって朝の目覚めを迎えた。またまた水瓶の水で再び腹を満たし、工作に精を出し、滅入る気分を落ち着かせることにした。

四日目・・・今日も鈴凛は腹の虫によって朝の目覚めを迎えた。流石にこのままではいけないと思いつつも水瓶の水で再び腹を満たし、工作に精を出し、滅入る気分を落ち着かせることにした。そろそろ蓄えの水も少なくなってきた。何か考えなくてはと思う。

五日目・・・いい加減腹が立つほどうるさい腹の虫によって朝の目覚めを迎えた。今日こそどうすべきか考えることにした。

彼女は考えた。いかにして食材を確保するかを。そしてひらめいた、幸いここの裏手は山である。上手く探せば山菜や木の実などがごろごろしているのだ。言わば天然の食料庫とも言える環境であることに気が付いた。

しめた!と思ったのも束の間・・・鈴凛はあることに気付いた。

「私ったら!どれが山菜なのか、どれが木の実なのか、分からないじゃないのよ〜〜〜!」

その通りである。小さい頃から伽楽倶利に目覚め、ひたすら伽楽倶利を作り続け、今日まで至った鈴凛には、他の兄氏の妹、さしずめ花の穂や可憐、春歌、ましてや白雪のような料理や食材に関する知識は皆無であったのだった。

「もう少し女の子らしいこと、やっておけばよかったなあ・・・」

後悔と共に、力が抜けたのか、床に突っ伏してしまう鈴凛であった。次第に意識が薄れ、朦朧として空ろな視線の先には、空腹を堪えて仕上げた鈴凛の最高傑作、”伽楽倶利鈴凛”があった。

「ご免ね、伽楽倶利鈴凛、せめて動いているところを・・・・アニキに・・・みて・・・欲しかった・・・な・・・。」

鈴凛が意識を失った瞬間、奇跡は起こった。伽楽倶利鈴凛が突如起動し、鈴凛を抱きかかえ、布団に横たえると、主である鈴凛の急を伝えるため、兄氏のいる卿離宮へと走ったのだった。

「どうした?鈴凛。また援助か?」

伽楽倶利鈴凛を見た兄氏の最初の一言はこうだった。無表情の様子を見て、兄氏はいつもの鈴凛と違うことに気が付いた。

「まさかお前、あの伽楽倶利か?」

兄氏は以前、鈴凛の工房で製作途上の彼女に会っていた。大きな丸いボンボンの付いたかんざしを付けたその人形に。

伽楽倶利鈴凛はこくりと頷くと、単調な口調で兄氏に告げた。

「主殿(この時代、マスターなんて言葉が存在しないと思われますので)が大変・・・です・・・食事を・・・お願い・・・しま・・・す。」

と。それきり事切れたように伽楽倶利鈴凛はぱたりと停止した。

妹の急を聞いてはほおって置けない。兄氏は早速手を打った。

「誰か!誰かおる!馬車を引けい!」

とるものも取り敢えず、馬車に伽楽倶利鈴凛を積み込んだ兄氏は白雪と春歌を連れ出し、市場で食材を買い出して、鈴凛の工房に向かった。

果たしてそこで見たものは、腹を減らせて気絶している鈴凛本人の姿であった。

白雪と春歌は驚いた顔をしていたが、兄氏の指示で我に返り、台所と思しきところに向かい、買い込んで来た食材で料理を作り、その間で兄氏が鈴凛の気を取り戻していた。

「目が覚めたな。鈴凛。」
「あれ?アニキ・・・白雪ちゃん、春歌アネキ。どうしてここに?」
「あの伽楽倶利が知らせてくれたんだ。お前の危機を。」

兄氏が指し示したその先には、つま先を少しすり減らした伽楽倶利鈴凛が佇んでいた。

「動いたの?伽楽倶利鈴凛。」
「ああ、余を見てちゃんとしゃべりおった。」
「ほんとに?」
「ああ。お前が腹を減らして死にそうだとね。」

若干の脚色はあったが、事の真意を掴んだ鈴凛だった。

「まあ、白雪と春歌の料理を食って、元気になれ。ほら。」

鈴凛は嬉しそうに目の前にあるお膳に箸を付けた。

暫くしてすっかり元気を取り戻した鈴凛の様子を見て、兄氏達は工房を後にした。残された鈴凛は、食料庫を確認すると、ほぼ一ヶ月分はあろうかと言う食材と、幾ばくかの金銭、そして一通の書置きを目にしていた。

〜我が妹、鈴凛へ
あまり無理をするんじゃないぞ。
今回はあの伽楽倶利がいなかったらどうなっていたことか・・・
路銀が無かったらいつでも言ってくれ。
余は出来得る限りのことはするつもりだから。
お前の望むような金額は難しいがな。
とりあえずここに金一封を添えておく。
頑張ってあの伽楽倶利を完成させてくれ。
無駄遣いはするなよ。
兄氏より。

書置きを読んだ鈴凛はうっすらと目に涙を溜めていた。
いざと言うときに頼りになるアニキ。

その存在に改めて感謝する鈴凛であった。

「主殿、アニキ様は何処に?」

再起動した伽楽倶利鈴凛が食料庫に顔を出して、鈴凛に尋ねる。

「ほんとに動いてる!しかもしゃべってる!凄い!流石千影アネキの傀儡符を装備しただけの事はあるわね!」

兄氏への感謝などどこ吹く風、鈴凛は伽楽倶利鈴凛をしげしげと眺めていた。

「ん?待てよ、伽楽倶利鈴凛、アニキ様って何?」
「主殿、はあの方を心の底から嬉しそうにアニキと御呼びになっていました。ですから私は・・・主殿に敬意を表して、アニキ様と・・・」

そう言って、設計では考えの付かない”ほほを真っ赤に染める”と言う付帯効果(オプション機能)を鈴凛の前で見せ付ける伽楽倶利鈴凛。どうやら千影の傀儡符は主の深層意識をも付加することが出来るらしい。

伽楽倶利鈴凛は工房を時折訪れて一時を楽しんでいる兄氏と主、鈴凛との会話をずっと記憶していたのだ。

「こら!私だって滅多に考えないんだぞ!”アニキが好きだ”ってことは!」
「そうですか、これが”好き”と言うことなのですね、主殿。」
「うむむ〜〜〜。」

今度は鈴凛が耳朶まで真っ赤になる番だ。

しかし、こんなやり取りもいいのかな・・・そう思うと同時に、新たな援助資金調達の方法を考えていた。

「今度から伽楽倶利鈴凛に援助金回収をやらせるからね。覚悟してよね、アニキ。」

後日、新たな悩みを抱えることは、この時の兄氏には知る由も無かった・・・・


伽楽倶利の 移し身作る その腕に 夢はあれども 金はなし
頼るアニキの 悩みつきまじ

段の七 鈴の局 終幕