平安兄氏絵巻


段の十 衛乙女

やっほー!あにぃ、だよ。ボクの話し、聞いてくれるよね・・・

ボクの名前は衛
結構気に入った名前なんだ
でもね、他のお友達には
男の子っぽいって言われるんだ
この前なんか
女の子に好きって言われちゃった
ねえあにぃ、どう思う?

ここは都に流れる川原。草も生えず、程よく踏み固められた広場になっている一角がある。そこは地元の祭りの会場になっているが、それ以外のときは、都に住む子供達の格好の遊び場になっている場所だ。

普段は楽しく遊ぶ子供達の声でにぎやかなのだが、今日は少し違うようだ、近所のガキ大将である男の子の団体と、女の子の団体のいがみ合いの声が聞こえる。
どうやらこの場所の陣地争いをしているようだ。

「あたし達だってここで遊んでもいいでしょ!」
「何言ってんだい!ここは前からおいら達の場所って決まってんだい!」

話の先頭になっているのは都一番のお転婆娘、魚屋のお由美ちゃんと、これまた都一番のガキ大将、八百屋の茂助である。お由美ちゃんは茂助に向かって食って掛かるが、茂助も負けてはいない、長年使ってきたと言う一日の長を主張して譲らない。

だが、この時、お由美一派には憎き茂助一派に対抗しうるある秘策があった。やはり同世代ともなると、男子より女子の方が知略に富んでいるようである。
お由美ちゃんはこう切り出した。

「じゃあ、私達の代表と、あなた達の代表で、かけっこして、勝った方がここを使う事にしましょ。いいわね!」

所詮女の子などに負けるわけが無いと、たかをくくっている茂助たちは、既に勝ったも同然と思い、笑いながらその条件を呑んだ。

「おいら達に勝てるわけ無いだろ?こっちには加茂宮の順平がいるんだからな。せいぜい頑張れよ。競争は明日、場所はここだ。あそこの橋のたもとからここの船着場までの直線だ。いいな!」

調子に乗って、威張り散らした茂助は、吐き捨てるように言うと、取り巻きを連れて引き上げて行った。お由美ちゃんたちは”うまくのってきたわね”とお互いを見合っていた。

そして、お由美ちゃんは、大の仲良しで、ある意味(どんな意味だ?)仲良し以上の思いを抱いている衛の元を訪ね、事情を話し、明日の協力を要請していた。

「ふうん、順平が相手か。ボクに任せといて。」
「ありがとう、衛ちゃん。」

衛はお由美ちゃんの頼みでは断る理由が無い、まして事情を知ったからには、衛の正義感に溢れる心に火を点けたと言うもの。二つ返事でお由美ちゃんの頼みに応じる事にした。それまで不安そうにしていたお由美ちゃんの表情が明るくなるのを見て、衛は自分の力も友達の役に立つ事があるんだと、嬉しい気分になっていた。

かくして決戦の日はやってきた。茂助一派と、お由美ちゃん一派が河原の広場に集結した。加茂宮の順平は鉢巻きを締めて、やる気満々だ。一方のお由美ちゃん一派はと言うと、秘密兵器、宮家の衛姫を連れていた。女の子ながらもさらしを両腿まで巻き、端折った小袖に襷がけ、後ろ髪を組紐で留めたその格好は、既に衛が臨戦状態である事を物語っていた。

「あー!お前、衛姫と知り合いだったのかよ!」

一瞬怯んだ茂助だったが、その後ろにいる順平も、苦虫を噛んだような表情をしていた。過去に幾度と無く衛に挑むも、連戦連敗、目下13連敗中であった。

「さ、始めましょ。」

と、競争が始まろうとしていた。そこへ、橋の向こうから、役目を終えて内裏に帰る途中の兄氏が馬に乗って通りかかり、衛の姿を見つけていた。

「お?衛じゃないか!おーい、衛!」
「あにぃ?あにぃだ!見ててあにぃ!ボクこれからこの子と競走するんだ。絶対勝つからね!」
「頑張れよ!」

帰参の足を止め、子供達が集まっているため、決勝地点と想像される船着場に兄氏は馬を進め、馬上から見物がてら、衛の応援をする事にした。幸いにも子供達は兄氏とは面識が無く、騒がれる事は無かったが、船着場の主は待機小屋の中で兄氏に向かって拝むように手を合わせていたらしい。

競走の結果は言うまでも無く、大好きな兄氏に応援され、力を倍増させた衛を擁するお由美ちゃん一派の圧勝であった。茂助一派は仕方なく負けを認め、川原の一角の使用権はお由美ちゃん一派に凱歌が挙がった。

「よくやったな。衛。」
「えへへ、あにぃの応援のお陰だよ。あにぃに褒めて貰って、ボク、なんだか照れちゃうな。」

兄氏に頭をなでられ、頬を真っ赤に染め、嬉しそうにしている衛を見て、何やら思ったお由美ちゃんは、衛に詰め寄った。

「衛ちゃん、この方はどなたですの?」
「あ、ボクのあにぃの兄氏皇子将之様だよ。あ、あにぃにも紹介するね、ボクの仲良しさんのお由美ちゃんだよ。」

紹介を受けて兄氏とお由美ちゃんは互いに自己紹介する。嫉妬心むき出しのお由美ちゃんに対して、兄氏は気にも留めない。一方、衛はと言うと、兄氏を紹介するときに”ボクのあにぃ”と言ったのが妙に恥ずかしくて、ますます照れてしまっていた。

(”ボクのあにぃ”か・・・いいなあ、これ。)

ここにも一人、妄想少女が生まれそうな今日この頃である。

後日の話であるが、お由美ちゃんに衛は胸の奥の想いを告白され、しばらく頭を痛めることになったことは、この時の衛には知る由も無かった。


大切な 友と思いし その相手 救いし時は 遅かりし
友をも越える 想い抱きけり


段の十 衛乙女 終幕