GHOST HUNT

HOME
#3
 自分の顔以上に見たくない顔を見てしまい、ナルは再び窓から顔を背けた。しかしこのままだと会話が成立しないので少しもたれ掛かるように窓に肩を押し当てた。
 ここ1年間の行われた調査にジーンは一度として現れた事がなかった。それ故にナルは原因は分からないがあちらに行ったのだろうと思っていたのだ。
(まだいたのか)
 不機嫌な声音にジーンは苦笑を返す。不機嫌の原因が分かっているだけに笑う以外の事はしなかった。その態度が更にナルを不機嫌にすることも恐らくは承知の上なのだろう。 ジーンは更にナルをバカにする。
(しかも単純だ)
(………)
 不機嫌を通り越したナルは殺気を込めてジーンを睨み付けた。しかしジーンはどこ吹く風という風に微笑みを浮かべている。
(このまま東京に帰るの? 麻衣と優人を放って置いて?)
(麻衣がそれを望んだんだ)

必要ないと言われた時の僕の気持ちがお前に分かるのか? 

 ナルは今にも立ち去ろうとしていた。これ以上ジーンと会話するのは苦痛以外の何物でもなかった。
(あ、この歌……、ナルの歌だ)
(……何を言っている)
 突然店に流れる有線放送を聞いてジーンが笑った。返すナルは意味が分からず不機嫌な声音を返す。
(いいから聞いてご覧よ。僕はこの歌を聞くたびにナルの事思い出すんだから)
 ジーンが言った歌は偶然か、1年前麻衣が消えた夜にナルが耳にした歌だった。



裏切られたなんて叫ぶ前に深呼吸を一つして
あいつを苛めたってそんなのまるで答にゃならないよ
欲望はぐるぐる マーブル模様
鏡を覗けば自信のかけらも見えない 暗い顔が見えたよ

追いかけて手に入らなくて忘れて
全部弾けてしまうようなか弱い絆ばかりじゃないだろう
さあ見つけるんだ 自分だけのHOME


 認めてしまうのは業腹なのだが聞けば聞くほど自分の事を題材にされているようで不愉快極まりなかった。
(ね? ナルの歌でしょ?)
 ウキウキとしたジーンの言葉にナルは憮然とする。
(言い返さないって事は自分でも認めてるわけなんだ)
 よしよし良く出来ました。と、いつまで立っても兄である事やめないジーンにナルは諦めの境地でため息を吐いた。
(だからと言って現状がどうなる訳でもないだろう)
(そうかな? ナルが麻衣のことを諦めてしまわなければ済む事だと思うんだけど?)
(だから僕は麻衣に必要とされていないと言っただろう! あれだけきっぱりと拒絶されて諦める以外何ができる!)
(諦める必要がどこにあるのさ)
(お前は人の話を聞いているのか)
(ナルこそいい加減プライド捨てたらどうなの。一番大事なのはナルが麻衣を必要としてるって事だろ? 欲しいものは欲しいんだ! って明確に意思表示しなきゃ。そうやってナルが無表情にあっさり引くからイマイチ麻衣に気持ちが伝わらないんだよ)
(………)
(図星さされたからって黙り込むのは無しだよ? どの道僕には通用しないしね)
 ジーンの言いようにナルは小さく舌打ちを打った。ナルにしてみれば先程の会話もかなり明確に意思表示を行ったつもりである。
(でも肝心なことは一切言ってないよね)
(だが、麻衣が愛しているのはお前じゃないか!)
 あっさりと切り返されカッとしたナルは最も言いたくなかった言葉を口にした。
(麻衣が求めているのはお前だ。僕じゃない。………これ以上惨めな思いはたくさんだ)
 ナルは疲れたように目を閉じて窓に深くもたれ掛かった。ジーンはしばらく黙っていたが意を決したように語り出す。
(ナル、君の麻衣への思いは1年前から変わっていないけど、麻衣の君への思いは変わったんだよ)

だから僕は必要なくなったんだろう

(同じように麻衣の僕への思いも変わった)

だからお前を求めているんだろう

(1年前の麻衣の僕らに対する思いは『好き』だった。でもね、今は『愛』なんだ)
 ナルがうっすらと目を開けた。怪訝そうに眉根が寄せられているのをジーンは楽しそうに見た。
(一口に『愛』って言っても色々あるけど、麻衣の僕に対する『愛』は差詰め『家族愛』。僕がナルを愛するように麻衣は僕のことを愛してくれている。相手の幸せが自分の幸せ。そんな優しくて暖かで穏やかな『愛』。さて、ではナルに対する『愛』は一体どんな『愛』なんでしょうか?)
(『博愛』か?)
 即答を返すナルにジーンは心底呆れたように深いため息を吐いた。
(ったくもぉ! しょうがないお馬鹿なんだからナルは! これ見てまだ同じ事言うんだったらナルは正真正銘の馬鹿だからね!)
 言うなりナルの脳裏に映像が流れ込んだ。
(お前が僕に映像を送っていたのか)
(そのうちイヤでも分かると思うから内緒。でも今は黙って見てて)
 問い掛けには応えず促すジーンの言葉にナルは意識を優人に添わせた。既に家に帰りついているようで、見慣れた天井が見えた。何かを探しているのか視界が左右に振れている。視界に紅葉のような手が現れた。何かを求めるように必死に伸ばされた手をもう一つの手が包み込んだ。優人の視界に麻衣が現れた。
(!………)
 真っ赤に泣き腫らした目、腫れた瞼と頬。麻衣は流れ落ちる涙を止めようともせず優人の顔を覗き込んでいた。涙が滴となって優人に降りかかる。麻衣はそれを拭ってから優人を抱き上げ、抱きしめた。肩越しの映像は麻衣が嗚咽を漏らす度に酷く揺れていた。
(この涙の意味、分かる?)
 映像が途切れるとナルは窓ガラスに目を向けた。怪訝そうな表情にジーンは不安になって尋ねてみる。
(もしかして分からないとか?)
(………分からない)
(あのねぇ!)
(違う、そうじゃない。涙の意味じゃない。麻衣は何故僕を拒絶したんだ?)
 泣くほど後悔するぐらいな自分の申し出を受けていればいいではないか。問い掛けるナルにジーンはあっさりと答えた。
(麻衣に聞けばすむことでしょ?)
 確かにそれが一番手っ取り早いのだろうが、ナルは未だ麻衣と対峙することに戸惑いを覚えている。
(ったくもぉ! ナルは何でも難しく考え過ぎなの! 日本にはね「当たって砕けろ」とか「案ずるより産むが安し」って諺があるの。ナルもそれを見習ってたまには本能で動いてみたらどうなの!)
 強い調子で促されてナルは漸く重い腰を上げようとした。が、思い出したようにガラスに目を向けた。怪訝そうなジーンにナルは問い掛ける。
(お前はどうなんだ?)
(………何が?)
(お前の麻衣に対する気持ちはどうなんだ?)
(聞いてどうするの?)
 逆に問い返されてナルは黙り込んだ。ジーンの答えが何であれ、ナルに何も出来ないのは百も承知だった。でも問わずにはいられなかった。ナルは『あの時』からずっとジーンに対して負い目を感じ続けていたから……。
 ジーンもそれを感じ取ったのか小さく微笑んだ。
(僕が生きていたら、こんな風にナルの後押しなんかしなかった)
 次は意地悪げに笑う。
(僕が生きていたら、先ずナルに勝ち目はなかったろうから、まあその時は大人しく諦めてもらってただろうね?)
(勝ち目がないだと?)
(顔が同じで才能は同程度。片や性格がよくて明るくて、片や偏屈で意地っ張り……。君ならどっちを選ぶ?)
 昔同じような事を麻衣に言ったことを思い出してナルは顔を顰める。
(譲るなんてナルにも麻衣にも失礼なことはしない。周りが見えなくなるほど愛して、僕だけの物にする。僕しか見えないように仕向ける。それこそナルの入り込む余地なんて無いぐらいにね)
 完全な宣戦布告と勝利宣言。だがそれは全てナルのため。誰よりもナルをジーンだからこそ出来ること。
 譲られれば引いてしまうナル。押しつけられれば反発するナル。
 天の邪鬼な弟への最後のプレゼント。
(言ってくれるな)
(何、事実を言ったまでですよ。最愛の弟君)
(………ありがとう)
(どういたしまして。でも代わりと言ったら何だけど、麻衣から無条件に愛される居場所は確保させて貰うから)
 楽しげなジーンの声音にナルは渋面を作る。
(あ、そうだ。多分こうしてナルと話をするのは最後と思うから僕の頼み事聞いてよ)
(漸く成仏する気になったか?)
 あからさまにホッとしているナルに苦笑してからジーンは真っ正面からナルと向き合った。
(麻衣と優人を誰よりも幸せにして欲しい)
(………ふん、お前に言われるまでもない)
 ナルの言葉にジーンはふわりと微笑んだ。
(じゃあね、頼んだよ? ………お父さん)
(………気持ち悪い呼び方をするな)
 呆れたようなナルの言葉には応えず、ジーンは最後に小さく笑って姿を消した。
 ナルはすっかり冷めてしまったコーヒーには手を付けず、水で喉を潤した後、精算を済ませた。店の外に出ると辺りは夕映えに包まれている。家路につく人の群の中、ナルは駅へと歩き出した。
 その足取りに最早迷いや躊躇いはない。
 ナルには見えていたからだ。進むべき道が、取るべき手が。
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