互いの鼓動が触れあったところから生々しく感じ取れる。それでもまだ拭い去れない不安を抱えた二人は必要以上にきつくお互いを抱きしめていた。
熱い身体。逸る吐息。痛い抱擁。
二人はそれら全てで確固たる確証を得ようとしている。
夜は加速度を増して過ぎてゆく……筈だった。
ダンッ ダダダダダン!!
静寂をぶち破る打撃音に二人は驚いて一切の動きを止めた。
「う、うち?」
「……」
ピンポン! ピンポン!! ピンポン!!!
「……のようだな」
「な、何だろ」
「……とりあえず様子を見るか?」
「で、でもこれ以上騒がれたら優人が起きちゃうよ」
言って麻衣は玄関に向かいかけた。その時……。
「麻衣ー! 居るのは判ってるんだ! 居留守は無駄だ! 開けろーっ!」
「ぼーさんだ!」
「?!」
ナルは端正な眉根を寄せて、麻衣の口をふさぐと再度様子を見た。
「ナルー! 聞こえてんでしょ! さっさとここを開けなさい! でなきゃ破戒僧がドアぶち破るわよ!!」
「あやほら(綾子だ)!」
「……まさかリンが……?」
麻衣はナルの手を振り解いて玄関に急いだ。その間もドア越しに大声が響いてくる。
「谷山さーん、渋谷さーん。あなた方は完全に包囲されてますから、大人しく出てきてくださーい」
「麻衣、聞こえているのでしょ。早く開けてくださいまし。そうしないとこの方たち何をなさるか見当もつきませんわ」
「み、皆さん。近所迷惑ですよって、もう少しお声を落としなさった方がよろしいんやおまへんか?」
(……ああ、こんな時でも良識家ってジョンだけなんだ……)
取っ手に手を掛けたまま脱力していた麻衣は大きくため息をついた。
「は〜い、今開けま〜す」
ガチャリと鍵を開けた瞬間に扉は勢いよく開かれ、その向こうには息も絶え絶えな様子のイレギュラーズが……。
「…………」×7
1年ぶりの麻衣の顔。会ったら言おうと思っていた言葉の数々が凍ったように喉に張り付いたのかイレギュラーズは押し黙ったままだった。だが、最初に行動を起こしたのはやはり滝川だった。
「……こ、の馬鹿娘! 俺たちがどれだけ心配したと思ってやがる!」
滝川が手を振り上げ、思わず麻衣は目をつぶって身を固くした。が、滝川はその手を麻衣の頭にやるとガシガシと髪をかき乱した。
「い、痛いよ、ぼーさん! ちょっと! ぼーさんってば!」
「この……馬鹿娘が……。無事で……良かった」
声は尻窄みに小さくなり、涙声になっていた。
「!」
麻衣は滝川のシャツに手を伸ばすと堪えきれなくなったようにしがみついて泣き出してしまった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめん……なさい。 本当に……ごめんなさい……」
「ちょっと、 くそぼーず! 麻衣を独り占めしてんじゃないわよ!」
綾子が横から割り込み、滝川を押しのけて麻衣を抱きしめた。相変わらずの香水の匂い。甘ったるくて胸に染みる匂い。でも懐かしすぎて息が出来なくなってしまう。酷く嗚咽を繰り返す麻衣の顔を綾子はグイッと正面向けた。
「ちょっとあんた1年前より痩せてるじゃないの! それに何よその目の下のクマは! 若い女の子が疲れた顔して……。苦労…したんでしょ? ……馬鹿な子、もっと、もっと甘えてくればいいじゃない! ったくもぉ!」
「ごっ、ごめん、なさい」
もはやその言葉しか出ないのか麻衣は嗚咽混じりに繰り返す。そんな麻衣に、「反省だけなら猿にでも出来ますわ」と厳しい声が飛んだ。
「真砂子……」
「松崎さん、失礼しますわ」
言って真砂子は綾子の腕を解き麻衣を引っ張り出したかと思うと……。
パァンッ!
渾身の力を込めて麻衣の右頬を打った。目を見開く外野を無視して真砂子は麻衣の首にしがみついた。
「麻衣の馬鹿……」
「ま、真砂子ぉ、い、痛いよぉ」
「あたくしの一年間の胃痛に比べれば一瞬でございましょ? それぐらいは甘んじて受けるべきですわ」
「……はい……」
またしばらくの間二人は抱き合って泣いていた。
「……お前らはなんもいわねーのか?」
少し鼻を啜りながら滝川はジョンと安原、そしてリンに問いかけた。
「言うも何も、僕が言おうと思った事全部言われてしまいましたからね。……ま、谷山さんが無事で良かったです」
安原の言葉にジョンが頷き、言葉を足した。
「例え僕が千の言葉、万の言葉を使うてお説教したところで滝川さんの涙一粒には敵やしまへん。……谷山さんにはあれが一番強烈なお仕置きやったと思いますよ」
その言葉に滝川は照れくさそうに笑って、そしてリンを見た。リンは一行の一番後ろに立っていた。相変わらずの黒ずくめで闇に溶け込んでいた。
「谷山さん」
「は、はい!」
真砂子の肩に顔を埋めていた麻衣は顔を上げリンを見た。その表情はとても静かで怒りも安堵も見られない。
「谷山さん……、お元気ですか?」
「え? あ、はい!」
その返答にリンは漸く相好を崩した。目をうっすら細めて縁起の良い笑みを浮かべ、
「ならば結構です」
と頷いた。
「リンさん……みんな……、本当にごめんなさい」
「もう、二度と御免ですわ。さ、それでは心ゆくまで事情を話してくださいね」
「うん、でも、立ち話も何だからみんな中に入って。あ、あの凄く狭いけど、遠慮しないで」
勿論このメンバーが遠慮するはずもなく、ズラズラと連なって中に入っていった。
「よう、ナル久しぶり……ってお前、なんでパジャマなんか着てんだよ!」
「寝るつもりだったからだが?」
「だから、なんでお前がここに泊まるだよ!」
「別に不都合は……」
「無い訳ないだろうが!!」
相変わらず飄々としたナルの言葉に大声を張り上げる滝川の口を麻衣は慌てて押さえた。
「ちょ、ちょっとぼーさん、大声出さないで! 優人がおきちゃうよ!」
「あ、悪い……って優人って誰だ?」
「え? 誰って……」
「あのー谷山さん、この紙おむつの買い置きは何なんですか」
麻衣の言葉を遮って安原が恐る恐る問いかけ、
「ねえ、どうしてこの部屋こんなに乳臭いのよ」
いやぁ〜な予感を顔に浮かべながら綾子が続き、
「あそこにあるベビーベッドは一体何ですの?!」
顔面蒼白の真砂子が部屋の奥の暗闇を指しながら叫んだ。
「赤ちゃん、産んじゃった」
テヘッとはにかみながら至極明るい調子で麻衣は言った。
「………………」×5
そして数秒後。
「ええーーーーっ!!」
その後優人が泣き出した事は言うまでもなし……。 |
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