はじめに電話を掛けてからまた幾日かが経った。
生ける屍になるかと思われた亮だったが意外にも普通に日々を過ごしていた。それこそ周囲が訝しく思って首を傾げる程に。
抱きつく事もしなければ過食に走る事もない。何事も無かった様に仕事をして、仕事をして、仕事をして……。以前の様に暇を作ってはM2に帰る事もしない。
これが全てが解決した後だったら何の疑問も抱かなかっただろう。でも、未だ亮の傍らにはじめの姿はない。
「亮、お前、大丈夫か?」
リハーサルが終わっての楽屋の中、瑞希は衣装に着替えながら相棒に声を掛けた。
「何が?」
鏡に向かって髪型を整えていた亮はキョトンとして瑞希を見た。
「何がって……。お前変だからさ」
「え、オレ変? この髪型ダメ? それとも顔?」
「……」
ジョークなのか本気なのか、亮はしかめっ面で鏡を覗き込んだ。
「そうじゃなくてだな、態度が変だって言ってんだよ!」
「態度?」
言われて亮は小首を傾げた。
「変? オレ」
「変だ」
キッパリ答える瑞希に亮はうーんと唸って考え込んだ。が、どれだけ考えても別に自分が変だとは思えなかった。
「普通だと思うんだけど……」
「だから、普通すぎるから変なんだよ!」
「……」
普通すぎて変とは一体何故なんだろう? と?マークを飛ばす亮に瑞希は説明した。
「なるほど」
説明されてウンウンと頷く亮は「そう言う考え方もあるよね」と納得していた。
「なんかあったのかよ? 突然普通に戻る様な何か」
亮という人間は何か転機がない限り変化のない人間だった。
良きにつけ悪しきにつけ、自分から変わろうとする意志は全く持って持ち合わせていなかった。
そしてそれを熟知している瑞希にすれば一体何があったのか不思議でしょうがないのだ。それが分かって亮も苦笑を返した。
「電話したんだよ」
「で……んわ? はじめちゃんに!?」
「うん」
「って事は許して貰えたんだな!?」
「よかったな! おい!」と、まるで自分の事の様に喜んでいる瑞希に亮は眉根に皺を寄せて首を傾げた。
「……どうなんだろ? うーん、でも、そうなのかな? だと……良いんだけど」
と不明瞭な呟きを発し、それを聞きとがめた瑞希の眉間にも皺が寄った。
「……なんなんだよ、その『だと良いんだけど』ってのは」
「うーん」
「まあとりあえず、一から話してみろよ。本番まであと少しだから簡潔に纏めろよ」
「うん、分かった。えーと、M2で大橋さんに会って、はじめちゃんに電話して、会いたいって言って、会えないって言われた」
「…………………………なんだそりゃ」
「簡潔に纏めた」
「
纏めすぎだっつーの!」
「はあぁぁぁぁぁ」と深い溜息を吐いて瑞希は頭を抱え、
「大体なんだってそれで普通の状態に戻れるんだよ!」
と尋ねた。
「だってはじめちゃんが言ってくれたんだもん」
「なんて」
「会いたいって」
瑞希の目が驚いたように見開かれた。
「は……じめちゃんがそう言ったのか?」
「うん。あたしも会いたいって言ってくれた」
「でも、会えないって言われたけどね」と亮は自分で落ちを付けた。
「……会えないって言われたのに……」
どうして普通に戻ったのかと仕草で瑞希は尋ねる。
「だって、はじめちゃんが『会いたい』って言ってくれたんだよ? それってさ、オレの事嫌いじゃないって事だろ?」
「うーん、まあそうなるかな?」
「それにさ、はじめちゃん、『会えない』って言ったんだ。『会いたくない』じゃないんだぜ?」
言って亮はニッコリと花の綻ぶ様な笑みを浮かべた。
「『会えない』って事は何か会えない理由があるからだろ? だから、オレ、はじめちゃんが会える様になるまで待つ事にしたんだ。……そう思ったらなんか急に今まで感じてた不安とかが軽くなったんだ」
「………………そうか」
「うん、そう」
「良かったな」
「うん、ありがとね、瑞希」
瑞希の心からの言葉に亮も柔らかい笑みを返した。
「ホッとした」
「瑞希?」
「正直、あのままの調子だったら来週のコンサート、どうなるかと思ってたからな」
「……」
「大丈夫なんだろ?」
「勿論」
挑戦的な瑞希の表情を受けて亮はニヤリと返した。
勿論、寂しく無い訳ではない。会えないと言う事実には変わりようがないがそれでも亮は前向きに物事を見られる様になっていた。
ただ、はじめに嫌われていないという事実が亮に立ち上がる力を与えてくれていた。
つづく