はじめちゃんが一番
Cecilia #4


 また幾日が過ぎた。
 やはりはじめからの連絡は一切無く、亮にも取り立てて目立った変化は見られない。
偶に珍しく物憂げに窓の外を眺めたりしているだけだ。
「江藤さん、やっぱり寂しいんだろうね」
 あつきが扉の影から覗いてそう呟いた。
「それはそうだよ、なんてったって最愛の恋人と会えないんだからさ」
 かずきが難しい顔をしてそう言った。
「でもさ、江藤さんの最愛の人は和田さんなん……」
「「「「バカなお!」」」」
 またもなおとの失言に4人がビシバシガスゲシっと鋭いツッコミが入った。ちなみに五つ子たちは亮の様子が普通になった時からまた戻ってきていたのだった。
「でも、あんなにぼーっとしてて大丈夫なのかよ、明後日のコンサート」
「でも、今までもお仕事ちゃんとこなしてるよ。江藤さん」
 たくみの言葉にさとしが答えた。
「でもさ、江藤さん、昨日の歌番、何気に振り間違えてたよな」
「あ、やっぱり? オレ、あんまりスムーズに踊ってるからまた新しい振りなのかと思ってたんだけど」
「マジ? オレ全然気が付かなかった」
「Withは気づいてたよね? 何人か戸惑った顔してたもん」
「うんうん。まあ、和田さんは全然動じてなかったけどね。流石だよね」
「そお? ぼく、いつも以上に笑顔な和田さんが怖かったんだけど……」
 さとしの言葉に他の4人がウンウンと頷いた。
「……でもさ、江藤さんの今の状態ってどれ位保つと思う?」
 あつきが首を傾げながら尋ねた。
「ん〜一ヶ月?」
「ぼくは2週間くらいだと思う」
「実はもう限界に一票」
「大穴で1年!」
「「「「それは無い!」」」」
 即座に否定されてなおとがぶぅっと膨れた。
「それにしてもはじめちゃんいつになったら終わるんだろうね?」
「今日の様子じゃまだまだなんじゃねーの?」
「自業自得とは言え二人とも辛いよね」
「相変わらずぼくたちお手伝いさせて貰えないし……」
「相変わらずご飯は手抜きだし……」
「仕方ないとは言え……」
「「「「「お願いだから早く終わってよーーーー!」」」」」
 五つ子たちの叫びがM2に木霊した。 ◇ ◇ ◇ 「ふ───っ」
 大きく息をついて亮は眼下の夜景を見下ろした。場所はとあるホテルの一室で亮は窓枠に腰掛け物憂げに窓の外を見つめていた。右手には缶ビール、左手には一枚の写真を持って。
 亮は一口ビールを口に含んだ後、写真に目をやった。
 それは去年の冬が始まる前の写真だった。にこやかな亮と、そんな亮に両方の頬を引っ張られているはじめ。
 初めて二人で写真を撮る時に緊張してしまって全く笑えないはじめをリラックスさせるための悪戯だったがリラックスしすぎたはじめにパンチを食らったのはこの3秒後だった。打たれた頬の痛さも今思えば甘美な痛みとしか思えない。だからこそ写真の中の自分にどうしようもない嫉妬を感じていた。
「いいよな、お前の隣にははじめちゃんが居て……」
「……頼むから過去の自分にまで嫉妬すんなよ」
  ベッドの上でくつろぎ、同じく缶ビールを手にしていた瑞希が溜息混じりにそう言った。
「だって、見てよ瑞希。こんなに幸せそうな顔してはじめちゃんと居るんだぜ?」
「でもそいつは紛れもないお前自身だろ?」
「……」
 言い返せないが亮はぶーっと膨れてまたビールを口に含んだ。苦みを喉に流し込むが酔いは一向に訪れない。
「だって、今のオレのそばにはじめちゃんがいないんだもん」
「……」
 今度は瑞希が黙り込んだ。
(ったく、こんなんで明後日のコンサートは大丈夫なのかよ)
 ビールをグビグビと飲み干して次の缶に手を出した。
「瑞希、あんまり飲み過ぎると明日のリハで転けるよ?」
「……素面でとちったお前が言うか?」
 その言葉に亮は目を見開き、そして俯いて小さく 「……ごめん」と呟いた。
「ワリぃ」
 シュンとした亮を見て己の失言に臍を噛んだ瑞希はすぐさま謝った。謝られた亮は困ったように眉根を寄せた。
「悪いのはオレだろ。どうして瑞希が謝るのさ」
「だって、お前の今の状態がどんなのか一番分かってるオレが追い打ち掛けるような事言っちまったから……」
「瑞希は何にも悪くないよ。今日だってオレのフォローをきっちりやってくれた」
 そう言った後亮は自嘲して唇を噛んだ。
「今日だけじゃないよな。今日までずっとだ……。……オレ、本当にみんなに迷惑掛けてばっかりだ。こんなんだからはじめちゃんにも怒られて愛想つかされちゃうんだろうな……」
「バカやろう! はじめちゃんが愛想なんか尽かす訳ないだろう! お前はじめちゃんを信じてないのかよ!」
 突然の瑞希の激昂に亮は目を見開いた。
「瑞希……?」
「はじめちゃんはなぁ! はじめちゃんは……っ。あー! もう! チクショウ!」
 唐突に瑞希の激情が消え去り瑞希はガリガリと髪を掻き乱して、そのままの勢いで俯いてしまった。
「瑞希?」
「兎に角だ! はじめちゃんはお前を見限ったりなんか絶対にしやしねーんだからちょっと自信持ってドンと構えろよ!」
「……」
 訳が解らず亮はポカンとした表情で瑞希を見ていた。見つめられた瑞希は激昂した事に顔を赤らめながらも「分かったのか!?」と詰め寄る。
「瑞希、はじめちゃんの事……何か知ってるの?」
「べ、別にっ。ただはじめちゃんの性格からしてお前を見捨てるような真似は絶対にしないと思うだけだよ!」
 逆に問われて瑞希はそう答えた。納得がいかないのか亮は首を傾げる。
「なんだよ、それは。亮、お前、オレの言う事が信じられないってぇのかよ! オレがお前に嘘ついた事なんかあったか!?」
「……ひぃふぅみぃ……」
 亮は指折り数え始めた。
亮!
「冗談だよ」
 言って亮は漸く笑みを浮かべた。
「信じてるよ。オレ、瑞希の事」
 いきなり真顔をでそう返されて瑞希はマジマジと亮を見返した。
「──そ、そうか?」
「うん」
 穏やかな笑顔で亮は頷き、「瑞希のお陰で元気が出てきた」と言った。
「少なくともコンサートまでは保ちそう」
(二日しかもたねーのかよ……)
  がっくりと肩を落とした瑞希だが少しでも亮の気が晴れた事には満足していた。そして二缶目を一気に呷ると、
「おし! 明日も早ーんだ、寝るぞ!」
 言ってベッドに潜り込んだ。
「うん」
 頷いて亮も缶を空けてベッドに潜り込む。瑞希のベッドに……。
「……なんで入ってくるんだよ」
「だってホテルの暖房って喉痛めるから付けられないじゃん。暖房無いとまだまだ寒いし」
「……」
「だめ?」
(いい歳したいい男二人が何が哀しくて……)
 盛大に溜息を吐きながらも結局瑞希は壁側に身体をずらしてスペースを作った。
「落ちるなよ」
「うん、おやすみ、瑞希」
「ん。おやすみ。……また明日も頑張ろうぜ」
「うん」
 こうして二人とも安堵の眠りに就いたのだった。
つづく