一月某日──。はじめは一人の女性を前に恐縮していた。女性は手元の書類を見つめている
「岡野さん」
「……はい」
はじめは神妙な面持ちで頷いた。はじめの前には机に向かい、渋い顔で出席簿を見つめる女性──はじめの通う渚家政女子大学の教授がいる。
「判っているんですね? このままではあなた落第ですよ」
判ってはいたものの面と向かって言われるとはじめの剛胆な心臓がキュッと衝撃を受けた。
「すみません」
「謝ってどうにかなる問題でもないですよ」
「うっ……すみません」
再度謝ってしまうはじめに教授は深々とため息を吐いた。
「な、なんとかなりませんか……?」
「なんとかなる時点は疾うの昔に過ぎてますよ」
「う……で、でも、そこをなんとかお願いします!」
言ってはじめは勢いよく、深々と頭を下げた。教授はチラリと横目で見遣ってからまた深々とため息を吐いた。
「なんとか……ねぇ」
「な、なりますか!?」
「簡単に言ってくれますね」
「……すみません」
声音に含まれた僅かな不快感を感じ取ってはじめはまたしゅんと縮こまった。その様子を、またチラリと盗み見た教授は小さくほくそ笑んだ。
(これぐらいお灸を据えれば十分かしらね?)
「岡野さん」
「はい!」
「学校としても何も好きで留年させようとしている訳ではありません。事実、あなたは成果物だけを見れば優秀な部類に入る生徒です」
「──はい」
「しかし如何に成果物の出来が良かろうと期限を守れなければ無いも同然です」
耳にタコが出来る程聞かされた説教だがはじめはじっと耐えて聞き忍んでいた。
「あなたが目指す業界に限らず、どの仕事でも期限厳守は大前提です」
「はい」
「その大前提を守ることの出来ない人間はおしなべて信頼を失います」
「はい」
「岡野さん、あなたはこの学園の教授、講師陣の信頼を尽く失っているのが現状です。このままでは就職の斡旋すら難しいでしょう」
「……」
就職の斡旋と言う言葉にはじめの身体がビクリと震えた。
「……願わくばあなたがこれ以上私たちの信頼を失わないように」
「……」
「岡野さん、あなたに最後の課題を課します」
「──! ありがとうございます!」
現金なもので最早留年を免れたかのように舞い上がっているはじめに教授は内心肩を落とした。
(懲りてないわね……)
「喜ぶのは課題を提出し、可以上を貰ってからになさい」
教授ははじめの浮かれ具合をピシャリと断じた。そして手元のファイルケースから2〜3枚の書類を取り出した。さっと目を通して小さく頷いた後、はじめに手渡した。
「これがあなたの最後になるかも知れない課題です。期限は明日より2ヶ月間。刻限は──18:00としましょうか? ──何か質問はありますか?」
教授の問い掛けに答えなかった。っと言うよりは答えることが出来なかった。
「きょ、教授」
「なんですか?」
「こ、これだけの課題を2ヶ月でですか!?」
「そうです」
「ム──」
「無理ならば留年。……それだけの事ですよ。岡野さん」
はじめの言葉を遮って教授は無情にそう言い捨てた。
「どうしますか? 岡野さん。課題を受けるも受けないもあなたの自由ですよ」
教授のその言葉にはじめの闘争心に火が着いた。
(人の足下見やがってぇ……)
「お、岡野さん!?」
突然どす黒いオーラを立ち上らせたはじめに教授は怯えて身を引いた。
「やりますとも! それ以外に何が出来るって言うんですか! やってやるわよ!」
そう叫ぶなりはじめは1分も惜しいとばかりに一礼した後、突風のように去っていってしまった。
「……」
残された教授は(食われなくてよかった……)と見当違いの事を安堵して見送ったのだった。
つづく