はじめちゃんが一番
Cecilia ExtraTrack 2
(全く……江藤さんと別れておいて不幸中の幸いだわ)
  課題に再度目を通しつつはじめはどんよりと重いため息を吐いた。
  渡された課題の量は尋常成らざるものだった。これから2ヶ月間、一日中掛かりきりになって漸く出来るかどうかの量で、しかも教授のあの様子では一分たりとも遅刻は許されそうにもない。亮に呼び出されてほいほいと出向く時間など欠片もない。
  はじめは大学を後にして足早にM2に向かった。勿論、前田に事情を説明して2ヶ月間の休暇を貰うためだった。そしてはじめから事情を聞かされた前田ははじめの進退極まりない状況に重々しく頷き休暇を許可した。
  実際の処、A.A.O.の付き人は3人体制で回っているし、WEにしても元々遠藤一人で事足りていたのだ。突発的にソロ活動があったとしても始終付き従う必要もない。
  ──問題は特にない。……亮以外は。
「亮に連絡はするのかね?」
  はじめの課題提出の遅延は亮の私的な呼び出しが多い事も理由だったからだ。それを亮に伝えるのかと前田ははじめに尋ねた。
「しませんよ」
  当たり前のように答えるはじめに前田は肩を竦め難色を示した。
「しかし──」
「課題が期日までに提出できなかったのはあたしの判断ミスです。江藤さんには関係ないことです」
「しかし──」
  繰り返す前田にはじめは再度首を振った。
「江藤さんの事だから自分の所為だったドツボにハマってまた精神的に参っちゃいますよ。だからこそヘタに知らせないでお仕置きが延長してるって事にしとけば良いんですよ」
「う〜〜〜ん」
  はじめの言葉に前田はまだ納得出来ないでいた。何も知らないで居ることが果たして吉と出るか凶と出るか……。2ヶ月という決して短くない期間も微妙に引っかかる。しかし当のはじめがそう言う以上、前田の口から亮に真実を伝えるのはマナー違反のように思えた。
「──はじめ君、瑞希には伝えるよ。知る知らないに係わらず亮は落ち込むだろうからね。的確にフォローさせるためにも瑞希には伝えることにさせてもらうよ」
  それは確認だった。勿論、はじめも異論はない。前田の言うとおり瑞希にはどうしたって亮のフォローが付きまとうのだ。事情を知って入ればまだフォローのしようもあると言うものだろう。
「──判りました。お手数をお掛けしてすみません」
「いや、気にしないでくれたまえ。──しかし2ヶ月か……」
「はい……」
「私に出来ることなら助力は惜しまないよ。何でも言ってくれ」
  前田の言葉に笑顔を作りながらもはじめは、
(前田さんの助力って言ってもなぁ……。微妙?)
  などと失礼な事を考えていた。そんなはじめの心中も知らず前田はジェントルマンな笑みを浮かべてこういった。
「M2の専属デザイナーやスタイリストの意見が必要な時は幾らでも融通を利かせることが出来るからね」
「!」
(ま、前田さんって結構使える!!!!)
  更に失礼な事を考えながらもはじめは「ありがとうございます!」と喜色満面に頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇ そしてその夜のこと……。深夜遅くに帰ってきた五つ子達はすぐさま布団に潜り込もうとしたがはじめの一喝の元、強制的に作戦会議に参加させられる事となった。
「「「「「はじめちゃ〜〜〜〜〜〜ん、眠いよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」」」」
「うっさい! あたしだって眠いのよ!」
  ごもっともな意見とゲンコツが飛んできて五つ子達は泣く泣く正座してはじめの話を待った。諦め顔の弟たちを見回してはじめは咳払いを一つ──。
「コホン。江藤さんへのお仕置き期間が決まりました」
「「「「「え!?」」」」」
  途端に五つ子達は目の色を変えてはじめに詰め寄った。
「ど、どれくらい!? 一週間!?」
  と、あつき。
「違うよね? 一ヶ月だよね!?」
  と、かずや。
「3日だよね? ね? はじめちゃん」
  と、さとし。
「2週間だよな!? はじめちゃん!!」
  と、たくみ。
「10日に間違いないって! ね?」
  と、なおと。
「……なんなのよあんたたち」
「「「「「いいから! どれくらいなの!?」」」」」
  詰め寄られて、若干引きながらはじめは口を開く。
「2……」
「っしゃ!!! 2週間!」
「何だよ! たくみかよ!」
「んも〜。絶対に3日だと思ったのに〜〜!」
「っかしーなぁ。はじめちゃんだったら持って10日が限度だと思ったのになぁ……」
「でもまあ、2週間なら江藤さんも我慢できるだろうし……」
「あっはっはー! おまえら約束忘れんなよ! 明日から一週間、弁当のおかず一品オレのんだからな!!」
「「「「ちっっっ!」」」」
  ……どうやら五つ子達はお仕置き期間を掛けていたらしい。
「……あんた達って子は何人の不幸で遊んでんのよ!
そこに直りやがれ!!!!!
「「「「「あ〜〜〜〜ん、ごめんなさい〜〜〜〜」」」」」
  一発ずつパンチを食らった五つ子達はシューンと正座してはじめの怒りが収まるのを待った。
「ったく、情けないったりゃありゃしない。なんだってお弁当のおかず如きで人との不幸をネタにするなんて……」
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
「まあ、いいわ。時間も無いことだし。──それに2週間じゃないわよ」
「「「「「え?」」」」」
「2ヶ月よ」
「「「「「2ヶ月?」」」」」
「そう、2ヶ月」
「「「「「え────────!!!!!」」」」」
「な、何なのよ!? 静かになさいよ! 今、何時だと思ってんのよ!」
「だ、だって!」
「2ヶ月って!」
「2ヶ月だよね!?」
「2日じゃなくて!」
「2週間でもなくて!」
「しつこいわね! さっきから2ヶ月だって言ってるでしょ!!!」
  余りに騒ぐ弟たちを拳で黙らせてはじめは事の次第を聞かせる。
「……そうかはじめちゃんてばまた留年の危機なんだね」
「出来る作品は良くてもね……」
「約束破っちゃダメだよね」
「可を貰ってるんだから大丈夫! とか言ってたけど……」
「やっぱり神様は見てるんだよ」
「うっさい!!! とにかく! あたしはこれから課題に掛かりっきりになるから、家では静かにして頂戴」
「「「「「うん! 任せて!」」」」」
  余り宛にならない弟たちの安請け合いに頷きつつはじめは次々と要望を述べていく。
「あたしが留年を免れるか否かはあんた達の協力に掛かってると言っても過言じゃないんだからね。そこんところ忘れるんじゃないわよ」
「「「「「うん」」」」」
「それと家事だって今まで程出来るか判らないから食事は出来るだけ外で食べてくるのよ」
「「「「「うん。……って、は、はじめちゃん?」」」」」
「最後に……」
「「「「「……」」」」」
「江藤さんに余計なこと言ったら向こう一年間朝昼晩と日の丸弁当だからね」
「「「「「ええ〜〜〜〜! そんなぁ〜〜〜〜〜〜!」」」」」
「うっさい! もうこれは決定事項よ! 判ったらとっとと明日に備えて寝る! あたしは課題をするんだから騒いだら承知しないからね!」
  いつも以上に気迫を漲らせるはじめに五つ子達がただただ怯えて何度も頷いた……。

  こうしてはじめの周囲を巻き込みまくった課題生活がスタートしたのだった。
つづく