Mrs. Robinson
#3
「……と言う訳なんだよ」
前田は事の顛末をそう締めくくった。
「ったく、おまえらなぁ……」
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
「…………………………」
泣きながら謝る五つ子、大仰に溜息をつく瑞希、そして相変わらず無言無表情の亮……。
「プロデューサーは何て言ってたんですか?」
「カットは渋ってたよ。だがあの二人が取り成してくれたお蔭で何とかなったよ。…大きな借りが出来てしまったよ、あの二人には」
肩をすくめる前田に瑞希は疲れたように肩を落とした。
「例の出演依頼……受けない訳にいかなくなりましたね」
「……嫌がってたのは君一人だけだったんだが?」
茶目っ気を交えた前田の言葉に瑞希はうっと詰まって口を尖らせた。
未だに『Cool Adult Perfect』が自分たちのコンセプトであると頑なに譲らない瑞希は、自分たちを良いようにあしらい、地を引きずり出してしまう彼らの番組は鬼門となっ ていた。そんな訳で再三の出演依頼も「多忙」の一言と事務所の力で黙殺していただのが……。
「こいつらの二の舞は踏みませんよ」
瑞希はフンと鼻を鳴らして答えた。
「まあ、それはさておき、編集でカットしてくれるんならまだマシですね。……問題は観客か」
「うむ、 スタッフには守秘義務があるから他言は無いと思うが、一般人にはそれが無いからね……。厄介な事にならなければ良いんだが」
頭の痛い問題だな、と前田は額に手を当てて名目した。
「「「「「江藤さん、ごめんなさい……」」」」」
二人の会話を見計らって五つ子たちは亮に消え入るような声で謝った。
「……」
「オレたち本当に考え無しで……」
「いつもはじめちゃんや皆に迷惑ばっかり掛けてて……」
「してもらうばっかりで何にもお返し出来なくて……」
「悪気が無かったからって許されないのは分かってるけど……」
「オレたちの事、お願いだから嫌いにならないで〜〜〜〜!!!」
言っておいおいと床に突っ伏して泣き喚く今年18になる五つ子たち。
「……」
亮はしばし無言で見下ろしていたがやがて一人一人手を掛けて立ち上がらせた。
「心配しなくても嫌いになんかなれないから。オレ」
「「「「「! ……え、江藤さぁ〜〜〜〜んっっ!!!」」」」」
そしてまた抱きついて泣き喚く五つ子たちと条件反射で抱き返す亮……。
「前田さん」
呆れ顔で見守っていた瑞希と前田に亮が顔を向ける。
「なんだね?」
「もし週刊誌とかに騒がれそうになったら……記者会見、開いてもらえますか?」
「「き、記者会見!?」」
「はい」
驚いて目をむく二人に亮は相変わらずの無表情で頷いた。
「ききき、記者会見って、お前、何言うつもりだよ!?」
五つ子たちを押しのけて瑞希は亮に詰め寄った。
「何って決まってるじゃん」
「付き合ってる事を公表するのかっ!?」
「まさか」
一瞬、その場にいた全員が真っ白になった。
「ま、まさかって……?」
「そんな事言える訳ないじゃん」
「あ、亮…?」
「江藤……さん?」
「ちゃんと言うよ。オレとはじめちゃんは何の関係も無いって。オレはただの事務所の先輩タレントではじめちゃんは後輩タレントの姉だ……って。それ以上でもそれ以下でもないって……」
静かにそう言って亮は自分の両腕を掴んでいた瑞希の手を解いた。瑞希は少し混乱しているのか汗を浮かべて亮の顔を覗き込む。
だがいつもどおりの無表情でそこからは何の意思も読み取れなかった。
「お、お前、そんな嘘つけるのか?」
瑞希の問い掛けに初めて亮の表情が崩れた。それは思わず泣き出しそうな弱々しい表情だった。
「亮?」
再度伸ばされた瑞希の手を避けて亮は俯いて小さく呟いた。
「嘘なら……いいのにね」
それはあまりに微かな呟きだった。
「え?」
聞き返す瑞希に亮は小さく笑顔を返した。
「オレ、はじめちゃん探してくるね」
「あ、亮?」
引き止める暇すら与えず、亮は楽屋から出て行った。
誰も追う事もできず、 ひたすら立ち尽くしていた────。◇ ◇ ◇ 楽屋を出てから亮ははじめを探すでもなくフラフラと局内を歩き回っていた。
胸の中にあるのは先ほど出た、一つの結論。
「! ……っぐ」
急にこみ上げてきた吐き気に亮は口を抑えて近くのトイレに駆け込んだ。
幸い他に人の姿はない。
既に胃の中は空だったらしく、黄色く苦い液体を吐き出した。それでも尚吐き気は治まらず、亮はズルズルと壁に凭れながらしゃがみこむ。
(はじめちゃんに会いたい……)
心がそう思っている。
(だけど……)
と頭が否定する。会ってしまえばそこでお終いなのだと。
更に激しい吐き気がこみ上げてきた。だが既に吐き出せるものは何もなく、ただ苦しさの余りに涙がポロポロと零れ落ちてきた。
この吐き気は理性と本能がせめぎ合って生み出されたもの……。
会いたい、会いたくない、と二律背反の思いが亮を苛んでいる。
(でも……)
と、亮は服の袖で口を拭った。
(会わなきゃ……ダメなんだ)
力の入らない膝に手を当てて、よろけながら立ち上がる。
(会いたいけど……、会いたくないけど……、会わなきゃダメなんだ)
洗面台の前に立って亮は鏡の中の自分を見た。
(……スゲー顔。こんな顔見せたらはじめちゃんが心配するじゃん)
自嘲気味に笑って水で顔を洗う。水の冷たさに幾分吐き気が治まった気がした。そしてもう一度鏡の中の自分を見つめる。
(……巧く……笑えよ)
目を閉じて頷いて、そして今度こそ亮ははじめを探して歩き出した。
つづく