はじめちゃんが一番!
Mrs. Robinson
#6

    ガリッ

「痛っ!」
 突然、亮は口を押さえて跳ね起きた。何が起こったかまるで解っていないようでその目はまん丸になっている。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
一方漸く解放されたはじめは仰向けに転がったまま荒い息をついていた。
「……え? 血?」
 亮は口に広がる鉄錆の味とズキンズキンと痛む舌に目を丸める。
「え? な、なんで夢なのに痛いの……?」
 その惚けた言葉にはじめの血管が2,3本ブチ切れた。

「そんなもん! 夢じゃないからに決まってるだろーが!
この大ボケ野郎っ!!! 」

「え? えっ? ええっ!!?」
 未だ現状認識が出来ていないのか亮は恐る恐る周囲を見回し、一気に覚醒した。
「──────! ご、ごめん! はじめちゃんっ、オレっ──」
「触らないで!」
 強い拒絶に亮はビクリと身を固くした。
「は、はじめちゃん……」
「いいから、動かないで」
 手をついて起き上がったはじめは後ろに居ざって壁に凭れた。そして大きく息を吐いた。
「はじめちゃん…、オレ…、オレ…」
「おだまり!」
「……! は、はい」
 完全に気合い負けしている亮は泣きそうな表情ではじめの言葉をまった。引導を渡される事は必至だろう。それだけの事を自分はしでかしてしまったのだから。俯いて強く手を握りしめて、亮は怯えながら断罪を待つ。
 そんな亮をみてはじめは再度大きな溜息を吐く。そして静かな声で言う。
「別れないからね」
 ──と。
「うん。────……え?」
  とりあえず頷いたものの、何を言われたのか訳が分からなくなってしまった亮は酷く間抜けな表情で顔を上げた。
「別れないって言ったのよ」
「──! な……なんで?」
「うっさいわね! なんか文句でもあんの!?」
「ないよ! でも、だけど、はじめちゃん、泣いてたじゃない。だから…オレ…」
 亮の言葉に一瞬うっと詰まる。
「な、泣いてたのは事実だけど、別にあんたと噂になるがイヤで泣いてた訳じゃないわよ」
「……じゃあ、なんで?」
「〜〜〜〜〜〜〜ごちゃごちゃウルサイのよ! 問題はそこじゃないでしょ!?」
 怒鳴りつけられて亮はキツく目を閉じた。恐る恐る目を開けはじめを見れば、はじめはとても複雑な表情をしていた。泣きそうな顔で笑っているのだ。
「よく、ドラマとかで好きな人が側にいてくれたら他には何にも要らないとかっていうでしょ?」
「……うん」
「あれの本当の意味が判ったの」
「……本当の?」
 訳が判らなくて亮はきょとんと首をかしげた。
「好きな人が居てくれるから満足なんじゃないわ。……好きな人が側に居てくれるから生きていけるのよ」
「……」
「言い換えれば好きな人と別れて生きてなんかいられない。悲しくて苦しくて……死んだほうがよっぽどマシよ」
「……!」
「死んだら何も必要ないじゃない。……ね? だから好きな人のほかに何にも要らないの」
「は…じめちゃん……」
「好きな人が側にいてくれるから生きていけるの」
 繰り返したはじめの言葉に亮は小さく頷いた。
「あたし、江藤さんの事が好きだわ。自分でも訳が分かんない位に好きだわ」
「うん……」
「だから……」
 もう一度「だから……」と呟く。
「側に居てよ」
「!」
「別れるなんて簡単に言わないでよ」
「か、簡単なんかじゃなかったよ!」
「どこがよ! めちゃくちゃ笑顔だったじゃない!」
「だ、だって、あれは……」
 心配させたくなくて無理に笑顔を繕ったのが徒になったのだと亮は思ったが、はじめには聞き入れる余裕などなかった。
「言い訳なんか聞きたかないわよ! ……あんたはいいわよ。あたしなんかが居なくても瑞希さんが側に居てくれればそれで良いんだから……!」
「ち、違うよ!」
「違わないわよっ!!!」
 違う! と反論しようにも口を挟む隙すら見当たらない。ただ亮はオロオロとはじめを見ているだけだった。
「でもねぇ! あたしの一番は他でもないあんたなのっ!」
「!」
 厳しく亮を睨みつけていた目からポロッと涙が零れ落ちた。
「……前にも言ったけど、そうなんだもの……」
 そう呟いたはじめは俯いて「ちくしょ〜〜〜」と毒づいた。
 より好きになった方の負け、とはよく言ったものだとはじめは悔しくて悔しくてポロポロと涙を零す。
「──はじめちゃん」
「……何よ」
 はじめは俯いたままぶっきらぼうに応えた。
「そばに行ってもいい?」
「……………………………………勝手にすればっ?」
 許しを得て亮は四つん這いで近づいた。
「触ってもいい?」
「だから勝手にすればいいしょ!?」
 亮ははじめの手をそっと握り締めた。
「抱きしめてもいい?」
「〜〜〜〜〜〜〜一々聞かないでよ! 答える方が恥ずかしいじゃないっ !!!」
 本当に恥ずかしいのか耳まで真っ赤にしてはじめは怒鳴りつけた。
「ごめん。でも、オレ……怖くて……」
「何がよ!」
「はじめちゃんを傷つけるのが」
「…………………………え?」
「オレの自分勝手ではじめちゃんを傷つけるのが怖いんだ」
 だから一々はじめの意志を確認しているのだ。元々何の気ない言動ではじめを怒らせまくっている亮にしては進歩的な気の使い方だろう。
「今回の事だってオレが勝手に決めた事でこんなにはじめちゃんを傷つけたから……、一つ一つ確認しないとオレ、何にも出来ないよ」
 言って亮はそうっと、本当にそうっとはじめを抱きしめた。
「…………ばっかじゃない?」
 しばしじっとしていたはじめだが目を閉じて手荒に亮の背に手を回し抱きしめた。逆に亮がびっくりして体を離そうとしたくらいだ。だがはじめは亮の胸に顔を埋め、がっちりとしがみ付いて離さない。
「は、はじめちゃん…?」
「あたしは言わないからね。あたしはあたしが側にいたい時に近づいて、触りたい時に触って、抱きしめたい時に抱きしめるんだから」
「え……?」
 亮は驚いて身を引こうとするがはじめががっちりと抱きしめているのでそれも叶わない。辛うじて自由な首を捻ってはじめを見れば髪の隙間から見える耳が真っ赤になっている。自然亮の頬も紅潮してくる。
「江藤さんは、あたしがOKださなきゃ、一生近付かないし、一生触らないし、一生抱きしめないのね?」
「そ、それは……」
 さすがに亮が言いよどんだ。だがはじめは更に追い打ちを掛ける。
「あたし、何がなんでもOK出さないからね。絶対に!」
「! は、はじめちゃん…………」
 途方に暮れた様な亮の声。はじめは腕の力を抜いて亮を解放する。
「……あたしが言いたいのはそれだけよ。解ったらさっさと離してよ!」
「……………………」
「あたしの言う事に従うんでしょ!? さっさと離せっての!」
「………………………………ヤだ」
「……………………………………」
「ごめんなさい。やっぱり…出来ないや」
「……………………………………最初っから素直にそう言やあいいのよ。そう言やあ」
 ふんっと鼻息も荒く言い捨ててはじめはもう一度亮にしがみついた。今度は亮もぎゅっと抱きしめ返す。
「ねえ、はじめちゃん」
「……何よ」
 しばらく余韻に浸りながら抱き合っていた亮ははじめに最後の質問をする。
「ずっと、ずっと、好きでいていい?」
 はじめは驚いて亮の顔を見上げた。
 とても真剣でそれでいて、少し自信なさげな顔を見てはじめはその日初めて心からの笑みを浮かべた。

「望むところよ」

 勝ち気な答えに亮はプッと笑い、漸く取り戻した温もりを強く強く抱きしめた。
おわり
お・わ・っ・た──────!
終わりましたよ! 皆様!  いや、終わって当たり前なんすけどね。
また、難産なお話でした。 なんだってまあ、頭の中ではするする終わったのに、いざ文字にしてみると出るわ出るわ……。
またも当初の倍となってしまいました(爆)。

ギャグテイストで始まった話がどうしようもない程シリアスになって、そっからまたギャグテイストに……。一貫性がないっすね。ごめんなさい。

なにはともあれ、当初の予定:『二人の仲が進展したらいいなぁ』は守れたかな?
雨降って地固まる。やっぱ逆境にあってこそ恋愛っすね! ねっ?

唐突ですがご意見ご感想なり頂けると小躍りして喜びます。
最後に、ここまで読んで下さってありがとうございました!