はじめちゃんが一番!
A Hazy Shade Of Winter #6

 約一時間後の江藤家玄関前──。
 一人を除いて一同は緊張の面持ちで立っていた。除かれた一人は誰かというと、他でもない江藤亮であった。
  他の6人とは対照的にいつもの体温を感じさせない涼しい顔でポケットに手を突っ込み、鍵を探っている。取り出した 鍵をガチャリと回し、 ノブに手を掛けた時──。
「……」
「亮?」
  不意に手を止めた亮を訝しく思ったのか瑞希が肩越しにその表情を覗き見ると、亮は眉間に皺を寄せて唇を噛んでいた。
  その様子に亮の内心を悟っした瑞希は亮の肩を抱いた。
「大丈夫だ、亮」
「瑞希……。どうしよう、オレ……」
  オロオロしている亮に瑞希は力付けるように笑いかけ、何度も「大丈夫だ」と言い諭す。
「ダメだよ、瑞希。オレ……オレ、死ぬかも知れない……!」
「亮!」
「本当にダメだ……。オレ、絶対嬉しすぎて死ぬ」
「「「「「「はぁあ???」」」」」」
  6人の声が見事にハモッた。
「………あ、亮? お、お前、頭大丈夫か? な、何なんだよ。その、『嬉しすぎて』ってのは」
  最早理解不能とばかりに瑞希は亮の額に手を当てつつ訊ねると亮は「え?」と意外そうな表情をした。
「何って……決まってるじゃん。はじめちゃんに『お帰りなさい』って 言われたらに……」
「「「「「「そっちかよっっっ!!!」」」」」」
  それは見事にハモッた涙のツッコミだった。
  そんなツッコミにキョトンとしている亮と涙を流している脱力している6人の間を割るようにいきなり扉が開かれ──。
「ウルサいわね! 今何時だと思ってんのよっっ! 近所迷惑ってもんを考えろっ! この馬っ…、え、江藤さん……!」
「「「「「「「はじめちゃん!」」」」」」」
「げっ、瑞希さん! ……あ、あんた達までぇ!?」
 どこのバカかかと思い切り怒鳴りつけて見れば亮達であり、予想外の大人数にはじめはかなり引いていた。
「か、帰ってたんなら騒いでないでさっさと家に入ればイイでしょう……!」
 顔を赤らめながらはじめは扉を大きく開いて「おかえりなさい。お疲れ様でした」と付け加えた。
「……! はじめちゃん!」
「ぎゃっ! な、何よ! いきなり!」
  何かと言えば感極まった亮が辺りも憚らずはじめを抱きしめたのだ。
「ただいま! ただいま! ただいま!!」 
「い、一回言や十分よ! いいから離しなさいよ! さっさと離せってばっ!」
  手酷く振り払われた亮だが耳と言わず首まで真っ赤なはじめにほくほくの笑顔だった。
「「「「「はじめちゃんっ、はじめちゃんっ。オレ達も!! ただいま!」」」」」
「ここはあんた達のうちじゃないでしょうが!」
「ただいま、はじめちゃん」
「おかえりなさいっっ、瑞希さんっハートハートハート はっ……」
  すぐさま我に返ったはじめだが覆水盆に返らず。飛ばしまくったハートは回収されないままに消えていったのだった。
「ぶわっはははは──っっっっっ! は、はじめちゃん、サイコー!」
「ずっりー! 何それ! はじめちゃんっ!」
「何となく予想は付いてたけどさ……」
「ひどいよ、和田さんだって僕たちといっしょじゃない!」
「こうもあからさまだと流石に傷付くよなぁ」
「ここ、和田さんのうちでも無いのにえこひいきだ──!」
「ちち、違わないけど……違うの───っっっ! お願いだから信じてーっっ!」
  条件反射とは言え、まんまと乗せられた真っ赤になって訂正するが説得力など有るはずもなかった。
「……嘘だったんだ」
 突然の憮然とした声音に一同の視線が亮に集中した。亮は声と同じかそれ以上に拗ねた表情をしていた。
「う、嘘って何がよ」
「はじめちゃん言ってくれたじゃん」
「だから何がよ!」
「オレの事、世界で一番好きって……」
「ぎゃあああっ!!! いきなり何言い出すつもりなのよ! このボケ林ヌケ作!」
  はじめは真っ赤になって亮の言葉を遮ったが、6人にしてみれば「よっ! お熱いね、お二人さんっ」ってな感じである。
「嘘だったんだ……」
「なんでそーなるのよっ!」
「あの……」
「嘘じゃないならもう一回言ってよ」
「な……っ! バ、バカッ! 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょっ!?」
「私たちは……」
「そんな事ってなんだよ。オレにとったらすっごく大事な事だよ!」
「ティ、TPOを考えなさいよ! TPOをっ!」
いつまでここに居れば……
「うるっさいわね! さっきからボソボソと!! 今取り込み中だってのが判んないのっ!!!?」 
す、すみません〜〜〜っ
 ぐるりと振り返ったはじめの形相に恐れを為したのか男の顔は一目散に消えた。
  ふんっと鼻を鳴らしたはじめは再度亮と向き合ったが亮の目が自分を捉えていない事に気が付いた。
「……江藤さん?」
「……はじめちゃん。あの人誰?」
「誰って……あの赤ちゃんの父親に決まって……あ」
  小さく呻いてはじめは漸く気が付いた。
「本当に『そんな事言ってる場合』じゃなかったんだよな」
「うっ……」
  呆然とした瑞希の言葉にはじめは真っ赤になって俯いてしまった。
  そんなはじめの頭にポンと手を置いた亮は「また後でね」と言い、スタスタと奥へと歩いていった。
「あんまり気にしないでよ。オレ達も同罪な訳だしさ」
  瑞希もポンと肩に手を置いてから亮の後を追う。続く五つ子達も同様に──。
「ドンマイ! はじめちゃん」
「それでこそはじめちゃんだよ」
「そうだよ、はじめちゃんらしくて良いと思うよ? 僕」
「理性的なはじめちゃんははじめちゃんじゃないって」
「しっかし、相変わらずだよな〜〜」
 ポンポンポンポンポンと肩やら頭に手を置いて奥へと進む……。
「…………………………………………」
  しばらく動けなかったはじめだが宙に向かって──。
「だからってあんた達にどーこー言われる謂われはないわよ──っ!」
  と深夜を顧みず叫んだのだった。
つづく