道端の小石かなんか。
誰の記憶にも残らないような普通の石。
時々蹴ってもらって、
それが嬉しくて、
幸せとか思ってる、
そんな石
渡辺多恵子イラスト集
BORN TO BE IDOL! より抜粋
歌番組の収録が終わってしまえばそれで今日のオレたちの仕事は終わりだった。五つ子たちはまだ他の収録があるとかで着替えて別のスタジオに向かっていった。お疲れ。
はぁー、久々に日付が変わるまでに家に帰れる。そして家では────……。
「──亮、にやけ過ぎ」
「……見るなよ、瑞希のエッチ」
「……ったく、良いねえ、幸せで」
「うん!」
本当にそう思ったからオレは大きく頷いた。すると瑞希は「ごちそうさま」と呆れたように笑い、肩をすくめてシャワー室に入っていった。
「……瑞希は幸せじゃないの?」
「いーや。差し当たって普通に目一杯幸せだよ」
その様子にオレはほっとして心から安堵の息を吐いた。そしてオレも隣のシャワー室に入り汗を流す。二人して帰り支度を整えて、遠ちゃんから明日のスケジュールを言い渡されて、それからオレたちはテレビ局を後にした。
「今日はBe-子だから送ってやるよ」
そんな瑞希の言葉に甘えてオレはBe-子の助手席に乗り込んだ。
30分もした頃かな? オレはなんとなく瑞希を見た。
…………どうしたんだろう。いつもは新しい振りとか明日の仕事についてとか五つ子の事とかしゃべる瑞希が沈黙してる。
チラッと横目で覗き見るけど別に機嫌が悪いようには見えない。
……疲れてるのかな?
「瑞希運転代わろうか?」
「は? 何だよいきなり」
「だって妙に静かだし……。疲れてるなら代わるよ? オレ」
オレの言葉に瑞希は笑った。至って普通の笑顔だ。……オレの考え過ぎだったのかな?
「ちがうちがう、別に疲れてなんかいねーよ。ただちょっと考え事してたんだよ」
「何を?」
「究極の選択について」
「……何それ」
「お、お前なぁ……」
瑞希はがっくりと肩を落とした。
「収録の前に言ってた話だよ!」
「ああ」
なんだ、それの事か。
もう既に納得いく答が出たから綺麗に忘れてた。
「お前綺麗に忘れてただろ」
質問と言うよりは確認に近い言葉にオレは「エヘッ」と笑って見せた。
「ったくお前ってヤツは長生きするよ」
「そうかな?」
オレの生命線は二重だけどオレ自身は別に長生きしたいとは思わない。
瑞希やはじめちゃんがいない世界で生きていく気なんか全くないから。後追い自殺は瑞希が許してくれないから出来ないけど、それでも死んだも同然の状態になるのは誰よりもオレ自身が解ってる事。
──勿論瑞希とはじめちゃんにはうんと、それこそしわしわのおじいさんおばあさんになるまで長生きして欲しいけど。絶対に二人ともすっごく可愛いおじいさんおばあさんになってると思うから。
その側に居られたらすっごく幸せだと思うから一緒にいる為に長生きしたいとは思うけど……。
そんな事を考えていたオレに瑞希は前を向いたまま静かに言った。
「亮──、お前今でもそうなのか?」
いきなり何なんだろう? 言って意味が分からなくてオレは眉を顰めた。
「せめて、主語を言ってよ。瑞希」
「お前──……まだ自分が死んだって悲しむヤツなんか居ないって思ってるのか?」
「え……?」
言ってる意味は分かったけど何だってそんな事を聞くのか分からなかった。
「瑞希?」
「お前、さっきの話でオレとはじめちゃん、どっちか失うくらいだったら自分が犠牲になって飛び降りればいいとか考えただろ」
「!」
驚いて目を見開いたオレに瑞希はふんと鼻で笑った。
「バレバレだっつーの」
「………………」
瑞希の声には僅かばかり、でもはっきりと怒りが込められていた。
「ったく、五つ子やはじめちゃんの影響受けてちょっとは変わったかと思ってたのに、ガキの頃のまんまかよ!」
「み、瑞希?」
「何だってお前はそう簡単に周りの人間を捨ててしまえるんだよ! オレたちの身代わりになって! お前一人が死んで! それでオレとはじめちゃんが喜ぶとでも思ってるのかよッ!!!」
「! ──……だ、だって」
「ふざけんな! なんでお前はそうなんだよ! 自分さえ満足なら他の奴らが悲しもうが知った事じゃねーとでも思ってるのか!?」
「ち、違う! そんな事思ってないよ!」
「だったらまたお得意の無意識かよ! いい加減にしよろな!」
「!」
だって、だって、しょうがないじゃないか。
オレにははじめちゃんも瑞希も選べないんだ。
どっちも同じくらい大切で、同じくらい無くしたく無い存在なんだ。二人に比べたらオレなんてちっぽけな存在で……。
だったら考えるまでもなくオレが犠牲になれば良いと思ったんだ。
「……………………」
だけどそれをどう説明して良いのか解らない。多分そんなオレの考え方自体が瑞希の気に障るんだろう。だからオレは何も言えなくなって俯いてしまった。
「────……お前がオレたちを大事に思ってくれてるのは解ってる。凄く嬉しいさ。でもオレたちだってお前が思ってる以上にお前の事を大事に思ってるんだよ……」
不意に瑞希の声も気配も和らいだからオレは恐る恐る顔を上げた。
「……瑞希」
「頼むから…お前と一緒にオレたちの思いまで殺さないでくれ」
信号待ちしていた瑞希はハンドルに額を預けて俯いているから泣いているのかと思った。
あの瑞希が泣いているのかと思った。
「みず……」
「以上だ! 言いたい事終わり!」
「え?」
多分オレはこの時、物凄く「訳が分からない」って顔をしていたと思う。だって本当に訳が分からなかったからしょうがないじゃないか。
「わりぃっ!」
そんなオレを見て瑞希はパンと手を合わせて謝った。
そんな事されていよいよ訳が分からなくなってオレは瑞希を呆然と見た。
「瑞希……?」
「ごめん! 本当言うとオレだってお前とはじめちゃんが崖にぶら下がってたりしたら絶対に迷うし、どっちか選ぶなんて出来なくて、それならオレが死んだ方がマシだって、正直思った」
「!」
「でも、やっぱりダメなんだ。操とかお袋とか百歩譲って親父とか……遺していく家族が心残りでどうしようもねぇんだよ」
「……………………」
「ごめん、八つ当たりだ。さっきの。お前みたいに思い切れなくて、結局何も選べない自分に嫌気が差してたんだ」
瑞希は本当に自己嫌悪の表情で車をスタートさせた。
そんな瑞希にオレは何も言えなかった。
だって瑞希が言った様にオレは思い切りが良い訳じゃない。
ただただ自分が置いて行かれる事が怖かったんだ。
誰の為でもない、自分の為。
オレの行動の全てが全てはオレの為なんだ。
そう思ったら急に涙が流れた。
「あ、亮!?」
ハンドルを切りながら瑞希がオロオロとオレを横目で見ている。
「瑞希は…悪くない」
「亮?」
「瑞希は何にも悪くない」
ああ……。なんだって瑞希はこんなにも綺麗なんだろう。
いつも何に対しても真正面から向き合っている。
オレみたいに逃げたりなんかしないで、正面から戦いを挑む。
自分の汚さと瑞希の綺麗さ、今更ながらに思い知らされて涙が止まらない。
「瑞希は、本当に綺麗だね」
「はぁあ???」
「本当に、本当に綺麗だね」
オレの言葉に瑞希の目はまん丸になってる。
「亮、お前……大丈夫か? いつもの事だけどいつもより変だぞ?」
「ぷっ」
言ってる事は変なのに余りに真面目な顔で言われたからオレは思わず笑ってしまった。
すると瑞希はからかわれたと思ったのか真っ赤になって怒り出す。
「お前! からかってごまかす気かよ!」
「ち、違うよ。本当に心の底から綺麗だと思ったんだよ」
本当にオレとは 大違いだ。
瑞希の綺麗さにオレはいつも救われる。
問題は何一つ解決していないけどなんだか心が温かくなった。
涙と笑いの止まらないオレを瑞希は呆れて見ていたがやがて少し悲しそうな笑みを浮かべて小さく「ごめん」と呟いた。
「瑞希?」
「多分オレはお前を選ぶと思う」
「何が?」とは問えず、ただ痛ましそうに見るオレに瑞希はもう一度 「ごめんな」と呟いた。
「瑞希……」
「はじめちゃんにも謝らなきゃならないな。……って謝って許して貰える内容じゃないけどさ」
寂しそうに笑う瑞希に掛けてやれる言葉など無かった。ただオレも同じ様に「ごめんね」と謝った。
「亮?」
「ごめん、やっぱりオレは二人を選ぶよ」
結局同じ答しか出せないオレ。
「二人に恨まれてもやっぱりオレは二人を選ぶよ」
怒られるかと思ったけど瑞希はただ「そうか……」と呟いただけだった。
それからは二人ともなんとなく無言だった──……。
「多分はじめちゃんも同じ事言うんだろうなぁ」
「え?」
「なんでもない。ほれ、着いたぞ」
「え?」
驚いて窓を見れば確かにそこはオレのマンションだった。
「はじめちゃんに怒られてきな」
「な、なんだよ、それ」
車を降りながら眉を顰めるオレに瑞希はとっても綺麗な笑顔だけを返した。
「さあな。明日も遅刻すんなよ。──はじめちゃんによろしく。じゃあな」
「うん、おやすみ。瑞希」
手を振って瑞希は車をスタートさせた。Be-子のテールランプが他の車に紛れてしまうまで見送っていたオレは自分の家を見上げた。
明かりがついてる……。
それだけで嬉しくてオレの顔は笑ってしまう。
『はじめちゃんに怒られてきな』
ポンと瑞希の言葉が蘇って一瞬、考え込んでしまう。
まあいいか。はじめちゃんに怒られるのは好きだし。
うんと頷いてオレはエントランスに入っていった。
つづく