はじめちゃんが一番!
「ん」で終わったら、はいそれまでよ
『んも──! それじゃ勝負に成らないでしょ! 江藤さんてば!』
「うわっ!?」
某テレビ局の控え室。廊下にまで突き通るあつきの大声に今正に控え室に入ろうとしていた瑞希は驚き足を止めた。
「何騒いでんだよ、あいつらは」
僅かに眉間に皺を寄らせて瑞希は扉を開けた。そして見たのは五つ子に攻め寄られている自分の相棒。五つ子達の表情は必至であり、相棒の表情は珍しく頬を赤らめている。
「…………」
相変わらず相棒だけでなく5人の思考は瑞希には図りがたく一見しただけでは何があったのかは分かるはずもない。
「何やってんだよお前らは」
「あ! 和田さんだ!」
「おかえり、瑞希」
「和田さん聞いてよ!」
「江藤さんてばね」
「全然やる気ないんだもん」
「何とか言ってよ和田さん!」
「だああああ! いきなり話し振られて分かるかよ!」
いきなり詰め寄る五つ子達を払いのけて瑞希はそう吼えた。
「「「「「分かってよ!」」」」」
「分かるか!」
「分からない?」
亮のキョトンとした声に瑞希はガックリと肩を落とした。
「あの一方的な会話で事の次第が分かる奴がいたら尊敬するよ」
「オレは分かったよ?」
「お前は当事者だろうが!」
尊敬してよと言わんばかりの亮に瑞希は律儀にツッコんでみせた。
「あーもう、いいよ! 一体何なんだよ。亮が何したって言うんだよ」
投げやりに、それでも仲間はずれはイヤなのか瑞希は事の次第を尋ねた。
「オレ達ね、進行が遅くって出番まで大分時間が余っちゃってるんだ」
「それで局内散歩してたらWEの表書きを見つけたから」
「突撃、隣の晩ご飯してみたんだ!」
「…………」
「そしたら和田さんはいなくて江藤さんは一人寂しげに漫画読んでたから」
「オレ達と一緒に遊ぼう! って事になったんだ!」
「…………それで何の遊びをしてたんだよ」
イヤな予感を感じながら瑞希は尋ねた。尋ねられた五つ子はさも嬉しそうに、亮は淡々と、
「「「「「「しりとり」」」」」」
と答えたのだった。
「…………お前らなぁ」
もう、瑞希はガックリと膝を突いて頽れてしまった。
「た、頼むから今をときめくアイドル達が暇つぶしにしりとり遊びすんなよ……」
「いーじゃんしりとり」
「そうだよ、頭も使うしさ」
「うんうん、意外にエキサイトするしね」
「大人数でするとすっごい楽しいよね」
「ネタが被ったら全員からデコピンだし」
「オレ難しくて大変だったんだよ」
瑞希の言葉に痛く憤慨したように6人が口々に反論するがしりとりはしりとり……。瑞希はそう突っ込みたかったが最早張り合う気にもなれなかった。
「んで? 亮が誰かと被った答えでも言ったのかよ」
いち早くこの話を終わらせるために瑞希はイヤイヤ話を振った。
「「「「「「違うよ」」」」」」
「……」
「聞いてよ、江藤さんてばさ『は』で始まる言葉で『はじめちゃん』って言うんだもん」
とあつきが言い、
「ホントにもう臆面も無く言うし」
とかずやが言い、
「こっちは砂吐きそうだよ」
とたくみが言い、
「おくめんって何?」
とさとしが尋ね、
「顔を置き場が無いって事でしょ?」
となおやが答えた。
「「「違うし」」」
「…………亮、お前」
五つ子の言葉を聞いて瑞希はじっとりと睨め付け、亮は少し唇を尖らせた。
「だって……」
「だってじゃねーだろっ。何だよ、惚気てるのか!? 惚気てるんだろ!?」
「違うってば……。『は』の付く言葉考えてたらなんかはじめちゃんの顔が浮かんできたんだよ。そしたらポロって言っちゃったんだよ」
「「「「「「そー言うのを……」」」」」
「惚気って言うんだよ!」
「「「「「惚気って言うの!」」」」」
瑞希と五つ子に揃って怒鳴りつけられて亮は盛大に頬を膨らませた。
「ったくもぉ、新年早々おめでたい事で……」
瑞希は「やってらんねー」と言って台本を手に部屋の隅へと行き、五つ子それに付いて行ってしまった。
「大体さ『は』って言ったら『はくさい』とか」
「『はちみつ』とか」
「『はまぐり』とか」
「『はりはりなべ』とかさあ」
「『はんばーぐ』とかあるじゃん」
「食い物ばっかりだなお前らって……。『は』って言えば『はつこい』とか……」
「「「「「和田さんって本当にロマンチストだねぇ〜」」」」」
「うるせぇよ!」
瑞希が叫んだ時、バタンと扉が開いた。驚いた6人が扉に顔を向ければはじめが怒りに燃えた目で仁王立ちになっていた。
「あんた達! 手間掛けさせんじゃないわよ! ……はっ! 瑞希さん! ……と江藤さん!」
「は、はじめちゃん? きょ、今日は付いてきてたんだ」
「あははは、はい。大学はまだまだ休みなんで……って、江藤さん、何一人で黄昏れてるんですか?」
一人部屋の片隅で膝を抱えている亮はチラリとはじめを見るとおいでおいでと無言で手招きをした。
「?」
怪訝に思ったはじめが訝しげに近づいた時……。
「ぎゃあ!! な、何すんのよ!」
何とは亮がガバッとはじめを抱きしめたのであった。藻掻くはじめを物ともせず亮ははじめにしがみついている。それを見た瑞希達は、
「あーもーやってらんねーよ!」
「そうそう」
「お前らの楽屋に行って良いか?」
「え!? ちょ、ちょっと、瑞希さん!」
「うん、良いよ〜」
「じゃあ、お邪魔虫は退散しようぜ」
「さんせ〜〜〜い」
「ちょっと! あんた達も何言ってんのよ!」
「じゃあね、はじめちゃん。よろしく頼むよ」
「はじめちゃん、また後でね〜」
「江藤さんもまた後でね」
「ちょっと! ちょっと!! ちょっと〜〜〜〜!」
とはじめの叫び声も空しく6人は扉の向こうに姿を消したのだった。はじめの腕が力を無くして腕を下ろすと自分にしがみついている亮の背中をポンポンと叩いた。
「……一体何が有ったんですか」
「……」
「……」
「……はじめちゃんは……」
「はい?」
「『あ』で思いつく言葉って何?」
「『あ』? 何ですかいきなり」
「いいから何?」
何を拗ねているのか分からないがはじめは素直に考え始める。「うーん」と唸った後はじめは、
「『あけましておめでとうございます』?」
「!」
見合わせた亮の顔はそれはもう情けない顔だった……。
「な、何なんですか」
「じゃ、じゃあ! 『え』だったら!?」
「『え』?」
「うん、そう。何?」
とてつもなく期待に満ちた目で見られ、はじめは何となく事の次第が読めてきたようだ。少しばかり目を眇めた後、
「『えとうさん』?」
と答えて見せた。
「!」
(ぷっ)
余りの目の輝きようにはじめは吹き出し掛けて慌てて口を押さえた。笑いを誤魔化すために眉間に力を込めて不機嫌な表情を作ると威厳を込めて言う。
「何なんですか! もう!」
「なんでも無いよ」
ニッコニッコと笑う亮の笑顔は本当に無邪気で心底嬉しい時に浮かべる笑顔だった。
「ったく……まあ良いわ。そう言う事にしといて上げるわよ」
「うん」
頷いて亮は改めてはじめを抱きしめた。はじめもそっとその背中に手を回し抱きしめた。
「機嫌は直った?」
「うん。やっぱりはじめちゃんはすごいや」
亮はすりすりとはじめの堅い髪に頬をすり寄せると間髪入れずにキスをした。
「な!!!?」
「だってはじめちゃんの顔が目の前にあったから」
「目の前にあったからってキスするな!!!!!!」
「ごめんね」
「ああもう! 放してよ!」
「ダメ〜」
「もうイヤ〜〜〜!」
扉の前で聞き耳を立てていた6人は中から漏れ聞こえた声に顔を見合わせた。
「江藤さん、キスしたんだって」
「ったく現金な奴だなぁ」
「やっぱりはじめちゃんでないと江藤さんの機嫌治んないだね」
「でもね、はじめちゃん分かってて『えとうさん』って言ったのかな?」
「そうじゃねーの? なんかミョ〜〜〜〜に間があったし」
「分かってなかったんだとしたら二人ってすっごいバカップルだよね!」
「「「「「確かに……」」」」」
そして6人の忍び笑いに肩を震わせた。中からはまだはじめが悪あがきをしているらしく怒鳴り声が聞こえてくる。
これが相変わらずな彼らの1年の始まり……である。
おわり
お題「ん」でございます。
祭が始まる前から難産だと思ってましたが……本当に難しかった。タイトルなんてもう無理矢理ですよ(笑)
しかし当初は途中でフェードアウトするんじゃ無いかと思われた陸海ですが(爆)、無事最後のお題を仕上げる事が出来ました。
偏に二人の管理人さまと読んでくださったお客さまのお陰です。ありがとうございました。
感謝の気持ちを込めて……。