「はじめくん、そろそろどうだね」
「いりません」
前田の言葉をはじめは即答で断った。
「いや、しかし……」
「大体なんだってあんな物が必要なんですか!?」
言いよどむ前田に激高するはじめ。──あんな物というのは携帯電話のことである。
今の時代に携帯電話は無くてはならないもの。しかも芸能界という人との繋がりが深く仕事に関わってくる業界に籍を置くならば最重要必須アイテムと言っても過言ではないだろう。
だからこそ前田も再三はじめに携帯を持つよう薦めているのだが薦める度にこう言い返すのだ。
「携帯なんか電気代は食うし、通話料金高いし、喋れりゃ良いだけなのに訳の分かんない機能なんか付けて携帯自体が馬鹿高いし、電磁波は垂れ流すし、電車の中でペチャクチャ喋るし、……」
「は、はじめくん! だから基本使用料も通話料、通信料も会社持ちだから!」
「そんなことはどうでも良いんです!!!!」
「……え?」
「問題は! 電波にのって送られてくるヤツなんです!!!!」
「ヤ、ヤツ? は、はじめくん……一体何の事なんだい?」
怯えた前田の問い掛けに返ったはじめは「とにかく──」と咳払いを一つした。
「とにかく、携帯なんてものあたしには必要有りません。今まで無くてもやってこれたんだからこれからも大丈夫です! じゃ、失礼します!」
「あ! はじめくん!」
呼び止めるまもなくはじめは社長室を飛び出してしまった。
「ふ──────」
前田は「まいったな」と呟きながら額に手を当てた。
「一体何なんでしょうね? はじめちゃんの言う『ヤツ』って……」
平沼がお茶を入れ直して前田の前に置いた。
「見当も付かんよ」
「確かに……」
社長室を出たはじめはそのままM2を出て亮のマンションに向かう。晩ご飯を頼まれているのだ。その道すがらはじめは通り過ぎる人々があからさまに避けるほどの形相でぶつくさ ぶつくさ独り言を吐き捨てていた。
「どいつもこいつも携帯携帯って! なんであんなもんが要るってのよ!!!」
スーパーで買い物していても、電車に乗っても携帯を持つもの全てに憎々しげな眼差しでみてしまうはじめ……。
はじめがここまで携帯を拒絶するには訳があった。それは数ヶ月前のこと……。
「はじめちゃん、今日はこのDVD見よう」
晩ご飯を食べた後、亮がビニール袋から取り出したのはとあるホラー映画のDVDだった。その名も「着信アリ」。
「……ホラーなの?」
胡乱げなはじめの表情に亮はきょとんとした顔で尋ねた。
「はじめちゃん、怖いのダメ?」
「だ、ダメじゃないわよ! ただ見たこと無いからどんななのかなぁって思ったのよ!」
その様子をじぃ〜っと見ていた亮は「やっぱり止めとこうか」とDVDを袋の中に仕舞い込んだ。
「ちょっと! 見たいんでしょ? 良いわよ。どうせ作り話じゃない。どってことないわよ!」
「はじめちゃん、無理しちゃ……」
はじめが強がっているのは百も承知なので亮は怖い思いをさせたくなくてそう言ったが、それはどうやら火に油のようだった。
「見るったら見るの!」
言うなり、DVDを奪ってデッキに放り込んでしまったのだ。……怖いが故に途中で切ることも出来ず結局最後まで見てしまったはじめはそれ以来、携帯電話と言うものに対して酷い トラウマを持ってしまったのだった。
ちなみに亮は「うーん、こんなもんかな」と言うあっさりとした感想だったという。
常識で考えれば映画は所詮映画。フィクションである。しかし夢見がちなはじめは映画を頭の中で過剰に、そして過激に再編させており着信音を聴く度にびくついているのだった。
「あんなもの……絶対に持たないんだから!!!」
そして江藤家に到着したはじめは恐怖に包まれることとなる……・
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
(け、携帯が鳴ってる─────────────!!!!!)
下駄箱の上を見れば亮の携帯が大きな着信音とバイブレーション機能のせいで耳障りな音を出しているのだ。
(とっちゃっだめよ! とっちゃダメなのよ! はじめ!)
己を強く叱咤するももう、足はガクガクと震えていた。扉に背を預けながらはじめは顔色を真っ青にしながら携帯を見続けていた。
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
ピルルルルル(ガガガガガガ)
携帯は一向に鳴りやむ様子を見せず、携帯はじわじわと下駄箱の縁へと移動する。
そして落下する瞬間、はじめは咄嗟に手を出した携帯を握りしめていた。
(持っちゃった─────────────!)
手の中で無機質に鳴り響く着信音。伝わってくる振動にはじめは出来れば気絶したいと心から願った。
ストレートタイプの亮の携帯。そして怖いもの見たさで恐る恐る画面を見てしまったはじめ。
そこに表示されている名前は……「瑞希」の二文字であった。
「はああああああああああああああああ」
心からの安堵のため息と脱力感ではじめは三和土に座り込み、くすくすと笑い声を上げた。
「ばっかみたい」
そして改めて通話ボタンを押す。
「もしもし、瑞希さんですか?」
『あれ? はじめちゃん?』
電話の主は亮であった。亮だと判った途端に「ビビらせやがって!」と言う気持ちになるのは何故だろう? 喉まで出掛かった言葉をはじめは無理矢理飲み込んで「どうかしたんですか?」と問い掛けた。
『うん、携帯ないから落としたかな? って思ったんだ。そんで誰か拾ってくれてるかもしれないって思って掛けてみたんだ。……はじめちゃん、今どこにいるの?』
「どこって江藤さんの家ですよ」
『家?』
「はい、下駄箱の上にありましよ」
『下駄箱……』
受話器の向こうでは瑞希「亮〜お前〜!」と言う雄叫びが聞こえてくる。そして何度も謝る亮の声も……。
急に心が軽くなってはじめは「必要なんだったら今らか持って行きましょうか?」と尋ねた。
『ううん、瑞希以外オレに掛ける人いないから大丈夫だよ』
「……」
それで良いのか芸能人! と突っ込みそうになりながらもはじめは二言三言を交わして通話を切った。
そして大きなため息を一つ。
画面を見ていれば今の通話時間が表示されている。
そして──。
「な、なによ! これは!!!!!」
切り替わった待ち受け画面を見てはじめは大声を上げた。
亮の携帯の待ち受け画面。そこに表示されているのは……。
「なんであたしの寝顔なのよ!!!!!!!!」
その夜、亮の顔が横に10センチ伸びたのは言うまでもない……。
おわり