珍しく亮が半休をゲットできた日のこと。夕方前から江藤家に訪れたはじめはピンコンと呼び鈴を鳴らした。
「……」
反応無し。
(居るはずなのになぁ)
もう一度ピンコンと鳴らしてみる。
「……」
やはり反応無し。
はじめは何の気無しにドアノブに手を掛けるとドアは何の躊躇いもなく開かれた。
(あ……きれた! 芸能人のくせになんて不用心なのよ!!)
はじめは鼻を鳴らして家に上がり込んだ。はじめは怒鳴りつけようと思って大きく息を吸い込んだ。
「ん?」
しかしそんなはじめの耳に届いたはたどたどしいギターの音色だった。
(江藤さん?)
息を詰めていると同じフレーズが繰り返されてそこに歌詞が付け足された。と思えばフレーズは唐突に途切れてカリコリと何かを書き留める音がする。
(はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜)
と吸い込んだ息を吐き出してはじめは抜き足差し足と足音を忍ばせてリビングに向かった。夕日の差し込むリビングには紙が何枚も散らばっていてその真ん中でギターを抱えた亮が鎮座している。
呼び鈴にもはじめの気配にも気付かない程集中しているのだろう。はじめは持っていた荷物をそっと下ろして、更に足音を忍ばせて亮の背後、リビングの隅に腰を下ろした。本当は 顔を見ていたいけれど我慢して背中を眺めている。
程良く日の差し込むリビングはほんのりと暖かく心地よい。
辿々しいギターの音色と囁くような亮の歌声が思う以上に心地よい。
はじめは壁にもたれて目を閉じる。
繰り返されるフレーズに聴き入る。
耳に届く亮の言葉を心に刻みつける
(いいなぁ。この歌)
スローバラード。静かな恋の歌。未完成の楽曲がじわじわと姿を露わにしていく高揚感。
次第にはじめは意識を解放していった。
「……できた」
言って亮は大きく首を回し、大きく伸びをした。長時間同じ姿勢で居たせいかバキバキと節々が鳴る。窓の外を見れば日は疾うに沈み、真っ暗であった。
(何時だろ?)
そう思って首を巡らしたとき……。
「ん?」
薄暗い部屋の隅に人影が見えた。
「はじめ、ちゃん?」
声を掛けてみるが答えは返らない。しかし僅かばかり窓から差し込む光に浮かび上がる顔は間違いなくはじめである。そう言えばはじめが来ると言っていたではないか。作詞作曲に入れ込んでいて全く忘れてしまった。
「ごめんね」
すぐさま起こして謝りたいがはじめの寝顔は思いの外幸せそうでそれは出来そうもなかった。
「どんな夢見てるの?」
囁くように問い掛けるがやはり答えはない。
「そこにオレは居る?」
「居たらいいなぁ」と一人ごちる。その時、はじめが「くしゅん!」と小さくくしゃみをした。
思えば日も落ちたリビングは少し……いやかなり寒い。亮はエアコンの電源を入れて寝室から毛布を一枚持ってくる。掛けてやるのかと思えばまずははじめの横に座って、それから二人を包み込むように毛布を掛ける。
「同じ夢が見れたらいいのになぁ」
そう呟いて亮も目を閉じた。
おわり