はじめちゃんが一番!
オレと彼女と彼氏の事情
#4
 亮が生まれて初めて潰れた日から幾日か過ぎたある日の事。はじめはお弁当を携えてM2に居た。一志を捜してレッスン室に顔をだしたのだが……。
(か、カッコいい……!)
 汗を飛び散らし、息を弾ませながらも笑顔で踊り続ける一志を見て、自然はじめは頬を紅潮させていた。
(一志君てばやっぱりカッコいいわ……)
  その顔だけ見れば立派に恋する乙女だろう。しかしはじめの表情が徐々に落ち込んでいく。
(今の仕事ってドラマがメインらしいけど、やっぱりこうして寸暇惜しんでダンスレッスンしてるって事は納得してる訳じゃないんだろうなぁ)
 五つ子と言う希少価値だけで一志が居るべき場所を奪ってしまった弟たちを思えば申し訳なさでいっぱいになる。
 謂わばはじめはライバルの姉。一括りに仇とされても良いはずなのに一志はこうして親切にしてくれる。
(感謝しなきゃ罰が当たるわよね)
 そんな感謝の印としておにぎりだけでなくおかずも合わせてきた訳だ。
 そうこうしている内にレッスンはトニーのパパンと言う手拍子で終わった。それぞれが「あちー」とか「へばったぁ!」とか「腹減ったぁ!」とか笑顔で言い合ってる。そんな中、一志の目が戸口で立っているはじめを捉えた。
「!」
「?」
  一瞬で真っ赤になった一志と合点がいかず首を傾げるはじめ。
「あの一志君、おべ……」
「うわあああああ!  おおお岡野! お前の弟たちがお前の事捜してぞ!」
「? あの子たちが? なんだろ?」
「お、オレが知るかよ!」
「それもそうね。……で、おべ……」
「うわあああああ!」
  結局話をそらす事が出来ず一志ははじめを連れてレッスン室を飛び出したのだった。◇ ◇ ◇一志はそのままはじめを引っ張って屋上まで走った。レッスン直後の一志と日頃疾走することなど無いはじめは屋上にへたり込んで肩で息を繰り返していた。
「い…い…いきなり……なん、なの……!」
「お、お前が! あん、な所で……!」
「あんな、ところで、なんなのよ!」
「……っ」
(あんな所で弁当なんて言われたら、つつ、付き合ってる様に思われるじゃねーか!)
  と思っていても言い出せない一志は数度の深呼吸で息を収めると「何でもねーよ」と口籠もって立ち上がった。そしてまだまだへたり込んでいるはじめに手を貸して立ち上がらせた。
「ワリィ……大丈夫か?」
 素直に謝られてしまうとそれ以上言い立てる事も出来ずはじめは「う、うん」と頷いて立ち上がった。
「あのベンチで喰おーぜ」
「う、うん」
 はじめの手を握ったまま一志は備え付けのベンチに移動し、そしてどっかりと座り込んだ。眼前には柵と埃っぽい東京の町並みが広がっている。
「あ、あの、一志君」
「へ?」
「あの、手……」
「へ? あ! うわっ! ワリィ!」
 言われて初めて手を握ったままだった事に気がつき、一志は慌て放した。一方はじめは「あはは、大丈夫だよ」と笑って流し、肩に提げていたトートバックからお弁当箱と水筒を取り出した。手早く広げてお手ふきを手渡して「さあ、召し上がれ」と勧める。
「? この卵焼きとかは?」
「あたしからの感謝の気持ち。一緒に食べて貰えると嬉しいんだけど……」
 良いかな? と小首を傾げられて一志は顔を赤らめながら頷いた。
「お、おう。頂きます」
 一志は早速件のミソ焼きおにぎりに手を伸ばし一口──。
(この味だ……)
 手の中のおにぎりを見つめて一志は満足げに微笑んだ。そして次々と平らげていく。
「……っ」
「はい、お茶」
 お約束のように喉を詰まらせた一志は手渡されたお茶で喉を潤す。
「サ……サンキュ」
「おにぎりは逃げないんだからゆっくり食べたら?」
 呆れながら言った言葉はいつも亮に対しても言っている言葉だと気づいてはじめはくすくす笑う。自分が笑われたのかと勘違いした一志は拗ねたように口を尖らせ「腹減ってたんだよ」と言った。
「違う違う、一志君の事を笑ったんじゃないの」
「んじゃ誰だよ」
 至極当たり前に聞き返されてはじめは返答に詰まった。
「え、えと、その、あの……」
「オレの事でしょ」
 突如二人の背後から投げかけられた声。聞き慣れたその声に二人がバッと振り返る。
「江藤さん!?」
「江藤先輩!?」
 はじめは目を見開き、一志は驚きつつも立ち上がって頭を下げる。
「お、お疲れ様です」
「お疲れさま」
「ど、どうかしたんですか?」
「はじめちゃん探してたんだ」
「こいつを?」
 一瞬亮の眉がピクリと蠢いた。どうやら一志の「こいつ」発言が気に入らなかったようだが一志は気づかずはじめに「お前、何やったんだよ」と心配げに問う ていた。一方はじめは答えられず「え……」とか「あの……」とかと言葉を濁していた。その様子を見て亮が肩を竦める。
「はじめちゃん、オレのお弁当どこ?」
「ばっ……!」
「え?」
「この中?」
 慌てふためくはじめや怪訝そうにしている一志を敢えて無視して亮はトートバッグを指さし勝手に中を探る。
「ちょっ、ちょっと、江藤さん!」
「違うの?」
「ち、違わないけど……」
「んじゃいーじゃん。 ……良い天気だけどちょっと寒くない? はじめちゃん下で食べようよ」
「え……あ、う、うん……」
「え? え? え?」
 訳が解らないと言う様子の一志を尻目に亮ははじめにお伺いを立て、はじめは一志を気にしつつ小さく頷いた。
「岡野、お前江藤先輩にも差し入れのバイトしてんのか?」
 漸く、絞り出た問い掛けにはじめは答えられない。
「バイトじゃないけどお願いして作ってもらってるんだよ」
 代わりに答えた亮を一志は驚いて見る。
「……そんなに驚く事かよ?」
「え!? あ、いや、その、お、岡野と江藤先輩ってその……なんて言うんですか接点が……」
 まあ一志の言う事も最もだろう。はじめの『瑞希さんLOVE!』っぷりはM2だけでなく芸能界でも実は広まっていたりする。そして内部(M2)の人間は はじめが亮を嫌っているという事も知っていたりする。何と言ってもはじめ本人が公言していたのだから仕方のない事だろう。
 そしてはじめと亮が付き合いだした事は身内しか知らない事実。
 亮を嫌っているであろはじめが亮の為に食事を作ったりするものなのだろうかと一志は疑問に思っている訳だ。
 そんな一志の心中を知ってか知らずか亮は事も無げに事実を語る。
「付き合ってるんだから可笑しくはないだろ」
「え、江藤さん! な、何を!」
  慌てふためくはじめを抑えて亮はまっすぐ一志を見つめる。
「え……?」
  一志がそう反応したのはきっちり一分経ってからの事だった。
「付き合ってるんだよ。オレとはじめちゃん」
「えぇぇぇぇ〜〜〜っ!!!」
  天地を揺るがすような絶叫──。とっさにはじめの耳を押さえた亮は涼しい目で真っ青になって自分たちを凝視している一志を見る。
 そしてはじめの耳を押さえたまま口にする。

「だから、諦めろよ」

 言われた瞬間一志の顔色が一変した。
「………………」
「ちょっと、なんなのよ。聞こえないじゃない! 江藤さん!」
 尚もはじめの耳を塞ぎながら亮は一志をじっと見つめる。
「あ……諦めろって……どういう意味ですか?」
 漸く絞り出すように吐き出された言葉に亮は「言葉通りだよ」と素っ気なく返す。その態度にカッとして一志は言い返す。
「冗談じゃねぇっすよ! 誰がこいつなんか……!」
 激情の余り言葉が続かないのか一志は口をパクパクさせた。そんな一志を亮はただ冷ややかに見ている。
「一志にその気がないんなら別にいいよ」
 興味なさそうに言って、それから「だけど……」と繋げる。
「必要以上にはじめちゃんに近づかれるのは不愉快だから」
「!」
 一志は亮を凝視したまま動けずにいた。
 一方亮はさっきから束縛から逃れようとばたついているはじめを解放した。
「んもう! なんなのよ一体!」
  睨み付けられて亮はいつものようににこっと笑って「ごめんね?」と謝る。一志に対しては既に興味を失ったように見向きもせず、ぎゅーっとはじめを抱きしめる。
 はじめと言えば大慌てで腕を解こうとするがいつも通りしっかり拘束されていてそれも叶わず、惚れた弱みか照れて拗ねた顔で俯いた。そしてチラリと一志を盗み見て小さく溜息を吐いた。
「……一志君、あの、この事は内緒ね」
「なんで?」
 尋ねたのは勿論亮である。はじめの頬がピクリと引きつった。
「あんたねぇ〜〜。いい加減自分の職業自覚しなさいよ! トップアイドルが勝手に恋人なんか作ってたりしたらスキャンダルでしょうが!」
「そりゃまそうだけど……。大丈夫でしょ? 一志はM2の人間なんだし」
 言って亮はまだ呆然としている一志をチラリと見やった。
「な? 一志」
「ぇ……?」
 声を掛けられて漸く我に返った一志は亮とはじめを交互に見た。最後にははじめを見つめて問い掛ける。
「本当に……付き合ってるのか?」
「………………う、うん」
 そう答えたはじめの照れた笑顔は見た事が無い程嬉しそうで幸せそうで……。
(なぁんだ……)
 と、一志の中で何かがストンと落ちた。それが何かなのかは一志自身ですら解らなかったが不意に肩の力が抜けたのは確かだった。
 それを肌で感じ取ったのだろうか?
「はじめちゃんそろそろ行こ? オレ腹減っちゃったよ」
 と言って亮は立ち上がった。勿論抱きしめられているはじめも引き摺られて立ち上がる。
「ちょっと! いい加減に放してよ!」
「ヤだ」
「いつもいつも言ってるでしょ!? のべつ幕無しくっつかないでよ!」
「だってはじめちゃん体温高くて暖かいんだもん。それにくっついてると気持ちいいし安心出来るし」
 言って極めつけに頬摺りをする亮。
「んな……っ」
 あまりの事に言葉が続かないはじめに亮が言う。
「しょうがないじゃん、ここは寒いんだもん」
「〜〜だったらとっと中に入り
やがれ!!!」
「うん、だから行こ?」
 はじめの怒声もどこ吹く風。そんな様子で亮はトートバッグを肩に提げてはじめを促す。はじめは怒りが収まらないのかブチブチと文句を言いながら屋内に続く扉に向かっている。
  完全に取り残された一志は──。
「岡野!」
「え?」
 勿論二人は振り返った。はじめはきょとんと、亮は無表情で……。
「来週もまた頼むな!」
「!」
「うん、分かったー! じゃあまたね一志君。 レッスン頑張ってね!」
「おう!」
 亮の表情がどんどん不穏なものになっていく。その視線を一志は真っ向から受け止めた。
(……別にやましい事なんか一つもねーもん。オレはただこいつのおにぎりが食いたいだけなんだから)
 そう自分に言い聞かせて一志は亮を見つめた……そして──。
ぐにぃぃぃぃ
「ぶはっ!」
 突然一志が吹き出した。
「???」
 勿論はじめにその意味が分かる筈もなく?マークを飛ばし続けている。
「か、一志君?」
「か、勘弁してくれよぉっ……!」
「ええっ?」
(ま、まだやってるよあの人……!)
 笑いすぎて涙の滲む目で一志は亮を見た。
 ……威嚇のつもりなのだろうか?
 亮は10本の指を駆使してこれでもかと言うくらいに顔を崩して見せたのだ。
 あっかんべーなんて生易しいものではない。
 ヘタすればアイドル生命を絶ちかねない崩れた形相……。
 完全にツボに入ってしまった一志は呼吸困難を起こしながらその場で笑い転げている。
 そしてはじめが亮を振り返ろうとした瞬間、亮は顔を元に戻した。が、名残の所為か頬や鼻は赤く後が残っている……。涼しい顔をしてはいるが少しばかり痛かったらしく掌でさすったりする様がまた面白すぎて一志は笑い転げていた。
「え、江藤さん、 一志君どうしちゃったんだろう!?」
「さあ? なんか面白い事でも思い出したんじゃない?」
「ええ? だっていきなりよ? 」
「うん、だから思い出し笑い」
「……そうなのかな?」
「そうなんじゃない?」
 そんな会話を聞きながら一志は心の中で毒づく。
(だ、誰の所為だと思ってるんだよ〜〜!)
 一度笑いのツボに入ってしまえば中々抑える事は出来ないようで一志は心の底から二人が消えてくれる事を願った。
(いいから、さっさと何処かに行ってくれ……!)
 その願いが通じたのか。亮はしきりに一志を気にするはじめを引っ張って階下に降りていったのだった。
 それからしばらくして一志は漸く笑いを収めた。
 屋上に大の字になって空を仰ぐ。コンクリートのタイルが急激に体温を奪っていくなか、一志は大きく息をついた。
「はぁ……」
 気づかぬ内に始まって気づかぬ内に終わってしまった恋。
 自分でも不思議な程落ち込んではいない。
 それと言うのもあの亮の顔があまりにもショッキングだったからだろう。
「よっと……」
 軽やかに起き上がって一志は食事を再開する。
(ま……いっか。ミソ焼きおにぎりは確保できた訳だし?)
 強がりかも知れないがそれも偽らざる本心。
 求め続けた味。
 求めても得られない笑顔。
(ま、そこら辺は折り合い付けて行くしかねーか)
 苦笑して一志はまたおにぎりをほおばる。
 時たま思い出したように呼吸困難を起こしながら──。
おわり
お・わ・っ・た──────!
終わりましたよ! ぺこ様! 長らく……本当に長らくお待たせ致しました!

難産なお話な上、外的要因も重なってしまい、ぺこ様には申し訳なく思っております。

とりあえずはここまでお読み頂きましてありがとうございます<(_ _)>。
見捨てず、投げずお付き合い下さった皆様に心から感謝しております。

最後にこのお話をぺこ様に捧げます。