Boys meets girls.
- In case of Sirius and Bridget.-
少しばかり時は前後する──。
リリーが立ち去ってから当然ブリジットは一人だった。
去る者はいても近づく者は居ない。
今日一日でいや程思い知ってブリジットは少なからず落ち込んでいた。勿論、表情には全く表れていないので周囲の者は彼女が傷ついていることなど知る由もないのだが……。
「さあ、行きますよ」
マクゴナガルが現れた。
「一列になって付いていらっしゃい」
と踵を返して歩き出し、生徒達は慌てて付いていった。ブリジットも流れに身を任せながら一旦、小部屋を出て大広間へ移っていった。
長大な4つのテーブルが平行しておかれ、蓋をする様にもう一つ長大なテーブルが大広間の奥に設えられている。4つのテーブルには上級生たちが、奥のテーブルには教授たちが腰掛けている。
やがて教授たちに背を向けて一列に並び終えれば、マクゴナガルがスツールと組分け帽子を用意し、儀式の説明をする。
どの組に振り分けられるか、ブリジットにしてみれば正直どうでも良かった。どの寮に属されようとも一人で7年を過ごす事に違いはない。
組分け帽子の歌をリズムを取りながら聞いていたブリジットは憂鬱な気持ちで前を向いていた。
マクゴナガルは長く巻かれた羊皮紙を紐解き、一人一人の名を読み上げる。
一人目はレイブンクローに、二人目、三人目はスリザリンに属された。
(そろそろかしら?)
「エインズワース・シド!」
ブリジットの左側から小さな少年がおっかなびっくり歩き出し、レイブンクローに組分けされた。
「
アンブローズ・ブリジット!」
一瞬にして広間は完全な沈黙に支配された。
「………………」
微かに息を吐いてブリジットは歩み出した。歩きながら全体を見やれば誰もが好奇心に満ち溢れた目でブリジットを見ている。
(人の目に私と言う人間はどう映っているんだろう?)
リリーに言われた様に冷徹な雰囲気を醸し出しているのだろうか?
漠然とそんな事を考えながらブリジットはつぎはぎだらけの古い帽子に会釈してそっと頭に頂いた。
「これはまた珍しい子が来たものだ」
(そうなのですか?)
頭に響く声に尋ねながらブリジットはスツールに腰掛けた。
「うむ、普通ならばスリザリンとすれば良いのだろうが……うーむ」
(何をそんなに悩んでおいでですか?)
「難しい。非常に難しい」
ブリジットの問い掛けには答えず帽子は悩み始めた。
(スリザリンではダメなのですか?)
「いいや、ちっともダメではない。寧ろ私はスリザリンに行く事を強く進める」
(では……)
「だが、それだと君の願いは叶わない」
ビクリとブリジットの身体が震えた。
「スリザリンに行けば君は幸せで安定した未来を得るだろう。だが、その代わり君が今望む事は適わない」
(では……)
「だが、君が願いは過酷なる未来でもある。君は耐え難い悲しみと苦しみにまみれるだろう」
結論を急ぐブリジットを遮って組分け帽子は一方の過酷なる未来を示唆した。
(………………)
ブリジットは押し黙ったままだった。
「そう、確かに君が考えるとおり言葉でどう説明した所で耐え難い悲しみも苦しみも漠然として判断が付かないだろう。そして勿論それらの苦難を乗り越えられる可能性が無い訳でもない。……非常に困難ではあるがね。全ては君次第である事を忘れないで欲しい」
(では、私は私が望む未来を採ります)
ブリジットはそう覚悟を決めた。
「良いのかね? 良いのだな。よろしい。では……」
「
グリフィンドール!」
組分け帽子がそう叫んだ。
「グリフィンドール……」
「そう、グリフィンドールだ。頑張りたまえ。……偉大なるマーリンの末裔に幸の在らん事を!」
ブリジットは立ち上がると帽子を脱ぎ、丁寧にスツールに置いた。
「頑張ります」
もう、帽子の声は聞こえなかったがブリジットは組分け帽子の励ましに礼を言ってからグリフィンドールのテーブルに向かって歩き出した。
周囲は未だざわついている。
そんな中で老人一人の拍手が盛大に響いていたが、ちらほらとグリフィンドールのテーブルからも拍手が起こっていた。ブリジットはテーブルと老人とをゆっくりした動作で見やった。
目が合った事に気が付いたのか老人はヒラヒラと指を振っていた。
(ありがとうございます。ダンブルドア先生)
会釈してからブリジットはテーブルに着いた。
途端に隣の上級生が居去って隙間を作った。あまりにもあからさまな所作ではあったがもうブリジットには気にする事すら面倒だった。
組分けの儀式を見る気にもなれない。どうせ誰がグリフィンドールに組分けされようとも自分とは関わりはないのだから。
そう思ってブリジットはただ目を閉じて儀式が終わるのを待った。名前が呼ばれては組分け帽子が組分けし、組分けされては拍手が起こっている。ブリジット自身も誰かがグリフィンドールに組分けされた時には申し訳程度に拍手していた。そんな繰り返しが何度行われた頃だろうか。ブリジットの耳に聞き覚えのある名前が届いた。
「ブラック・シリウス!」
(……ブラック家の長男。そう言えば私と同い年だったわね)
うっすらと目を開けたブリジットだがそこで興味を無くしてまた目を閉じた。
「グリフィンドール!」
組分け帽子の声に二度目のどよめきが広間を支配した。そして同じようにダンブルドアの拍手だけが響いた。
ざわめきの中、疎らな拍手で迎えられながらシリウスの靴音が近づいてくる。
そしてシリウスは当然の様にブリジットの隣に腰を下ろした。
訝しく思ってブリジットは目を開け隣をみた。
漆黒の髪、明るい灰色の瞳に整った顔立ちをした少年はつまらなそうにブリジットを見ていた。
「……」
「……」
しばし無言で見合っていたがどちらからともなく視線を外して前をむき直した。
「まさか魔法界の王族・アンブローズ家の御当主がグリフィンドールとはな」
「……」
「スリザリンの連中は寝耳に水の出来事だったろうな」
「それはあなたも同じ事でしょう。ブラック家の総領殿」
目を合わさない二人の会話はとても淡々としていたが明らかにシリウスは不機嫌だった。
「何なんだよ」
「……何なの、いきなり」
「周りの奴らだよ。僕たちの事をまるで厄介者みたいに扱ってくれるじゃないか」
意外に大きかったその声は響いてグリフィンドールのテーブルに着いている者たちはビクリと身体を震わせた。
「厄介者みたいに、じゃなくてそのものなんでしょう」
「なんだと?」
「あなたはどうか分からないけれど、私はグリフィンドールだけでなくホグワーツにとっても招かれざる客のようだから」
「随分と自虐的なんだな、アンブローズ家の御当主様は」
「経験に基づく判断よ」
「そうかい」
シリウスは肩を竦めて組分けの儀式を見始めた。ブリジットはまた前を向いて目を閉じようとした。
「エバンズ・リリー!」
「……」
「あの子、さっき君と話してた子じゃないか?」
「……そうね」
見やればリリーはギクシャクした動作でスツールの前に向かっていた。
「君相手に冷徹だと啖呵切るなんて中々剛胆な女の子だな」
「……」
ブリジットは不愉快そうにシリウスを見た。返すシリウスはフフンと笑ってみせる。
「ただ後ろに居ただけさ」
「……だからと言って聞き耳を立てるなんて良い趣味だとは思えないわ」
「お褒めに与り恐悦至極にございます」
「……」
諦めた様にブリジットが溜息を吐いた時。
「グリフィンドール!」
組分け帽子が叫んだ。
途端に拍手がわき起こる。
「良かったじゃないか。お友達と一緒の寮だ」
「……そうね」
相変わらずの無表情と起伏の少ない声音でブリジットはそう答えた。
しかし打つ拍手は今まで誰に送ったものよりも力強いものであった。
つづく