She so...
ジェームズに問われた事に答える気はないのか気を取り直したブリジットは咳払いを一つしてからリリーに目を向けた。しかしそれが癪に障ったのかジェームズは「アンブローズ、僕の質問に答えてないよ」と二人の間に手を差し入れて邪魔をする。
「……」
「……」
さすがにこの自己中心的な振る舞いにブリジットもリリーも唖然としてジェームズを見た。そして二人して不快感も顕わにジェームズを睨め付ける。
「引っ込んでなさいよ」
「部外者が口を挟まないでちょうだい」
「だったらさっさと僕の質問に答えなよ、アンブローズ。僕の質問に答えてさえくれれば邪魔なんかしない。さっさと高見の見物させて貰うさ」
ジェームズのこの発言は周囲を大いに驚かせた。彼は一体何様のつもりなんだろう、と。
ブリジットはジェームズの真意を推し量るべくしばし彼の目を見ていた。そして時間の無駄だと思ったのだろう「その通りよ」と至極あっさりと肯定したのだ。そして改めてリリーに向きあって話を進めようとする。一方そんな返答のどこに満足を得たのかジェームズはうんうんと頷いて背もたれに背を預けた。
「……ポッター、あなたブリジットのあの返答で満足なの?」
流石にそれは無いだろうと思ったのかリリーがジェームズに話しかける。
「十分だよ。実に簡潔な答えじゃないか」
「そうそう、ブリジット=アンブローズと言う人間は常に堅苦しい事を考えている堅苦しい人間なんだと分かれば十分さ」
ジェームズの言葉にシリウスが言葉を付け足すと声を立てて笑い合った。
「なんて失礼な奴らなの!」
リリーの頬が怒りのために真っ赤に染まった。だが当人はどこ吹く風という感じでリリーに話しかけている。そしてリリーの怒りの矛先が何故かブリジットに向かった。
「ブリジット! あなた何平然としているのよ! あんな無礼な事を言われて! 悔しくないの!?」
リリーの剣幕の意味が分からないブリジットはきょとんとしながらも小さく首を振った。
「別に」
「別に!? どうして!?」
「……彼らが何をどう思おうがそれは彼らの自由だわ。だから彼らが彼らの主観に於いて私をどう判断しようと私の関知するところではない。つまり悔しく思う必要もないと言う事よ。ミス・エバンズ。この答えで納得して貰えるかしら」
ブリジットはリリーの目を見てやはり堅苦しい事を言い、逆に問う。問われたリリーはブリジットの言葉を反芻しているようだった。しばし口に手を当てた後、自分なりの解釈を述べる。
「……とどのつまり、あなた、彼らの事は眼中外なのね」
「ええ」
至極あっさりとブリジットは頷いた。
「言ってくれるじゃないか」
「全くだ。失礼極まりないよ」
自分たちを棚に上げてジェームズとシリウスはブリジットを睨み付けた。その時である。ダンブルドアが立ち上がり、手にしたゴブレットを高く掲げた。どうやら組み分けはすっかり終わってしまっていたらしい。ブリジット達の会話に耳をそばだてていたグリフィンドール生達は慌ててダンブルドアへと目を向けた。
「ようこそ、新しくホグワーツを訪れた者達よ! お帰り、ホグワーツに帰ってきた者達よ! 宴を前に多くを語るのは無粋極まりない。じゃが一言だけ我慢しておくれ。エンヤコラドッコイセー! 以上!」
そう締めくくるなり在校生達は割れんばかりの拍手を送り、新入生達は曖昧な視線をダンブルドアへと投げかけた。
「さあ、宴じゃ! 皆の者! 思う存分胃袋を満たせ!」
ダンブルドアの言葉を合図にテーブル様々な料理が現れ、あちこちで歓声が沸き起こる。
「ど、どこから湧いてきたの!?」
「この広間の下に厨房があるの。そこからこちらに転送されてくるのよ」
目をむくリリーにブリジットがそう説明した。
「すごい! まるで魔法みたい!」
「「ぷっ」」
ジェームズとシリウスが同時に吹き出した。
「な、なんなのよ」
「だって、エバンズ、君。まるで魔法みたいって」
「君は一体なんの学校に入学したんだい?」
言われて初めてリリーは自分の素っ頓狂な言動に気が付き俯いてしまった。
「そういう風にしおらしくしてると可愛いのに」
意味ありげに笑うシリウスの言葉にリリーはキッと眉根をつり上げた。
「そうかな? 僕は怒った顔も可愛いと思うよ」
にこにこ笑うジェームズの言葉にリリーの眉は更につり上がった。
「もう話しかけないでちょうだい!」
そう言い捨ててリリーは視線を前に戻した。向かいのテーブルではブリジットがカボチャジュースのゴブレットを口に運んでいた。相変わらず我関せずと言った様子だ。しかしリリーの視線に気づくとゴブレットを置いて「話を戻しても良いかしら」と訪ねたのだ。
何の話だったのかと首を傾げたリリーにブリジットは「あなたが泣いた理由よ」と説明した。
隣の少年達に引っかき回されて泣いていた事など疾うに失念していたリリーだが、その時の気持ちが急激に舞い戻ってしまったのか俯いてしまった。
またも黙り込んでしまったリリーをブリジットは食事には手をつけずじっと見守っている。さっきまでさんざん掻き回していたジェームズはガツガツと、シリウスは良家の子息らしくマナーに則って食事を続けている。勿論、聞き耳は立て居るのだが……。
「失礼。ミス・アンブローズ」
突然背後からの声にブリジットはゆったりとした動作で振り返った。
プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳を持った青年だった。
「お食事中、失礼致します。ミス・アンブローズ。ですが是非ともご挨拶申し上げたく参りました」
「失礼、ミス・エバンズ」
ブリジットは断りを入れてから立ち上がり青年に向かい合った。見れば青年は背後にもう二人の青年を従えている。
「ホグワーツへようこそ。ミス・アンブローズ。寮こそ違えど我々はあなたを歓迎しております」
「ありがとうございます。
ミスター・ルシウス=マルフォイ」
マルフォイの言葉にブリジットは小さく会釈して答えた。
「覚えていて下さいましたか!」
「勿論です」
「5年前にたった一度だけお会いしただけなのに」
感動に打ち震えた様子のマルフォイにブリジットは淡々と
「一度お会いした方は忘れません」と答えた。
「つまり君でなくても彼女は覚えてるって事さ」
揶揄の色も顕わにそう口を挟んだのはシリウスだった。勿論マルフォイが聞き逃す筈もなく値踏みする様に目を眇めてシリウスを見た。
「……どこの無礼者かと思えばブラック家のご令息か。君はつくづく父君や母君の期待を裏切るようだな。グリフィンドールに入るとはな」
「おや、そんな事言って良いのかい? マルフォイ。君がわざわざ挨拶にやってきたアンブローズもグリフィンドールなんだぜ?」
マルフォイの頬がひくりと引きつった。
「彼女のは組み分け帽子のミスだ! ……そうだ、そうに違いない。ミス・アンブローズ。なんなら組み分けを再度やり直してみては如何ですか? 次こそはスリザリンに組み分けされるに違いない!」
名案とばかりにマルフォイはブリジットに捲し立てた。
「今すぐダンブルドアに申し出ましょう!」
言ってブリジットに右手を差し出した。
リリーは息を詰めて、ジェームズとシリウスは面白げにブリジットを見ている。果たしてブリジットは小さく首を振った。
「……その必要は有りません」
「え?」
「その必要はないと言ったのです。私がグリフィンドールに有るのは私が望む未来の為に他なりません。私の意志が変わらない限り何度組み分けをしても結果は同じです。組み分け帽子はグリフィンドールと叫ぶでしょう」
毅然としたその表情に迷いなどは微塵も感じられない。対するマルフォイは困惑に目を見開いている。
「あ、あなたの望む未来とは一体何なんです?」
「それはあなたには一切関係の無い事。過分な干渉は慎んで頂きます」
「!」
声音は静かで言葉は要請であったが歴とした命令であった。マルフォイの後ろに控えていた二人はマルフォイが怒り狂うと思い身構えた。だが意外な事にマルフォイは喜悦に満ちた表情と流れるような優雅な所作で一歩退くと胸に手を当てて軽く頭を垂れた。どうやら彼にとってこの気位の高さも魔法界の王族たる所以と取ったのだろう。
「これは分を弁えず失礼致しました、ミス・アンブローズ。平にご容赦を」
ブリジットは無言で頷いた。
「名残惜しいのですがあまりお食事の邪魔をするのも失礼だ」
「失礼なのはあんたの存在そのものさ」
またもシリウスが口を挟んだ。
「黙れ! ブラック家の恥さらしが!」
「はっ、権力に媚びへつらう腰巾着が」
「貴様!」
「
おやめなさい!」
マルフォイが懐に手を入れた時、ブリジットが一喝した。意外に大きな声は大広間中に響き渡り、一瞬で静寂で埋め尽くした。
千を超える眼差しも意に介することなくブリジットはシリウスとマルフォイに厳しい視線を向ける。シリウスはフンとそっぽを向き、マルフォイはまた頭を垂れる。
「ミス・アンブローズ。このような血を裏切る者とは関わりに成らないよう、強くご忠告申し上げます。そして勿論その汚れた血の持ち主とも!」
リリーを指さしマルフォイは憎々しげに言い捨てた。途端、ジェームズとシリウスが目の色を変えて立ち上がった。
「貴様!」
「お前、失礼だぞ!」
「何が失礼か! お前達こそアンブローズ家の当主に対して……」
「ルシウス=マルフォイ」
ブリジットがマルフォイの言葉を遮った。その声音は今まで聞いた事が無いほどに低く押し殺したものだった。マルフォイだけでなくシリウスもジェームズも、そしてリリーも息を呑んでブリジットを見る。
「ミ……ミス・アンブローズ?」
「私はその言葉が大嫌いです。以後私の前でその言葉を使う事は許しません」
明らかに怒りを湛えた双眸。マルフォイは明らかに混乱していた。何が彼女の不興をかったのかと。だが数瞬の後、媚びた笑みを浮かべた。
「なんたる失態! 私とした事があなたの耳を汚す言葉を使ってしまいました。ミス・アンブローズ。どうか寛大なる御心でお許しください」
「以後使わぬと言うのなら」
「誓います」
即座に答えてマルフォイはブリジットの右手をすくい上げた。中指に光る指輪を満足げに見つめ、小さな手の甲に唇を押し当てた。軽く音を立てて唇を離すと一歩、また一歩と退いた。
「ミス・アンブローズ。失礼いたします」
ブリジットが軽く頷いたのを見届けてからマルフォイはお供を引き連れてスリザリンのテーブルへと帰って行った。一方のブリジットは先程の激しい怒りの名残など感じさせない無表情で席に着き、ゴブレットに手を伸ばした。
そしてそんな彼女をリリーは不安そうな表情で見つめているのだった。
つづく