Harry Potter and the descendant of Myrddin
Peacemaking
「ミス・エバンズ。どうかしたの?」
 席に着いたブリジットはリリーの曇った表情に気づき、そう尋ねた。だがリリーはただじっとブリジットの目を見つめるだけ。
「ミス・エバンズ」
「ブリジットは私の事が嫌いなの?」
 リリーは力んだ表情でブリジットを見つめて単刀直入に言った。勿論、言われたブリジットは驚き、鬱陶しい半眼を見開いてリリーを見つめた。そしてジェームズとシリウスは相変わらず食事をしつつ耳をそばだてていた。
「さっきの人が言ってた『汚れた血』って私の事よね。わざわざ指を指してたし……。そしてブリジットは『汚れた血』が大嫌いだって言ったわ」
 そこまで言って一度リリーは唇を噛み、意を決したように口を開いた。
「だったらあなた、私の事も大嫌いなの?」
「嫌いじゃないわ」
 ブリジットは至極あっさりと否定した。
「……」
「……」
「そうなの?」
「ええ」
「ほ、本当に?」
「……嘘をついてなんになると言うの?」
「え、えっと、気を使ってるのかと」
「……」
 ブリジットは少し目を眇めてリリーを見た。
「な、何?」
「あなたは嫌いな人間に対して気を使って好きだとでも言うの?」
「え? あ、えっと……」
 リリーは言葉を詰まらせた。何の感情も伺わせない無表情だったがブリジットの声音に僅かばかりの険を感じたからだ。何か気に障る事を言ったのかとリリーは内心焦っていたが素直に首を振ってNOと答えた。
「言わないわ。……だってそれって相手に対してとても失礼な事だもの」
 ブリジットはほんの少し表情を和らげて小さく頷くと「私もそうだわ」と言った。
「好きなら好き、嫌いなら嫌いと隠さず告げる」
「……」
「だから言うわ、ミス・エバンズ。私はあなたの事が好きよ」
 突然の言葉にリリーが目を見開いた。勿論ジェームズもシリウスも驚いてブリジットを見た。どう見ても好意を抱いてるとは思えない半眼無表情でリリーを見つめているブリジット。だが嘘や冗談を言っている様子は微塵も感じられない。
「どう……して?」
「どうして?」
「だって! 私、あなたに酷いことを言ったわ!」
「酷いこと?」
「私、あなたに言ったわ『あなたは高慢なだけでなくて冷徹なんだって』」
「愛想がないとも言ったわ」
「う……た、確かに言ったわ」
「半眼がとても感じが悪いとも言ってたわね」
(そこまで言ったのか)
 とジェームズとシリウスは笑いを噛み殺しながら盗み聞きを続けている。
「ええ、ええ、言ったわ。それはもう、きっぱりとね! だからこそ分からないのよ! そんな悪態を付いた人間をどうして好きになれるの!?」
 半ばやけっぱちになって聞き返すリリーにブリジットは少し考えてからこう言った。
「あなたが初めてなのよ。私にそんな事を言ったの」
「そりゃそうだろうな」
 シリウスが肩を竦めて呟いたが勿論ブリジットは完全に無視した。
「今まで私の周囲には2種類の人しか居なかった。……アンブローズの名を聞いて敬遠する人とそうでない人」
「……」
「敬遠されるのは構わないわ。実害がないから。でもそうで無い人たちはとても厄介。この人たちは決して真実を語ってくれない。いつも笑顔で『はい』としか言ってくれないの」
「……」
「私は小さい頃から言葉はとても大切なものだと、相手が魔法使いならそれは尚更だと教えられて育ってきた。それに……環境の所為にするつもりはないけれど、私は他人の感情を読み取ることが得意ではないの。だから相手が発した言葉でしか相手を計れない。例え相手が嘘を言ったとしてもその人が口にしたと言う事実は揺るぎないものだから」
「うん……」
「ミス・エバンズ。あなたの言葉は私にとっては驚きの連続だったわ。包まず隠さず全て直球勝負で」
「そ、そう? 普通だと思うんだけど……」
「「いや、十分普通じゃないよ」」
「あなたたちは黙っててよ!」
 堪えきれず横やりを入れた二人を睨み付けてからリリーはブリジットに視線を合わせた。ブリジットは苦笑しながら言葉を続ける。
「直球過ぎてたまに不愉快になる時も多々あったけど……」
 複雑な表情をしているリリーや自分の腕をつねって必死で笑いを堪えているジェームズとシリウスにも気づかないブリジットの表情はごく僅かだが上気している。
「でもそれすらも楽しかったの」
「「「……」」」
「私、他人と会話して楽しいと感じたのはあなたが初めて。初めてだから因果関係が分からないのだけれど……」
「因果関係って?」
 言葉を遮って尋ねるリリーに「会話が楽しかったからあなたが好きなのか、あなたが好きだから会話が楽しかったのかって事よ」とブリジットは説明した。
「でもどちらにせよ、私があなたを好きだと言うことに変わりないわ」
「「「……」」」
 飄々とした表情や口調とは裏腹に熱烈な告白を受け、照れて逆に恥ずかしくなったリリーは俯いて「そうなんだ……」と呟いた。
 そんなリリーをジェームズはちらりと横目で覗き見て、それから前で食事を続けているシリウスに口をパクパクさせて「に・や・け・て・る」とだけ伝えた。シリウスは「ぶっ」と堪えきれず吹き出すと口を押さえて在らぬ方を見つめ、なんとか平常心を取り戻そうと努力していた。
 一方ブリジットは俯いてしまったリリー見つめ小さくため息をついた。
「ごめんなさい。私に好意を寄せられても迷惑だったわね」
「……は?」
 また突然の言葉にリリーが顔を上げた。
「ど、どうして迷惑だなんて思うの!??」
「普通……嫌いな人間から好意を寄せられても迷惑だと思うの」
「ちょ、ちょっと待って! それだと私があなたを嫌ってるみたいじゃない!」
「……そうなのでしょう?」
「違うわよ! 何だってそうなるよ! 私だってあなたが好きよ! だから、だからさっき親しくないって言われて悲しくて泣きそうになったんじゃない!」
「……」
 ポカンとしているブリジットをまじまじと見たリリーは今自分が何を言ったのかを頭の中で反芻させてみた──。瞬間にリリーの顔がボンッと音を立てるほどに勢いよく真っ赤になった。
 耳まで赤らめて俯くリリーを見つめていたブリジットは震える声で囁いた。
「……嘘でも嬉しい」
「! 嘘じゃないわよ!」
 途端に顔を上げて噛み付かんばかりに言い立てるリリーにブリジットは小さく頷いて返した。
「ええ、だから余計に嬉しいの」
 その時浮かべたブリジットの表情にリリーははっと息を呑んだ。リリーだけでなく、二人の遣り取りを見ていた周囲の生徒達も一様に息を呑んだ。

 少し照れたような年相応の笑顔。

 驚くほどかわいらしくて暖かみのある笑みを浮かべてブリジットはリリーを見つめていたのだ。
「ありがとう、ミス・エバンズ」
「……」
「ミス・エバンズ?」
「やっぱりとってもキュートだわ……」
「……え?」
「ブリジット、あなたやっぱりもっと笑うべきだわ」
「「「え?」」」
 ブリジットだけで無くジェームズやシリウスまでもが疑問の声を発した。
「アンブローズが」
「笑っただって?」
「あなたたち見てなかったの?」
「「見てられないよ」」
 ブリジットとリリーの青春日記のような展開が直視に耐えなかった二人はひたすら俯いて食事に没頭していたのだった……。
「「しかも、キュートだって???」」
 ジェームズもシリウスも不躾にジロジロとブリジットを見るが時すでに遅くブリジットはいつもの半眼無表情に戻ってしまっていた。
「ちょっとやそっと笑ったくらいでキュートになるとは思えないんだけど?」
「本当になんて失礼な奴なの!」
 鼻で笑うシリウスをリリーは両手を机に叩き付けて立ち上がり眉根をつり上げて睨み付けた。
「ミス・エバンズ」
 しかし、いきり立つリリーを制したのはやはりどこまでも冷静なブリジットだった。制されて不満顔のリリーだったがブリジットに軽く頭を振られて渋々席に着いた。
「悔しくないの!?」
「……さっきも言ったでしょう?」
 言われてリリーは「はいはい」と思い出したように頷いた。
「眼・中・外。だったわよね」
 二人に向かってふふんと鼻で笑って見せるリリーと明らかにむっとする二人。
「アンブローズは僕たちが嫌いなのかい?」
「好きではないわ」
 ジェームの問い掛けにブリジットはきっぱりと答えた。リリーは勝ち誇ったように微笑み、シリウスは明らかにムッとしていて、ジェームズは興味なさそうにデザートの糖蜜パイを頬張っていた。
「何だって嫌われなきゃならないんだよ」
 と不満顔のシリウスにブリジットは淡々とした声音で訂正を入れる。。
「好きではないと言っただけでしょう。別に嫌ってないわ」
「つまりはどうでも良いって事なんだろう?」
 ジェームズの言葉にブリジットは頷いた。
「無関心ってのが一番面白くないんだよね。なんなら嫌ってくれた方が楽しいよ」
「あなた達にそんな気力を使う気は無いわ」
 流石にカチンと来たのかジェームズが剣呑な視線をブリジットに向けた。返すブリジットの視線は静かなものだ。ジェームズはパイを飲み込み、カボチャジュースを一気に飲み干し、ゴブレットを机に戻した。そして何か言い立てようとしたその時、まるで見計らったようにテーブルから全ての料理が消え失せたのだ。
 どうやら食事の時間は終わりのようで、広間の奥を見ればダンブルドアが諸注意を述べる為に立ち上がった所だった。ダンブルドアを無視して言い争うわけにもいかずジェームズは渋々引き下がり、椅子に深く腰掛けた。二言三言の注意の後、てんでバラバラの曲に載せて校歌を斉唱し、心身共に疲れ切った新入生達は監督生の先導に従ってそれぞれの寮へと向かったのだった。
 迷路のような道順、隠し扉、合い言葉。グリフィンドールの談話室に付いた新入生達も慣れない長旅の疲れも相まって一様にグッタリとしていた。流石のジェームズ達も疲れているのかブリジット達にちょっかいを出す気にもなれないようだ。
「右の扉は女子寮に、左の扉は男子寮に繋がってる」
 男子の監督生、レイモンド・ストリンガーがそれぞれを指さして言うと、男子新入生を率いて左の扉に向かい、女子の監督生、ウィルマ・ハミルトンが女子の新入生を率いて右の扉に向かった。
 なぜだか一塊になっていたブリジット、リリー、ジェームズ、シリウスもそれぞれに歩き出す。
「お休み、エバンズ。アンブローズ。また明日もよろしく」
 ジェームズがそう言うとリリーは「遠慮するわ!」と素気なく言い捨て、ブリジットは無難に「おやすみなさい」とだけ答えた。
 離れてゆく二人をニコニコと見送るジェームズの肩にシリウスは腕を載せて「えらく気に入ったんだな」と言った。
「お近づきになって損はないだろ?」
 ニヤリと笑って返すジェームズにシリウスは肩を竦め扉に向かって歩き出す。
「沈黙は肯定と見なすよ?」
「ご随意に」
 取り澄ましてそう言うシリウスにジェームズはくすくすと笑い、そして同じく扉の向こうへと姿を消した。
つづく