『正邪』の剣
第三章 策謀
その頃、虚空の城の中で六人の漆黒の存在が一堂に会していた。一人を除いて皆不機嫌の極致である。
『封印が破られたわよ。どうやら私達の目論見は水泡に帰してしまったようね』
  デーリアが忌ま忌ましげに吐き捨てた。マリージュは目を閉じて黙したままだ。
『まっさか、召還が成功するとはな…。それが俺達の唯一の誤算だったってわけだ』
『そうだよね、召還の成就率は一分を切る低さだもの。誰も成功するとは思ってなかったよね。それに封印に関しては、いくら僕達がかけたと言え相手は王と対をなす者。きっかけを与えられたら自力で破られるのも仕方ないよ』
  ゲシスの言葉にガシェルが言葉を添える。ガシェルの言葉に少しだけだが剣呑な空気が和らいだ。
『王に…』
  突然、マリージュが語り始める。唐突な話に皆少しばかり驚くが何も言わない。
『王にケルーシャ山に行っていただく』
『……』
『……神力を解封して戴く訳か。それしかねーなぁ』
  ウォーレンの提案に皆賛同する。が、チャーイが不安そうに、
『『正』にお変わりにならないかしら』
言うと、デーリアは安心させるように微笑んで言う。
『そうね、その危険性は否定出来ないわね。…でも、神格を得るだけならそれはないんじゃないの』
  デーリアの言葉に頷きライルーンが結論を出す。
『不都合な点はないな。では王に進言しよう』
  ライルーンの声に皆立ち上がり、王の元へと向かった。



  黒を基調にした華美ではないが豪奢な部屋の中に彼は居た。
  年の頃は十七、八歳。少年っぽさの残る端正な顔を彩る銀色の瞳は中空を凝視していた。いや、中空ではなく常人には見えない鏡を凝視していたのだ。
  映っているのは彼自身ではなく、やや紗が掛かってはいるものの銀色の少女(少年?)が銀色の青年にしがみついて泣きじゃくっているという映像だった。見た事もない少年(少女?)なのに、何故か心が騒ぐ。その感情はまだ漠然としていて何かは分からない。ともかく、心が騒ぐのだ。その時、側近達の気配を感じた。
『何だ?』
  彼は誰にともなく言葉を発した。
『御前、失礼致します』
  声と共に扉が開かれ漆黒の存在は彼の前に進み出るとそれぞれ彼に最高の礼を取った。平静を装ってはいるが、鏡に映る銀の存在に内心は「まずい」の一言である。その動揺を完璧に隠してマリージュが歩み出る。
『王に、我等魔物を統べる偉大なる魔王にご進言がございます』
『だから何だと言っている』
  瞳と同じ色の長い髪を、これまた同じ色の爪で乱暴にかきあげながら、にべなく言った。
『では、申し上げます。王の進まれる道を阻む者が現れましてございます』
『はっ、又か。何者だ、その愚か者は』
  残忍そうな笑みを浮かべて彼は問うた。今まで自分の前に立ちはだかる者を完膚無きまでに叩き潰して来た彼は、幾度となく現れる愚かな玩具を嬲る事に喜びを覚えていた。
『ただ今王の鏡に映る銀にございます』
『なにっ!? 本当かっ? それは!?』
『私どもが王に虚言なぞ申し上げる筈もございません』
  実際、魔物や精霊は人間と違い肉ではなく、精神に縛られる存在である。
  嘘をつく事により言質を取られ、言霊でも造られれば自由を失う羽目になるのである。それは耐えられぬ苦痛である故、魔物は慎重に言葉を選ぶようになり、結果魔物は人間よりも賢い存在になったのだ。その点では魔物は人間よりも正直と言えるかもしれない。
  勿論彼もそれを知っていたし、彼等が自分に嘘をつく筈がない事も知っていたが、問わずにはいられなかったのだ。
『…そうか。てっきり俺と共にある者なんだと思ったが…違うのか。やはり俺の半身は俺が覇王にならなければ現れてはくれないのか…』
  少し残念そうな声音で彼は呟いた。
  当然の事ながらマリージュは真実を総て語った訳ではない。言いたくない事は黙っていれば良いのだ。嘘さえつかなければ危険はないのだから。更にマリージュは真実の一部分だけを語る。
『王は前世におかれましてはあれに道を塞がれ夢を砕かれました。なれど現世におかれてまでそうなる必要はございません。あれも今は全く力を御していない様子。今しばらくも無理でございましょう。それ故今が好機かと存じます』
『具体的に』 
  彼は常に自分の傍らにいる六人を全面的に信用していた。
『王は前世におかれましてあるお力を封印なされたとか…。それを手中に入れられる事が得策かと存じます』
『力?』
『御意。王はそのお力をケルーシャ山に封印なされたと聞き及んでおります』
『何故俺はそのような力を封印したんだ?』
  前世とは言え力を捨てるという己の所業が理解出来ずに聞いてみる。
『存じません。やはり我等には計り知れぬご深慮がお在りになったのではございませんでしょうか』
『ふーん、まぁいい。善は急げだ。早速ケルーシャ山に行くとするか』
  今にも転移の《魔法陣》を作り出しそうな彼を六人が慌てて止めに入る。
『お待ちを、我等の調べました所、神殿の扉は闇月にしか開かぬとの事。今しばらくはご辛抱下さいませ』
『闇月? それも俺がした事なのか?』
『御意。恐らくは王のお力を手に入れんとする愚かな輩から守る為かと存じます』
『なるほど、魔力と月は切っても切れぬ関係があるからな。闇月ともなれば魔力は半減する。しかし、闇月まであと三カ月近くある。大丈夫なのか』
『三カ月程では、王に太刀打ちできますまい』
  マリージュは安心させる為にそう言った。
  参謀の考えに満足した彼は鏡の中の銀色の存在に、
『誰にも俺の邪魔はさせない』
言って鏡を砕く。映っている人影も粉々に砕け散る。
(総ては我が半身の為…。邪魔など、誰にもさせない)
『誰にもな…』
つづく