Ghost Hunt

◇◆◇嵐を呼ぶオンナ◇◆◇
#4
それを聞いたのは麻衣とシェリー、そしてベースにいた面々。
何処からともなく響いてくる水音。緩んだ蛇口から一滴一滴落ちるのではなく。
・・・・・じわじわと滲み出てくるような音だ。
館中に設置されているカメラのビデオテープを回収に出た時の事。防寒対策にコートを着込んだ麻衣とシェリーの二人は、静まり返った廊下を進んでいた。
空調設備が皆無に等しい館。冷え冷えとした空気がそこら中から流れているように感じられる。
そんな二人の耳に届いたのは、件の得体の知れない水音。
意識的に目を凝らし、水音の出所を探しくまなく視線をめぐらせた。そして音の出所を予測し、麻衣はそのドアに焦点を定めた。
「―――音・・・この部屋の中からだ・・・・・・」
「谷山さん」
暗にかけられた静止の声に、麻衣はちらと視線を投げてよこしただけで、すぐにドアへと耳を寄せてみる。
すると・・・・鈍い音を立てながら勝手にドアが開き、室内の様子が露わになる。
その部屋の光景に目を剥いた麻衣は無意識に悲鳴をあげ―――意識を失った。



「――――二人とも無事かっ!!?」
「滝川さん。・・・・・・谷山さんが失神しちゃって」
「何!?おい、麻衣!!しっかりしろ!!」
「・・・滝川さん。失神しちゃってますけど大丈夫なんで、もう少し声のボリューム・・・」
「麻衣っ!!まーいーっ!!!」
「・・・・・・・・滝川さ」
「落ち着いてください。ご近所迷惑ですよ、ノ・リ・オ。シェリーさんも困ってますし」
能天気な安原の声にがくっと力が抜け、滝川は自然と声を失う。
ようやく静かになったことに溜め息を付いていると、そんなシェリーの様子をまじまじと見詰めて安原が口を開く。
「・・・・・今までにも結構グロテスクなもの見たり聞いたりしてきたのに、谷山さんが失神するなんて初めてですよね。それほどのものを見たってことでしょうけど、シェリーさんはなんともないんですか?」
暗視カメラを通じてモニターで見ていた映像では、ドアに寄り添う麻衣の後方でそのドアを注視している彼女が映っていた。
「見たことは見ましたけど、別にどうって事ありませんでしたよ」
「・・・・・・その程度のモノしか見なかったってことか?」
「いえ、そうではなくて。なんてゆーか、私スプラッタとか見てもけろっとしちゃうタチなんです」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
(要するに。普通なら悲鳴上げて気を失うほどの光景を目の当たりにしても、この御仁は全然平気って事か・・・・・・)
それ以上どうと言うこともなく、麻衣を抱えた滝川と、安原、シェリーの三人は足早にその場を離れ、ベースへと戻っていった。



「一体何を見たんだ?」
ベースに戻るなりかけられた上司の言葉に、シェリーはしかめっ面を隠そうともせずナルを見る。今更ではあるが、何故にこの男はこんなにも冷静と言うか冷酷と言うか・・・・・。
現に、自分の恋人でもあるいち調査員が失神して横たえられているのに、それを一瞥しただけで労わりの言葉一つ口にしないのだから。
まあ、いくら考えてもこの上司の思考回路など詮無き事でしかないのだが。
「見た、と言っても・・・・。暗かったんで、はっきりとは」
「構わない。見たことをなるべく詳しく話せ」
(命令かよ・・・・)
内心で毒づくとシェリーはどっかりとソファに腰をおろした。整った柳眉を寄せ、大雑把な仕草で癖のないブロンドを掻き回す。酷く官能的な動作のようで、どこか荒っぽい子供のようにも見える。
「―――部屋の中に、子供がひとり。色は判りませんでしたけど・・・ワンピースを着ている7歳か8歳くらいの女の子で、腰の辺りまである長い髪で・・・・・。こちらに背を向けたままじっと動かずに、何かを見ていた・・・・」
「それで?」
「突然こっちを振り返ってきたんです。そして一言・・・・何を言っていたのかは分からなかったんです。微かに口が動いている程度でしたから。そしたらその途端に視界が開けてきて」
「・・・・・・・・・」
「気が付いたら辺り一面、血の海でした」
「・・・・・・マジかよ?」
「大マジです」
ありきたりな世間話でもしているかのように、彼女は顔色一つ変えずにきっぱりと言い放った。

漆黒の闇に包まれた部屋。

ドアから向かって正面にあるテラス。

ほころびてしな垂れるように吊り下げられたカーテン。

開け放した状態のカーテンの隙間からは冴え冴えとした月光が差していた。

青白い光に照らされながら。

・・・・・・その少女は、音もなくこちらを振り返る。

(ああ・・・そういえば)
あの少女は。
振り向いて、私たちの顔を見つめて。
小さく囁くように、ほんの僅か唇を動かして。

そして・・・・・笑った。

「・・・・・・・・・っ」
「?お嬢、おい。どうした?」
「シェリーさん?顔真っ青ですよ・・・」
「・・・・・・・いえ・・・・・・なんか・・・・・」
「・・・・・なんだ?」
「あの時・・・・・凄い臭いがして・・・・」
「『臭い』?」
日常であれほどの異臭を嗅ぐことなどまず無いだろう。
鼻を突く金臭さ、眩暈がするような腐臭。少女が振り返り、何事かを囁き、笑った。
そして突然視界が開けた時。・・・無理矢理ラインをこじ開けられ、否応なしに脳裏にそれが叩き込まれた瞬間。鮮血の色をした花々が咲き乱れているように見えたのだ。
月光に照らし出され、白々とした光を反射して。見事に咲き乱れる曼珠沙華が、雪を被っているかのように。
月の光を反射する黒光りした深紅の液体。
くらくらする。
ガラにも無く、精神的衝撃を受けてしまったせいか。
―――頭ガ痛イ。
「・・・・・シェリー・・・・」
頭上から降ってきた声に、シェリーは吾に返って振り仰ぐ。大分高い位置にあるその人物の顔を見ると、極端に乏しい表情の中に気遣うような色が窺える。
「・・・・・リンさん」
「もう休んでください。顔色が悪いですよ。寝室まで送りますから・・・」
「いえ。・・・・・少し、外に出てきます。すぐ戻ります」
のろのろとした緩慢な動作でソファから離れると、それ以上何も言わずにシェリーは一人で部屋を出て行く。しばし黙ってその様子を見ていたリンも、ナルに向き直り軽く会釈をすると彼女の後を追うように小走りで部屋を出て行った。





「やっぱり駄目なんだよねー・・・」
「・・・・・・」
「忘れた気になってても、ね。些細なことでフラッシュバックしちゃって。平気なフリが出来なくなっちゃうんだ」
「・・・・・・」
「いつになったら・・・・・・忘れられるかな」
「・・・・・・・出来ません」
「・・・・・・」
「起こってしまった事は、無かったことにはならない。―――忘れたフリは出来ても、記憶から消すことは・・・・忘れることは出来ません」
「―――そうだね―――――」
普段のような、明るく咲き誇るような笑顔は見られない。暗く沈んだ、心許ない面持ち。下手をすれば、このまま泣き出すのではないかと思えるほどに、儚げだった。
「・・・・・来なきゃ良かった」
「・・・・・・」
「日本なんて来なきゃ良かった。・・・・いい思い出なんて無い。辛いことばっかりで、いつも窮屈で。・・・・・・大切なものは・・・たくさん出来たけど」
「・・・・・・」
「でもそれ以上に・・・・・・本当にたくさん・・・・大切なものをたくさん・・・・・」
「シェリー」
彼女は泣かなかった。リンの声に遮られた彼女の言葉は、それ以上続けられることは無かった。
遠い昔を思い起こすように眼を細めながら、唇を噛む。
夜風はそれを遮る物の無い二人に、真っ向から音を立て吹きつけている。夜空を見上げればそれは立派な満月だった。
幾らか永い沈黙の後、彼女はリンに言った。
「リンさんはいいよね」
「・・・・何がですか?」
「大っ嫌いだったはずの日本に来て、大っ嫌いな日本人に囲まれて暮らして。・・・・・それなのに、いつの間にか馴染んで、あの人たちの中に溶け込んで」
「・・・・・・・・・・・」
「日本は私も嫌いだけど。でも、なんかそういうの・・・・・羨ましい」
嘘偽りのない本心で、彼女はリンを羨ましいと思った。嫌いな種族の人間に囲まれて。それでもいつしか彼らに打ち解けて。リンはもう彼らの中の一部になっているんだろう。
どうしてだろう。私にもそんな場所はあった筈なのに。

どうして。

心を許せる相手は、もういなくて。

見栄とプライドを見せびらかす連中に囲まれて。

いつしかそんな連中に感化されて、自分もその中に混じっていって。

何よりも嫌いだったタイプの人間達の一部に、なってしまっている・・・・。

自分が情けないし、それ以上に呆れてしまう。
上っ面だけの笑い方を覚えて、自分を良く見せる手立てを身に付けて。そんなモノが、自分を余計に惨めにさせている。
「・・・・・・リンさんもだけど・・・・・・谷山さんも羨ましいなあ」
「・・・・・・・・」
「素直で真っ直ぐで。愛されて、愛することが出来て。お日様って感じ。暖かくて、充たされる」
「そうですね」
「うん。すっごく羨ましい。・・・・・私には絶対にムリだもん。もう・・・・誰かを愛するなんて」
「出来ますよ。きっと、まだ貴方にも」
「『きっと』?」
陰りのある表情は立ち消え、いつも通りに華やかな表情を見せている彼女にリンは苦笑しながら言葉を返した。



「絶対にです。・・・・過去をやり直すことは出来なくても、また誰かを想えるようになりますよ」



あとがき
【休憩】
ようやく調査らしくなってきました・・・ああ、一安心です。
それにしても、麻衣・・・。ごめんね〜・・・なんつーか役どころが悪すぎだね・・・。悪気は無かったのよう!大丈夫、最後までにはきっと君の見せ場を作って見せるよv(←信用できない)
リンさん喋りすぎですね。なんだかリンさんとは思えないほどに
ベラベラ口を開いていらっしゃる・・・。ま、いいか(いいのか!?)。

シェリーさんのブラックな部分が少々見え隠れし始めました。過去に一体何があったのか・・・それは書くかもしれないし書かないかもしれません。
本当は泣くはずだったんです、シェリーさん。しかし友に一言「泣くはず無いじゃん、シェリー様が!」と喝を入れられ、「そ、そうなのか!」という具合に泣かなくなりました。(シェリー主上な友人・・・泣くのが許せないらしい)
まだまだ先は長いですが、空也サマ、よろしくお付き合いください<(_ _)>
シェリーちゃん、日本がお嫌いやったんですね……(涙)
もしかしてリンさんとは日本嫌い同士でウマがあってたとか……?
でも、ああ〜〜〜リンさんが優しくて優しくてウラヤマヒイ……

しかしまあ、ナルよ。もう少しお気を遣ってもバチは当たらんと思うぞ?
そんな事してるから私の創作でエライ目に遭うのだよ。うん。

最後に……シェリーちゃんの涙は最終兵器な感じがしますね。(勝手に予想を立てるヤツ)
先は長いのですね?! ふふふ、楽しみもずっと続くわけだ! 
ありがとうございます、蓮美さん。続き楽しみにしております!
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