どうして?
信じてたのに。
どうして?
貴方しかいなかったのに。
どうして。どうして。どうして。どうして。
必要ないなら、殺してくれればよかったのに・・・。
「さむい・・・」 口から出た呟きは思いのほか小刻みに震えていて、自覚している以上に周囲が冷えていることを如実に表しているようだった。 おそらくはいつもの夢なのだろう、長く閑散とした廊下に立っている。 見覚えがあるのに、どうしてもそれが何処なのか麻衣は思いつかない。 ただ、自分が知っているよりも埃っぽくなくて、言いようの無い恐ろしさが薄い。 一通り身の回りを見渡して、またぽつりと呟く。 「・・・なんで・・・あたし、こんな所にいるの・・・?」 宛所無く歩を進め、廊下の突き当たりにまでやって来る。 夜だった。 闇にまぎれて何色なのか判別出来ない色彩のカーテン、その隙間から覗く眺めは全てを凌駕するような漆黒の夜空。 麻衣は知らず息を呑み、無意識に目を逸らそうと視線を背後の廊下へと転じる。 誰も居ない。 自分ひとりしか、ここにはいない。
寂しい(よかった)
怖い(これでもう何も怖くない)
誰か出てきて(誰も出てくるな)
――誰かっ!!(みんな消えろ)
相反する思考が確かに自分の中にいる。違う誰かが自分の中にいる。 無限に続くようにも見える闇に寂しさを感じる。 物音一つしない周囲に恐怖を覚える。 気配の無さに、酷く神経が擦れていく。 (なんで?) 寂しさと同時に覚える喜びに、恐怖と共に湧き上がる安堵に、その異常さに。
「っ・・・誰か・・・」 「ねえ!誰かいないの!?」 「お願い・・・誰か・・・・・誰か出てきてーっ!!」 おかしくなってしまいそうだ。怖い夢なんて今までに何度も観てきた。 それでも違う。この夢の中には、居たくない。 早く、早く、起きなければ。 (誰かいるの・・・?) こんな夢は嫌だ。もうこれ以上観続けてはダメだ。
その思考とは別の何かが、懸命に誰かの息遣いを探っている。 (近くじゃない) 荒く引き攣るような息遣い。 (何処?何処なの?) 耳を覆ってしまいたい。それでもそれは出来なかった。
―もうダメだ(逃げなければ)
―起きるんだ。もうこれ以上は観たくない(アイツがくる。追いかけてくる)
―お願い誰か(助けてよ。ここから連れて行って)
せり上がる感情の波に身体を震わせ、咽喉に亀裂が入るような声を上げる。
「・・・っナル・・・―――ナルー――――――っ!!!」
ただの悲鳴でも、無意味な叫びでもなく。 脳裏に浮かぶ彼の名前を呼んだ。
「―――麻衣!!」 涙で歪んだ視界でもはっきりと分かる、綺麗な綺麗な彼の姿。 叱咤するときとは僅かに違う、その声。 夢の中で出会った瓜二つの彼とは違う、険しさの混じったナルの表情。 「・・・なる・・・ナル〜・・・・・」 目を覚ますことが出来た安堵と意識の中に色濃く残る不安とが混じり合い、麻衣は殆ど泣き笑いのような声で彼の名前を繰り返す。 何を言えばいいのか、何から言えばいいのか判断できずしゃくり上げると、ナルは黙って腕を廻し麻衣の身体を抱き起こす。 麻衣以外には決して見せることの無いナルなりの優しさだった。 「――麻衣・・・少し落ち着け」 「・・っ・・・だって、スゴクいやだったんだよお・・・っ」 「何がだ」 「あ、たし・・・独りで・・・・他に誰も居ないんだよ・・・・・・。それに・・・誰かが・・っ・・追いかけてきて―――」 ナルの胸元に顔を埋めたまま途切れ途切れに言葉を繋げる麻衣に、彼はじっと耳を傾ける。一言一句聞き逃すまいと、彼女の震える背中を静かに撫でていた。
「滝川さ〜ん?・・・大丈夫ですか?」 「しっかりして、ノ・リ・オ!僕が一生側にいてあげますからv」 「人目につかないところでイチャつくんじゃないっつーのよ・・・・」 「うおおお〜!俺の娘がぁ―――っ」 「いい加減認めてさしあげたらいかがですの?」 「仲良しはよろしいことやおまへんか」 「・・・・・・・・」 麻衣とナルが居るのは女性陣の寝室。ある程度熱が引き起きだしたシェリーと入れ違いに部屋に入ったナルと、その数十分後に目を覚ました麻衣のやり取り。 麻衣は気付いていないだろう。部屋の片隅にひっそりと設置されたカメラに。 そしてベースにてモニター越しに全てを見届けている者達の存在に。
それぞれが興味津々と言った風情でモニターを眺めていると、ひとり輪を抜け出したシェリーがこっそりとリンの隣へ歩み寄る。 名前を呼ぶ代わりに袖口を軽く引き、それに気付いたリンが視線を落としてシェリーを見やると、彼女は囁き声でリンに言った。 「寝室にカメラ設置したのって、博士が指示したんでしょ?」 「ええ。そうです」 「じゃー当然、見られてるってことも博士は知ってますよね」 「そうでしょうね」 「―――見せ付けたかったんですかね?」 「・・・さあ」 「本部の連中にこのビデオ提出したら大騒ぎだろうな〜・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「シェリー」 「は?」 「・・・・・提出しないで下さいね」 「提出しないで済むようにせいぜい祈っててください」 あっさりと言い返されたリンはそれ以上何も言えず、代わりに色濃い疲労の溜め息を落とした。それを聞きつけた一同が二人を振り返ると、そこには極上の美笑を浮かべる女性と浮かない顔をした青年が二人仲良く(?)並んで立っているだけだった。
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