陰陽師

瓶の水を移すが如し

「――――つまりは、こうなるのだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・深雪」
「ん?」
「聞いておるのか?」
「うん。聞いてる」
晴明の持っている直角定規を受け取り、深雪は目の前に広げてある紙にそれを置く。
脇に避けてあった重硯箱から筆を取る。
細やかな動作で筆を滑らせ、晴明が示したとおりのものを書き込んでいく。
「―――だから、ここ、こうで?」
「ふむ」
「こう結んで」
「・・・・・・」
「ここも結んで・・・・これが、正五角形」
「そうだ。―――この正五角形が表すものはなんだ?」
「五行だろ。ええと・・・『木火土金水』?」
「そう。五行の循環は?」
深雪は小首を傾げながらあらぬ方に視線を泳がせた。遠くを見つめ、小さな頭に詰め込まれた情報や知識を整理する。少しの間をおいて、ようやく一つの答えを掘り出した。
「『木 熱して火を生じ 火 燃えて土を生じ 土 甘(じゅく)して金を生じ  金 ながれて水を生じ 水 液(ひた)して木を生じ』・・・だっけ?」
「そう、相生(そうしょう)だ。それと五行には互いに対立し侵しあう関係もある。相剋(そうこく)だ。―――分かるか?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・まあいい。その順番に結んでみろ」
理解し切れていないのだが、それでも深雪はもう一度筆を取る。晴明は深雪の手にある直角定規を紙面に置き、一点を指差した。
「まずはここからだ。・・・・・『木は土を剋し』」
一本の線を引く。
「『土は水を剋し』」
続けてもう一本の線を引く。
「『水は火を剋し』・・・・この先は分かるか?」
更に続けて線を引き、深雪は顔を上げて晴明を見た。
「『火は金を剋し』・・・、『金は―――」
「『木』だ。『金は木を剋す』。ほれ、出来たろうー――」
定規をどかせば、紙には見事な五芒星が書きあがっている。それを見た深雪は途端
に顔を綻ばせ、しげしげとそれに見入った。
そんな深雪の様子に知らず目尻が下がっていた晴明だが、不意に届いた声で吾に
返る。

「晴明・・・・・・お前」
「―――博雅」
「あれ、ひろまさ?いつ来たんだ」
「たった今だ。何を書いていたんだ?」
「ん?コレ!」
丁寧に折り目を付けていた紙をもう一度広げ、それを博雅に見せる。
「・・・・・・・五芒星だな」
「うん」
「そうだな」
「何故五芒星を描いていたんだ?」
「深雪が描きたがっていたからだ」
「深雪が?五芒星をか」
また綺麗に折り目を付け直し深雪はそれを懐に仕舞う。丁度廊下を通った綾女の姿を見て、そのまま後を追って出て行ってしまった。



いつもと同じく濡れ縁で杯を傾け、博雅は用意された干物をつまむ。
「何を思ったんだか、突然『あの星はどう描くんだ』と尋ねてきてな。まあ最初は描き方だけ教えるつもりだったが、ちょっと突っ込んだところまで話し始めたらどうにも止まらなくなってしまった」
「あんな小難しい話を深雪が理解出来るとも思えん」
「理解こそいま一つだがな。言った事は全て忘れないらしい。あれの頭の中は『整理の出来てない書庫』だよ。情報は山ほど積もっているが、それがどういった物でどのような意味があるのか、深雪自身にも分からない」
「―――その書庫にまた小難しい情報を押し込めてるのはお前だろう・・・」
「そう言うな。俺は楽しくて仕方がないんだ」
滅多に見せることのない晴明の至福の笑みに、博雅は思わず絶句した。
「『瓶の水を移すが如し』とはよく言ったものだ。俺は深雪に与えられる限りの物を与えてやりたいのだ。安倍晴明という名の瓶から深雪という化生の瓶に移し替る」
「・・・・瓶・・・」
「陰陽師である俺の考えを理解出来る者などそう居ない。ヒトであろうと化生であろうとな。だが深雪は違う。化生ではあるが、あれは無垢だし、無知だ。くだらない先入観や間違った知識に翻弄されないのだ。俺が教えた事柄だけを信じる」
「・・・・・・・」
つまりは何が言いたいのか、博雅はどうしても分からず眉根を寄せる。
そんな博雅を見ながら晴明はまた至福の笑みを零した。
「つまりな、博雅。俺の言う事や思うこと、考えることを非難したり蔑ろにする輩は大勢いるが、深雪は正反対に俺の言う事を鵜呑みにするのだ。疑うことなど無い」
「・・・・・うん」
「俺はそれが嬉しいし、心地よいと思うのだ。俺の一言一句を真剣に受け止め、それを記憶しようとする存在が。俺が与えようとする物を、余す事無く吸収する者が側にいるということが」
分かったような分からないような微妙な気分で、博雅は曖昧に頷いた。そんな博雅の様子にはお構いなしに瓶子を取り、晴明は自分の杯に酒を注ぐ。
しばしの沈黙は博雅の声に破られた。
「・・・よくは分からないが。要するに晴明は、深雪が側に居ることが嬉しいのか?」
「そういうことではあるな」
「ふーん・・・」
それ以上どうと言うことも無く、向かい合ったままでほろほろと酒を飲み交わす。

何気なく見上げた空には、銀色の薄い雲が立ち込めていた。





みにゃあ、と声を上げる毛玉を抱き上げ、深雪は不意に空を仰いだ。
抱き上げられた毛玉はぐるぐると咽喉を鳴らし、自分を包む腕に頭を摺り寄せる。
戻り橋の下にいる式の黒猫である。
「・・・・・さむいなぁ・・・」
薄墨で染め上げたように澱む空を見つめながら、白い息を吐く。
ここ数日は勢いをつけて寒さが厳しくなっている。日を負うごとに空気は凍て付き、細々とした陽光が殊更恋しい。

そういえば晴明が言っていた。

『・・・・・もうじき雪が降るな・・・・・』

雪、とはどのようなものだろうか。
見たことがない。もしかしたらあったのかもしれないが、覚えていない。

ぼんやりと空を見つめたままの深雪の視界をちらほらと横切る白いもの。
呆けていた深雪はそれに気付くなり目を見開き、黒猫を抱えたまま庭を伝い濡れ縁へと向かう。

「雪だな」
「雪だな」
「冷えてきたな」
「中に入るか」
飲みかけの瓶子と肴の乗った素焼きの皿を持ち立ち上がると、いつの間にか控えていた蜜虫と葉常が御簾を巻き上げる。そのまま部屋に入ろうとした二人は、庭から聞こえる足音に気付き足を止めた。
「せいめい!ひろまさ!」
「深雪か。庭で何をしてるんだ」
「冷えるだろう。早く中に入れ」
「なあ、なあ、これが雪か?そうなのか?」
晴明と博雅の言葉はまるで耳に入らず、爛々と輝く好奇の瞳で空を見上げている。
そのまま後ろにひっくり返りそうなほど身を仰け反らせる幼子の姿に苦笑し、晴明は素足のまま庭に降り立った。
「そうだ。これが雪だ。・・・・お前の名前と同じだな」
「?」
「お前の名前はな、深い雪と書くのだ。明日までには積もるだろう。『深雪』と同じになるぞ」
「―――『深い雪』」
感極まれり、といった様子で頬を紅潮させ、深雪は真っ直ぐに晴明を見詰め、やがて再び空を見上げる。あまりにあどけない所作に誰もが微笑ましく目を細めた。



夕餉を済ませ人心地ついた頃、深雪は何処からか料紙や重硯箱などを持ち出した。
火桶の側に胡坐をかき杯を傾けていた晴明と博雅が黙って様子を窺っていると、昼間習ったとおりの五芒星を描き始める。
「深雪」
「ん?」
「・・・・お前は、何をしてるんだ」
「何って、ひろまさも、ひるま見ただろう?五芒星だ」
そう言いながらも手は止まらず、すらすらと器用に正五角形を書き上げる。満足げにそれを眺め、今度は更に丁寧に筆を進める。
教えられたとおり、相剋の順に線で結んでいく。すると正五角形はたちまち見事な五芒星になる。
「・・・・・・深雪?」
「んー?」
「楽しいか?」
「うん!」
はっきりと言い切る深雪に困惑する博雅を見るともなしに見て、晴明は意地の悪い笑みを浮かべる。
それに気付いていない博雅は、深々と溜め息を付き酒を飲み干し、注ぐ。
「――――まあ、五芒星ならまだいいか・・・身を守る護符だものな。だがそのうち呪符まで書き出すんじゃないかと思うと、俺はもう心配で心配で―――」
もう少し子供らしい遊びをしてもらいたいよ・・・・、と小声で呟く。
二度目の溜め息を付きながら杯を傾ける博雅に、晴明はここぞとばかりに追い討ちをかけた。
「それは残念だったな、博雅」
「?」
「深雪はな、もうとっくに呪符まで書けるようになっておるぞ」

ぶっ!!

思わず酒を吹き出し、咳き込みながら肩で息をして呼吸を整える。自分で仕掛けたにもかかわらず、晴明はわざとらしく扇を開き口元を隠した。
「いやだね、博雅君。汚いな」
「・・・っ・・・お、お前のせいだろう!」
「うわー、やだ!ひろまさ、ちゃんと床拭けよ。ばっちい!」
「・・・・・ばっちい・・・・」
一体何処でそのような言葉を覚えてきたのだろうか。まったくもって謎である。
愛娘に反論することも出来ず一通り床を拭き清めた博雅は、晴明ににじり寄る。
「おい、晴明!お前はなんで子供に呪符なんぞ覚えさせるんだ!!」
「覚えさせたのではないぞ。深雪が聞いてきたから教えただけだ」
「聞いてきたからって・・・っだからって教えるなよ!呪符だぞ!?護符じゃない!呪符だぞ!!?『呪いの符』で呪符だろうがっ」
「そこまで気にすることもなかろう。別に深雪は誰ぞ呪い殺したくて聞いてきたわけではあるまい」
「ああああ当たり前だ!子供だぞ!?こんなに小さい子供が人呪いたさに呪符を覚えて堪るか!!」
「ひろまさ声がおっきい!煩い!」
「す、すまぬ・・・」
いよいよ堪えきれず声を上げて笑い出す晴明を、博雅は憮然とした表情で睨む。



その後の博雅の追及により、深雪は桐人(ヒトガタの一種。呪殺用のもの)、御幣、真言、果ては剣印の結び方まで晴明に指南されていることが判明した。

「晴明・・・・お前というヤツは・・・・・・」
「なんだ。何か問題でもあるのか?」
「問題どうこうじゃない!こんな小さい子供にそんなこと教えてどうするんだ!?自分の後継ぎにでもするつもりなのか!!」
「―――後継ぎねえ。・・・・・どうせなら俺は弟子よりも妻にしたいと思うがな」

がっこん。(瓶子を倒した)

「お・・・おおおお前・・・ほ・本気でそのようなことを・・・っ」
「さあて、どうだかな」
本気とも冗談ともとれる晴明の返事に博雅は肩を振るわせる。予想通りの反応をする博雅に至極愉快そうな笑みを浮かべ、晴明はゆっくりと杯の中の酒を飲み干した。



あとがき
【一休み】
冗談です、冗談。本当に冗談です!!
ねえっ!?(誰に聞いてる)
・・・しかしまあ私的にはそれもアリかなと思ってます。
変な意味じゃなくてですよ。光源氏みたいなものです。
五行ってなに?相生って?相剋って?
私も知りませんよ!!(おい)
最近シリアスしか思い浮かばない上にスランプで無理に書き上げたらこんなんになってしまいました。
ごめんなさい!サヨウナラ!!(←ちょっと待て)
続きはあるのかな?ないのかな?どうなのかな!!
もう書いてあったりします☆(爆)
晴明様、それは犯罪です。
その年の差を越えるのは如何ともし難いものがございます。
ゆけ! 博雅! 深雪ちゃんをロリオヤジの魔手から守るのじゃ!

って何を壊れているのでしょうか、あたしゃ。

五行相克、五行相生。
私も判りません。何故に金気が水気を生じるのか? 何故? 教えて蓮美さん。

これでも陰陽師ムービー作ってる(最中)なのに……。
勉強不足もええとこですわ……。
|| Back || Top || Next ||