「痛っ、まだジンジンする。」
気を失ったと言ってもほんの数秒だった。
俺は、洗面所に行き痛む顎に、濡れたタオルを押し当てる。
ヒンヤリとした感触が心地いい。
「すまんな、和樹。うち、調子に乗りすぎたわ。」
着いてきたのか俺の背後で由宇が珍しく神妙な顔をしている。
その横には同じく神妙な顔で詠美が。
さらにその後ろにはみんなが心配そうな顔で居た。
「あ、あたしは悪くないんだからね。こ、このパンダが・・・ゴメン。悪かったわよ。」
詠美の方も素直にとは言えないけど謝る。
それを見て俺は、
「いいんだよ。こうなることは分かっていたから。
 おまえ達二人に会ってから、二人を体張って止めるのは俺の役目らしいし。」
思い出せば何度もそう言うことがあった。
別に止めなくても行き過ぎになることはないとは思う。
実際、俺と知り合う前から似たようなことを、何度も何度も繰り返してきただろうから。
でも、やっぱり何故かしてしまうんだよな。
・・・。
マゾか、俺は?
俺が苦笑いすると、それを痛んだと勘違いしたのだろう。
千紗ちゃんがまるで自分のことのように、涙を溜めて心配してくれる。
「お兄さん、痛いですか?千紗に何か出来ること無いですか?」
「大丈夫だよ、千紗ちゃん。ほら、もう腫れは引いただろ。」
「で、でもまだ赤いです。」
「それぐらいはすぐ消えるさ。」
俺はにっこり微笑み、千紗ちゃんの頭を手のひらでぽんぽんと軽くたたく。
「さぁて、まだ腹も減っているし、食おうぜ、みんな。」
「そ、そやな。せっかく瑞希ちゃんが作った料理や。冷めてしまったら勿体ないわ。」
「ホント、ホント。下僕が1人怪我したくらいで何よ。」
俺達は居間へと戻る。
その居間には、何事もなかったかのように1人食べ続けている大志が居た。
「大志、おまえずっと食い続けていたのか?」
「ふ、我が輩と同志和樹は魂で繋がれている。いわば魂の双子。
 そして、おまえが無事というのは分かり切っていたことだ。
 心配する必要は全くない。」
大志は眼鏡を中指で押し上げ、また飯を食い始める。
おまえはそう言う奴だよ、全く。
俺も自分の席に戻り、皿に料理を盛る。
瑞希はその横に座り、同じように皿に料理を取り分ける。
「そう言えば郁美ちゃん、あれからどうなったの?」
ふと思い出したらしく、瑞希はそう聞いてくる。
郁美ちゃん。
かつて立川さんとして色々とアドバイスや助言をしてくれた少女。
今は心臓の手術のため海外へと行っている。
俺は思い出す。
海外へと行く前日に俺に会い、全てをうち明けてくれた日を。
何故名前を隠していたか、
何故、今まで姿を見せていなかったのか等。
全てを聞いた後も、俺はだまされたとは思わなかった。
今まで力になってくれたことは真実だし、
何より中学生だろうが何だろうが、紛れもなく郁美ちゃんは立川さんだったのだから。
そして漫画家千堂かずきのファン第1号なのだから。
それから後、海外へと行った郁美ちゃんとはメールで毎日やりとりをしている。
メールによると手術は順調に終わり、その後の経過もいいらしい。
「おっと、そろそろメールが来ていてもおかしくないな。ちょっと見てみる。」
俺は漫画を描くために用意した部屋に行き、
さっき繋げたばかりのパソコンの電源を入れ、ネットへと繋ぐ。
そして来ていたメールは5通。
うち二通はファンレター。
どういう経緯からか分からないが、
知り合い達にしか教えていないはずのこのアドレスにもこういったメールはよく届く。
これは後で読むとして、残りは・・・メールマガジンだった。
「ん、和樹。このメールマガジンはなんや?」
いつの間にか隣からのぞき込んでいた由宇が、目ざとくメールマガジンを見つける。
「何でもいいだろ。」
「そう言う言われかたをすると気になるわぁ。」
「漫画描くときの資料だよ。」
俺はそう言って由宇を無視することにした。
でも、まだ来ていないのかな。
俺は再度メールチェックをする。
すると新しくメールが検出される。
Ikumi Tatikawa。
郁美ちゃんだ。
急いでダウンロードをして内容を読む。
そして内容は・・・。
一通り読んだ後、俺はそのメールをプリントアウトして瑞希の元へと持っていく。
「えっと、何々?」
瑞希はそのメールを読んでいく。
メールの中には瑞希宛の文章もあった。
瑞希は郁美ちゃんと直接会ったことはないが、
メールのやりとりで友達同士になっている。
ちなみにきっかけは俺が瑞希のことをメールに書き、
それに郁美ちゃんが興味を抱いたからだ。
読んでいくうちに瑞希の表情がどんどん明るくなっていく。
「い、郁美ちゃん帰って来るんだ。」
これ以上ないぐらい嬉しそうな表情をする。
そう、そのメールには瑞希ちゃんが日本へ戻ってこれることが書いてあった。
そして、瑞希に早く会いたいとも。
「元気になったんだ。郁美ちゃんと一緒に遊べるんだ。」
瑞希の目からつぅっと涙がこぼれる。
余程嬉しかったのだろう。
感情が高ぶるのが止められないようだ。
一度流れ出した涙はなかなか止まらない。
「あ、あれ・・・。嬉しいのに涙が出てる。」
「馬鹿、嬉しいから涙が出るんだろ。ほら、拭いてこいよ。」
俺はさっきまで顎を冷やしていたタオルを投げる。
瑞希はそれを受け取ると洗面所へと行った。
「嬉しかったんですね、よっぽど。」
南さんが俺の隣に来てそう言う。
「ええ、瑞希って母性愛とかが強いから、
郁美ちゃんの事、それこそ自分の妹のように思っているんですよ。」
「お姉さんの妹なら千紗にとっても妹ですぅ。」
千紗ちゃんがそう言ってやってくる。
「千紗、一人っ子だからたくさん家族が増えて嬉しいですぅ。」
俺は千紗ちゃんの頭をなでてやる。
「郁美ちゃんも喜ぶよ。そうそう、郁美ちゃんにはおっきなお兄さんが居てね・・・。」
俺は千紗ちゃんに郁美ちゃんのことを色々と教えてあげた。
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