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| 「あんたの言いたいことはよく分かる。 うちはあんたの漫画はずっと認めてきいへんかった。 そのことで何度も喧嘩をしてきたんやしな。 でもな、今の漫画はうちは認めれるんや。 今のあんたには、あの頃になかった物があるさかい。」 その時の由宇の目は普段から考えれないほど優しい目をしていた。 優しく見守るような、そんな目だった。 「何よ、その無かった物って。あたしは何にも変わってないわ。」 半ば意地になっているのか詠美は叫くように言う。 目にたまった涙は今にもあふれそうだった。 何をそこまで詠美は認めたくないのだろう? 「俺も。俺も詠美の漫画は以前と違うと思う。」 詠美がハッとした表情で俺を見る。 由宇のみならず、俺までそう言うことを言ってくるなんて 思っていなかったのだろう。 「みんなして何が狙いなの?あたしは何にも変わっていないわよ。」 「それは・・・。」 「いいえ、変わったわ。」 えっ? その声は予想もしていない方からした。 その声の主は・・・。 「あなたの漫画は少しずつだけど変わってきているわ。 あ、和樹クン、ちょっとお水ちょうだい。」 頭を押さえながら話すその人物は編集長だった。 俺は言われたとおりコップに水をくんでくる。 「ありがとう。」 編集長はその水を飲み干すと軽く頭をシェイクさせる。 「ふぅ、久しぶりに飲み過ぎたわ。」 「編集長、どういう事よ。あたしの漫画が変わったって。」 「そうね、変わったと言うより心を持ったというのがより正確ね。」 俺に空になったコップを返しながら編集長は答える。 「こころ・・・?」 「そうよ、心。 どれだけ上手く描かれていても、 心のない漫画は無機質で、読む者の心には何も残らないわ。 ただ、通り過ぎて行くだけ。 読んだ瞬間は楽しめても、何の記憶も残らない。 そして、以前のあなたの漫画がそうだったの。」 以前のこととはいえ、編集長は容赦なく言い切る。 でも、厳しいことを言うのは編集長の目に詠美の漫画がかなったからこそと、 俺は経験上知っていた。 俺も編集長に続いて言う。 「俺もそう思う。以前読ませて貰った漫画は寂しかった。 俺は詠美の漫画に憧れていた分、 その俺の想像にあった理想の漫画とのギャップが激しかった。」 「うちは、自分が不甲斐ないと思ったわ。 あんたの漫画が心を無くしていく課程を目の前で見て居たんやからな。」 「でも、今は違うわ。線が一本一本生き生きとしてる。 あなたが楽しんで描いているのが、手に取るように分かるわ。 それが心のある漫画。 描いた本人がどんな想いを込め、どんな意志を伝えたいのか分かる作品。 それは読んだ人の記憶に残り、何度も何度も読まれて行くわ。 本当に心を打つ物は、やっぱり心でしかないのよ。」 描いた本人が笑えない漫画では、読んだ人も笑えない。 描いた本人が感動できるような漫画じゃなきゃ、読んだ人に感動させれる訳がない。 どんなに困難なときでも、どんなに辛いときでも、 漫画が面白いと言うことを忘れては面白い漫画なんて描くことが出来ない。 俺は短期連載中にその事を学んだ。 面白い物を描かないといけないというプレッシャー。 でもそれは瑞希の言葉で簡単に解消された。 『あんたはまだ一年目で、誰も期待なんてしていないのよ。 それなのに勝手にプレッシャーなんて感じていてどうするの? そんな事じゃ面白い物も描けないわ。 誰かが面白く思ってくれる物じゃなくって、 描いている和樹、あんた自身が面白いと思うのを描かなくっちゃ。 まぁ、私も面白いと思えるのを描いてくれた方が嬉しいけどね。』 俺は春のことを思い出す。 あのときは瑞希のことを考えて漫画を描いた。 瑞希と一緒にいたいために漫画を描いた。 その時の気持ち。 みんなのためではなく、自分と瑞希のために。 それが漫画家千堂かずきとしての初心。 その気持ちを思いだしたから、 俺は初めての短期連載も順調に終わらすことが出来た。 |
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