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「お兄さんこっちです。」
バンの窓から体を乗り出して嬉しそうに手を振る千紗ちゃん。
「千紗ちゃん、どうしたんだい、こんなところで。」
俺の疑問に応えたのは千紗ちゃんではなかった。
「・・・配達の途中だ。」
「お、親父さん!」
そこにいたのは親父さん。
つまりは千紗ちゃんのお父さんだった。
俺は同人誌を印刷して貰うときに何度か親父さんと会っている。
普段、千紗ちゃんの印刷所では親父さんは表に出ない。
千紗ちゃんによると自分が愛想が良くないことを知っているので、
客の応対を千紗ちゃんか奥さんに任せているという。
ただ、俺の場合何度か印刷所を手伝ったりしているので、
今更無愛想なのを気にすることもないと親父さんが応対することもしばしばある。
最近では結構気に入られていて、一緒にご飯をいただいたこともある。
職人気質で何時も無愛想だけど、心が広い人。
それが俺の親父さんに対する感想であり、
俺の中でベストオブ親父を選ぶとしたら、間違いなくこの人だろう。
「どうしたんや、和樹?」
「何よ、何よ、何があったの?」
やることがないのか由宇と詠美も外に出てくる。
「千紗ちゃんと千紗ちゃんのおとんやないか。」
「・・・久しぶりだな、嬢ちゃん達。」
相変わらず無愛想。
由宇達は印刷所建て直しの時に親父さんとは会っている。
急に印刷関連の仕事が増えたのを疑問に思った親父さんは、
千紗ちゃんに事の真相を問いただした。
そしてこみパ会場までわざわざ来て、俺達にお礼を言ってまわったのだ。
その時詠美は、親父さんの持つ独特の雰囲気に何を勘違いしたのか
逆に謝ったりしていたが。
「千紗とお父さんは、今からこの車で本を届けに行くです。」
「本・・・。ああ、こみパの印刷物か。でもどうしてこのバンで?」
「お兄さんやお姉様の本は、何時も運送屋さんに頼んでいるです。
 でも、お兄さん達みたいにたくさん本を作らない人もいるです。
 そう言うのを送るのに運送屋さんに頼むと勿体ないです。
 だからお父さんが車に積んで直接持って行くです。」
そりゃ、当然のことと言ったら当然のことだろう。
経費をなるべく節約するって言うのは。
でもそれが何でうちに?
「でも、今日はちょっと違うです。
 今日はついさっきまで本を作っていて、それをお届けするんです。」
千紗ちゃんは車内に積んであるダンボ−ル箱を一つ開けると、
その中から一冊の同人誌を取り出す。
「これがその本です。」
悪戯をしようとするような、そんな表情で出した一冊の同人誌。
そこに描かれている表紙は・・・俺の描いた物だった。
つまりは俺達の描いた原稿を元に作った本。
でも・・・。
「これオフセットになっとるやないか。」
俺の隣で本をのぞき込んだ由宇が、驚きの声を上げる。
そう、コピー誌として作るはずだったこの本が、
どういう訳かオフセット本としてできあがっていたのだ。
「千紗ちゃん、これはいったい?」
「千紗、お兄さんに言われて家に帰ったです。
 お父さんが心配するからって。
 でも千紗はお兄さん達を手伝いたかったです。」
千紗ちゃんは家に帰ってから何があったのか話し始めた。
千紗ちゃんが家に帰ると一本の電話があった。
それは原稿を落としたため、今回新刊が出来ないと言う、
とあるサークルからだった。
これ自体はそんな問題ではない。
言っては悪いことだけどよくあることだし、
きちんとキャンセル料も貰っているからだ。
ただ、その日するはずだった仕事が無くなり、
親父さんが急に暇になったと言うこと。
それだったら休めばいいことなのに、親父さんは違った。
職人気質が災いしてか、急に出来た暇を持て余し、
立ったり座ったりそわそわと落ち着きがなかったそうだ。
千紗ちゃんは、その本来するはずだった仕事を調べると、
上手い具合に、その時俺達が描いていた原稿の内容と一致した。
そして千紗ちゃんは親父さんに頼み込んだ。
『お兄さん達にお礼がしたいです』、と。
そして、親父さんは義理人情にあつい人だった。
この同人誌制作に、乗り気になったのだという。
印刷所の立て直しをしてくれた本当のお礼を込めて。
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