30
「さてそろそろ俺もシャワー入らないと。」
俺は袖口から汗の臭いをかぐ。
結構臭いするな。
まぁ、丸二日間風呂に入っていないし。
手のひらを見るとスミとかで黒くなっている。
これは、顔の方もすごくなってるな。
漫画を描いている最中に何度も目をこすったりしている。
その時に顔に墨が付いているはずだ。
「じゃぁ、親父さん。俺、シャワー入ってきます。」
親父さんは少し驚いた顔をする。
「・・・そろそろ時間は・・・」
「えっ?」
親父さんが何か言おうとするのを聞き直そうとしたとき、
みんなが凄い形相でこっちへ走ってくる。
「た、大変や、和樹!」
由宇は髪も濡れたままで、結ってもいない。
「何やっているんだ、お前。髪ぐらい拭けよ。」
「なに言うとんねん、今何時やと思っとるんや!」
え・・・?
そ、そう言えば結構な時間だったはず・・・。
あれから親父さんと話したりして・・・。
「・・・俺もそれを言おうとしたのだがな。」
親父さんは時計を見る。
「すいません、今何時ですか?」
親父さんが言った時間は、もう完全に間に合わない時間だった。
「電車出てるよ、もう・・・。」
俺はガックリとする。
「タクシーは、タクシーはどうや?」
由宇が閃いたように言う。
しかし。
「無理だ、この前を通ることはほとんど無いし、今から呼んでも今日は来ない。」
こみパの日は大方のタクシーが出払っているのは以前体験済みだ。
「バスとか、他の移動手段はどうなんや?」
「間に合うことの出きるバスはもう出ていったよ。
今からだと乗り換えが必要なバスだから間に合わない。」
「否定ばっかり言っておらんで、何かあんたも考えぇや。」
「仕方がないだろ、本当のことなんだから。」
でも由宇の言うことも当然だ。
否定しているだけでは何も生み出さない。
もっと生産的な気持ちにならないと。
でも。
上手い手はなかなか浮かばない。
何か、何かいい手はないのか?
「それだったら、こいつに乗って行けば大丈夫だ。」
それは親父さんだった。
親父さんはバンを親指で指す。
「車で行って、搬入の方から回れば駐車の心配もない。まだ十分に間に合うぞ。」
その言葉を聞いた瞬間、由宇達の顔がぱっと明るくなる。
「やったで、それやったら間にあうわ。」
「やっぱり天はこの詠美様を見ているのよ。」
「じゃぁ早く行こうよ。」
「何から何まですみません、親父さん。」
「ついでだよ。どうせ俺は会場に行くんだからな。」
親父さんはそう言うとバンに乗り込み、エンジンをかける。
「皆さんこっちです。」
千紗ちゃんは後部座席のドアを開け、みんなに入ってもらうようにする。
由宇、詠美、彩ちゃんと中に入り、続けて玲子ちゃん達も入る。
大志は当然のように助手席に乗る。
そして瑞希に乗ってもらい、俺も最後に乗り込む・・・って、あれ?
バンの中にはもう俺の座るスペースはなかった。
・・・。
そうか。
今、後部座席に乗っているのは由宇達9人。
いくらバンでももう乗り込むスペースはない。
さらに俺達の本も乗せている。
今の状態でも、もうかなりきついぐらいだ。
「ほら、もっと詰めて。」
瑞希がみんなに声をかけるが、どうやってもスペースを作ることは出来ないようだった。
「そや、和樹。又、うちらの足下に乗るか?」
俺は以前、由宇達と乗ったタクシーを思い出す。
そう言えばあのときも間に合わないって言ってたな。
あの頃を思いだし、ふと笑みを浮かべる。
・・・そだな。
俺はバンから降りる。
「俺はいいから行って下さいよ、親父さん。」
そう言ってドアを閉める。
「・・・いいのか?」
「ええ。それよりも、早く行かないと間に合いませんよ。」
がらららら。
後部座席のドアが開く。
「何言ってるのよ。和樹が行かなくてどうするの!」
瑞希だ。
「今からだったらサークル入場は無理でも、一般入場には間に合うよ。」
「だって、和樹が作った本を売るんだよ?一生懸命作った本なんでしょ?」
「そや、サークルチケットの為に本作ったんやないか。
 それがあんたが一般入場してどうするねん。」
「気が変わっただけだよ。それにシャワー浴びなきゃそろそろ臭いし。
 行ったら売り子するから、それまでは本の方頼むな。
 ほら、行かないと間に合わないぞ?」
俺はバンに背を向けて手をひらひらと振る。
「分かったわ、会場で待っとるで。」
ドアの閉まる音。
そしてバンは出ていく。
音は遠ざかっていき、やがて聞こえなくなる。
「行ったか・・・。」
俺は自分の部屋へと歩く。
・・・。
「行っちゃったね。」
えっ?
振り向くとそこにはよく知った顔があった。
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