● はじめての… ●
<2>
自分の気持ちとは裏腹に、空はこれでもかというくらい秋晴れが広がっている。
…つい、溜息が溢れてしまう。
タケルくんの事が嫌いなんじゃない。…だからこそ困っているのだ。
時計を見ると待ち合わせの時間まであと20分もある。
「……ねぇ、ヤマト……」
僕は後ろの茂みに向かって話し掛ける。
それにしても、ヤマトがついてきてくれると言ってくれた時は本当に涙が出る程ホッとした。
僕一人じゃタケルくんに流されるかもしれないというヤマトの配慮なんだけれど、僕はそんなに弱い人間なんかじゃないんだけどね…(つもり←ちょっと弱気) ただ、今はなんであれ、ヤマトが傍に居てくれて心強い。
『しっ!話し掛けるな!タケルがどこかで見ていたらどうすんだ!』
まったくもう…相変わらず兄馬鹿なんだから……
昨日の夜、ヤマトからデートするように頼まれてからというもの、こっちはもうテンパっているというのに。
「そうは言うけどさ、約束まで後20分もあるよ?」
『…甘いな、丈。タケルのコトだ…どっかに隠れて様子を伺っているかもしれん』
「へ?何で?」
そんな事あるわけないじゃないか… と、言い掛けたその時
「さっすが!おにいちゃん☆ぼくのコト、よくわかってるよね?」
タケルくんがヤマトの更に背後から現れた。
「……タッ…タケルくん?」
「おはよーございますv 丈さん♪ ぼく昨日は楽しみで楽しみでなかなか眠れなかったんだよ?」
まるで僕が焦っているのを見てわざと楽しんでいるかのようにコロコロと可愛く笑って手を繋いでくる。
「あっぁ……う、うん。晴れて良かったね」
「うん!今日はよろしくね!丈さん☆」
でも既に、僕の頭の中ではどう断ろうかとそればかり考えていた。
「ところで… 何でおにいちゃんがいるの?」
「「え?」」
思わずヤマトと声が重なる。
「あ…いや、ちょっとな…」
思わず顔を見合って苦笑いしてしまう。
「ねぇ、おにいちゃん。こんなことわざ知ってる?『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ』って☆」
にこやかに天使の笑顔を向けてくるタケルくんは、何だか凄く怖い……ヤマトを見ると、僕と同じ思いなのか、顔を真っ青にして固まっている。
「たっ…たまたまココを通りかかっただけだよ!なっ!?丈」
「あ…あぁ、うん。そうそう、そうなんだよ!」
つい声が裏返ってしまうけど、取りあえず僕達は話を合わせようと目と目で確認して頷いた。
「ふぅ〜ん… じゃ、おにいちゃんまたね!」
「え?」
「あっ!?」
そう言うと、タケルくんはとても小学2年生とは思えない力で僕を引っ張って走り出した。
僕はだんだん小さくなっていくヤマトの影を見乍らこれからどうなるかを考えていた。
すっかりヤマトの影もカタチも見えなくなって、ようやくタケルくんは足を止めてくれた。
僕は肩で息をしているというのにタケルくんは薄らと汗をかいただけで呼吸も乱していない。一体どうしたら僕の手を引っ張って走ったのに息を切らさないでいられるんだろう。
そんなコトをぼんやりと考えていると、いきなり目の前にタケルくんの顔が現れた。どうやら僕の事を心配して覗き込んでくれているらしい。
「大丈夫だった?丈さん。ごめんね、急に走り出しちゃったりして」
「あ…いや。大丈夫だけどさ、なにも走らなくても………」
「だって…折角のデートなんだよ? おにいちゃんがいたらデートにならないもんっ」
そう言うと、タケルくんは「ちょっと待っててね」と一言残してどこかへ走っていった。
近くにあったベンチに腰をかけると、僕は大きく肩で息を吐き、目を閉じて呼吸を整えた。
…………それにしても…
いつの間にタケルくんはあんなに力をつけたんだろう。僕の手首にはしっかりとタケルくんの手形が残っている。
タケルくんの、小さな小さな手形。
足は前から結構速かったけど、更に速くなっているような気がする。
とても小学2年生とは思えない。考え方も、行動力も、力強さも。
僕はあんなに小さな男の子を、どこか羨ましがっている。いや、憧れてるというか、尊敬しているというか……
実際、あの冒険でもタケルくんの事を足手まといなんて思った事なんてない。
嫌いなんてなれないよ… 嫌いじゃない。寧ろ好き。 …それは本当。 でも、
「ハイ、丈さん♪」
「え?」
目を開けて顔をあげると、いつの間に戻ってきたのかタケルくんが立っていて、ジュースを差し出していた。
「あ、ありがとう」
僕は素直にジュースを受け取ると、タケルくんも座れるように身体を横にずらした。
タケルくんはそこへちょこんと座ると、自分の分のジュースを飲み始めた。
………………………
何を話して良いか分からない。
僕はチラリと横目でタケルくんを見ると、同じ行動をとっていたのかタケルくんと目が合った。
何か顔が熱い… 僕は何故だか慌てて目を逸らした。
この先、どうなるんだろう……
少し冷たい風が肌を掠っていった。