しばらく北山は録音機を操作した後、それを自分の耳に近づけてみたりしている。どうやら録音機に備えられた小さなスピーカーで、何かを聞いているらしい。はじめのうち気難しげに額へしわを寄せていた北山が、やがて顔をほころばせ大石たちの方へ向きなおった。 「よかった、ちゃんと録音できていましたよ。引き出しを少しだけ開けておいたので、その隙間から音を拾えたようですね。できたらマイクを引き出しの外へ出しておければ、もっと安心していられたんですけれど。ただし、それだと社長に見つかってしまう怖れもありましたので。だから録音機ごと、この引き出しの中へ隠しておいたんです」 「録音って山さん、さっきの朝礼を録音しておいたとでも言うのかい」 「ええ、そうですよ。労働法規に違反して残業を強制する社長の発言が、きっちり録音できました。わが社では裁量労働制が採用されているんだと、嘘をついた高梨さんの発言もね。これで充分、この会社の法律違反を立証できる物的な証拠がそろったことになります。これだけ確実な証拠があれば、たとえ裁判に持ち込まれても負ける気づかいはないでしょう」 「社長の発言の録音だけで、裁判でも勝てるほどの証拠になるのかな」 「おそらく録音だけでは、ちょっと無理でしょう。法律に違反した就業規則が、実際に強制されていたという証拠もなければね。すなわち残業をした証拠になるタイムカードの写しや、それにもかかわらず残業代が支払われていないということを示す給料明細書などです。これまでの給料明細書ならば幸い、全て捨てずにとってありますし。それに出退勤のデータは今朝、出勤してきてすぐにコピーをとったんですよ。自分の家から持ってきた、この光磁気ディスクにですけれど。就業規則の文面もあるし、これだけそろえば怖いものは何もありません」 |