経営者には雇用責任がある


「まがりなりにも会社の経営者には、雇用責任というものがあるんですよ。きちんと仕事を受注して社員を雇用しつづけ、その生活を保証するという責任がね。しかし菱田社長に関しては、この雇用責任を全く自覚しておられないように見受けられます。会社が生き延びるために社員を退職させる、何ていうことを平気で言いだされるんですから。そんなことを言ったりされるのは、すなわち経営者としての責任を放棄することでしかないというのにですよ。そして現に仕事を受注するための努力もしないまま、ただ単に社員へ当たり散らすことしかできずにおられるようですし」
「しかし実際に仕事が減ってしまった以上、今まで通りの社員を雇用しつづけるわけにはいかないのも事実だろう。そんなことをしたら会社がつぶれ、他の社員にまで被害が及んでしまうじゃないか」
「確かに一部の社員を退職させなければ、他の社員の雇用を維持することができないという場合もありうるでしょう。ところが菱田社長の場合、決して社員の生活のことを考えてなどおられるわけではありません。ただ単に自分の取り分を維持したいがためにだけ、人件費の出費を抑えようと目論まれているに過ぎないんです。ご自分が今後も今まで通り、ぜいたくな暮しを続けていくためにね。そんな身勝手を菱田社長が改めさえすれば、まだまだわが社が生きながらえていくための手だては探せるはずだと思いますよ。そのためにも菱田社長には、ご自分の落ち度を素直に認めていただかなければ」
「仮にも一つの会社の社長という立場にある人間が、その会社の社員に対して謝罪をするというのは不可能だろうさ。それでは社員に対する社長としての立場が、全く損なわれてしまうからね。社長という立場ともなれば社員に対する権威というか、メンツというものだってあるわけなんだし」
「けれども菱田社長の場合は、すでに権威やメンツだなんて全く存在していませんよ。もはや社内の誰にとっても、きわめて明らかなことなんですからね。いかに菱田社長という人が、経営者としての能力に不自由しておられるかということは。したがって今さら社長が権威やメンツを気にしたりすればするほど、かえって滑稽にしか感じられないことでしょう」




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