「他ならない菱田社長の独り善がりが原因で、ここまで会社の経営が傾いてしまったわけじゃないか。にもかかわらず菱田社長は、そのことを全く自覚できていないからね。でもって全ての責任を、社員の我々に転嫁してしまっているわけだ。しかし本当の原因を菱田社長が正しく認識できないかぎり、この会社の経営が立ち直ることはありえないはずだと思うよ」 「そういえば、こないだの菱田社長は笑わしてくれましたねえ。この会社では俺がスターだ、でしたっけ。この会社にとっては俺の存在こそがセールス・ポイントなんだ、とか何とかとも言っていましたし。あれを本気で言っていたのだとすると、かなりめでたい神経の持ち主だと見なす必要がありそうですが」 「全くの本気で言っているんだよ、菱田社長は。あの人には自分の客観的な姿が、少しも見えていないからな。まわりの人の目に自分の言動が、どれだけこっけいに映っているのかということもね。だからこそ身のほど知らずにも、ああいうことを正気で言えるのだろう。菱田社長が自分を偉く見せようとすればするほど、ぼろが出るだけだということに気がつけるだけの頭もないのさ」 「知的な能力に不自由しておられる人は、自分より頭がいい人の考えを理解できませんからね。自分より頭のいい相手が身近にいても、その事実にすら気がつけないんです。相手の方が自分より頭がいいということを、どうしても認めたくないという心理が無意識のうちに働くのかも知れません。ですから菱田社長の場合も、まわりの皆から自分が馬鹿にされているという事実に気づいていないのでしょう。だからこそ他人にはこっけいにしか感じられない、ああいう身のほど知らずな自信を抱きつづけていられるんですよ。そうやって考えてみると菱田社長って、もしかしたら本人は実に幸せなのではないでしょうか。自分は頭がよくて偉いんだという幻想に、いつまでも疑ってみることなく浸りきっていられるわけですから。たとえ周囲の人間からは蔑まれていようとも、その事実に本人は決して気がつかないまま終わるのでしょうし」 |