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真・Water Gate Cafe
談話室

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 ――動く物も、音も無い静まりかえった世界。雲が低くたれこめ、昼か夜かもわからない薄暗
がりの中、周囲はただ、砂と岩だけが転がる荒涼たる地面。その中に美里はいた。
「また・・・、この景色・・・・・・。毎晩、同じ夢ばかり・・・・・・。ここは、一体どこな
の・・・・・・」
 辺りを見回す彼女の側にあるのは、不安と孤立感だけだった。 
『美里葵・・・』
 突如、名を呼ばれた美里は、反射的に声がした方を振り向く。
「・・・誰なの?」
『おいで・・・』
 あちこちに視線を巡らし、声を出しても、何も見つからない。ただ、声だけが聞こえるのだ。
「あなたは、一体・・・」
『おいで、葵・・・、ボクの処へ・・・』
「お願い・・・姿を見せて。私をここから出して・・・お願い・・・・・・」
 姿無き声の主に向かって、美里は懸命に呼び掛ける。しかし・・・。
「・・・ダメだよ。そこが一番安全なんだ。だって、ボクが・・・、このボクが見守ってるんだ
から。安心して、葵・・・。ボクが君を護ってあげる。誰にも君を汚させはしないよ・・・」
 美里に呼び掛けていた男・・・黒い詰襟の学生服を着た小柄な少年がそう呟いた時、横あいか
ら声が掛けられた。
「・・・ねェ。いつまでも、そんな女相手にしてないで、そろそろ始めようよ」 
「あ、亜里沙・・・」
 少年は振り向くと、声の主・・・扉を開けて、入って来た長身の少女の姿を見、名を口にした。
「で――? 今日は、どいつにするの?」
「や、やっぱり、あいつだ・・・。だって、ボクの上履きを、焼却炉に捨てたんだ。ボクは止め
てっていったのに・・・。あいつら、笑いながら・・・・・・」 
 亜里沙と呼ばれた少女の問に、少年の顔が怒りに代表される、複数の負の感情に歪み、彩られ、
声にもそれと同じ物が満ち溢れた。
「そうよ・・・。許しちゃダメ・・・。復讐するのよ・・・。おんなじ苦しみを味あわせてやる
の・・・・・・」
「う・・・うん・・・」
「あなたの心の苦しみを判らせてやるのよ・・・」
「ど、どんな風にしようかな・・・?」
「フフフッ、あなたの思うままに・・・」
 口元に薄い笑みを浮かべ、少年の耳元で囁く様に、言葉をかける。
「・・・・・・」
「そう、あなたの・・・、望みのままに・・・・・・」
「誰か・・・、助けて・・・・・・」
 その必死の呼び掛けも届く事は無く、美里の心は押し寄せる、不安と孤立感、そして絶望に
追い詰められつつあった・・・・・・。
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 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第伍話「夢妖」其の壱
――異伝・東京魔人学園戦人記・第伍話『夢妖』――
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 ――ゴールデンウイークも終わった五月上旬。
 転校して一月になるが、渋谷での鴉事件も片がつき、(今の所)俺は全うで、平穏な学生生活
を過ごしている。
 この日も、朝から真面目に授業を受けている。中間テストの日程も交付された事だし、手を抜
いたツケは必ず利子付きで自分に返って来るのだから、疎かには出来ない。
「・・・それじゃあ、今日はここまでにしよう」
 終業のチャイムがスピーカーから流れ、七限目、本日最後の授業である生物が終わった。
「今日レポートを忘れた奴は、明日必ず俺の所へ持って来る事」
 教材を纏めながら、三年の生物を担当している、犬神先生はぐるりと教室全体を見回し、言葉
を続けた。
「いいな。――特に、蓬莱寺」
「へーーいッ」
「・・・・・・。みんな、すぐ掃除にかかるように」 
 言われて、なげやりな返事をする京一を先生は一瞥した後、一言言い残して教室を出ていく。
 そして掃除の後、帰りのHRに入る。学校からの連絡、通達事項が担任から伝えられた後、挨
拶をして、今日もまた、一日が終わる。
「・・・ッたく、冗談じゃねェぜ」 
 教科書等を鞄に詰めて、席を立った時、不機嫌な声がした為そちらを見れば、京一が撫然とし
た顔で立っている。
「犬神のやろー、絶対オレを目の敵にしてやがるぜッ。オレだけ四回も当てやがってッ」
 ふくれっ面で、そうぶつぶつと不満を漏らす京一に、桜井がツッコミを入れる。
「よくいうよッ。指されるまで、熟睡していたくせに。そういうの、自業自得っていうんだよッ」
「しょうがねェだろ? 午後の授業なんて、眠いに決まってんだよ。今日みたいな天気のいい日
は、こう・・・、ボーッとお空を眺めて・・・、オネーちゃんのこと考えてだな。の〜んびりし
たいもんなんだよ。風間、お前もそうおもうだろ?」
 桜井のツッコミに反論した後、話を俺に振って来る。
「全然、全く、微塵も思わん」
「あァ、そうですか・・・。ノリのわりーヤツだぜ」
「・・・そもそも、その手の話題を俺に振る事自体が、間違いだ」
「へいへい、オレが悪うございました」
「京一・・・。お前は相変わらず、風間に下らないことをいってるのか」
「あッ、醍醐クン」
 ずいと、現れた四人目の名を桜井が呼び、言われた京一は「ケッ!」と舌打ちして、そっぽを
向く。
「随分と荒れてるな。おおかた、まだレポートの、レ、の字もやってないんだろ」
「うるせェな。余計なお世話だッ」
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「はははッ。図星か」
 険のある表情で、醍醐を見やる京一だが、その態度と表情自体がすべてを物語っている。醍醐
は『やっぱりな』といった風に笑い、京一は再度舌打ちして黙り込む。
「それにしても、京一ッて――」 
 二人の会話が途切れた所へ、桜井が別の話題を振って来る。
「なんでそんなに、犬神センセの事嫌がるのさッ。ねェ、風間クンはどう?」
「別に。不興を買う様な事をした憶えは無いし、先生に対し、含む様なところは無いがな」
(ただし、教師としては、な・・・。この前の花見の時見せた、視線といい、言動といい、私人
としては油断ならん相手だ。雰囲気的には、積極的な敵対者と言うより、武装中立とか、傍観者
みたいな感じを受けるが・・・)
「そう? ま、余り話す機会もないし、わかんないよね」
「だいたい、あいつは陰気なんだよッ。マリアせんせのケツばっか追っかけ回しやがってッ」
「そうなの? ボクは、マリアセンセーの方が犬神センセーを、気にかけてるとおもってたんだ
けど・・・・・・」
「んなコトあるワケねーだろッ」
「そーかなァ」
 と、桜井は小さく首をかしげ、京一は声と表情双方に、不機嫌と言う名の雲をまとわりつかせ
ながら、言い切る。
「とにかく――、なんか虫が好かねェんだよッ」
「はははッ。ずいぶん嫌われたものだな、犬神先生も。あと半年ちょっとのつきあいだ。我慢す
るんだな」
 そう言って、京一を諭した後、醍醐はもう、俺達以外誰も残っていない教室を眺めた。
「ところで、美里の姿が見えないが、どうしたんだ?」
「葵なら生徒会の広報がどうとかって新聞部に行ったよ」
「新聞部ゥ〜? あんなトコにひとりでいったら、アン子にヤられちまうぞ」
 遠野に聞かれた物なら、平手打(スパンク)を1ダースばかり、まとめて貰いかねないセリフ
・・・と言うより、減らず口を京一は叩く。
「相変わらず、ムチャクチャいってるなァ」
 桜井が呆れた様な声を出した時、ドアの開閉音がして、新たな人影が教室へと入って来た。
「あッ、ほら、帰ってきたよ」
 見れば、小脇に分厚いファイルを携えた美里が立っている。俺達を見るとゆっくりとした足取
りで近づき、手にしたファイルを自分の机の上に置くと、話に加わる。
「どうしたの? みんなで集まって・・・」
「へへへッ。生徒会も大変だなァって、はなしてたトコ」
「ありがとう、小蒔」
「美里。お前ちょっと、顔色悪いぞ。どこか、調子でも悪いのか?」
 女性陣二人の会話に、醍醐が割って入り、桜井も美里の横顔を見やる。
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「ほんとだ・・・。大丈夫? 葵ッ。調子悪いなら、早く帰って休んだほうがいいよッ。ねェ、
風間クン」
 桜井に聞かれた俺は、美里の顔に視線を投げかけた。
 ――確かに、白せきと言う表現を思わせるぐらい、美里の肌は白いが、この場合は血の気が失
せた、もしくは生気の不足を感じさせると言うべきか、不自然なまでの白さだった。・・・肉体
や精神的な疲労が原因の、貧血か?
「・・・そうだな、体調が良くない時に精励しても、良い仕事は出来ん。無理はせん事だ」
「ありがとう。でも、私なら大丈夫よ」
「そうか」
「もうすぐ、アン子ちゃんが来るから・・・、そうしたらみんなで帰りましょう」
「うッ、うん・・・。でもホントに――」
「おっまたせェーッ。おッ、あいも変わらず揃っているわね、皆の衆」
 声と共に、入って来た人物・・・言わずと知れた、真神一の厄介事創造者(トラブルクリエイ
ター)の姿をちらっと見た京一は肩をすくめつつ、呟く。 
「うるさいのが来たぜ・・・・・・」
 全くもって、同感だ。
「なによ、京一ッ。辛気臭い顔してッ。あんたは、のーてん気さ『だけ』が取り柄なんだから」
「オレは、お前と違って、悩み多きふつーの高校生なんだよッ」
「あら、失礼ねッ。あたしだって悩みぐらいあるわよッ。たまには目覚ましや、原稿から逃れて
――、思いっきり、眠りたいときもあるんだから」
 それを聞いた醍醐は以外そうな表情を見せ、笑い出す。
「ははははッ。バイタリティーの塊の遠野の口から、そんなセリフがきけるとはな」
「お前にも人間らしい、ところがあったとはね・・・」
「なによッ。一体あたしの事、なんだと思ってんのよッ」
 そう醍醐と京一に食って掛かった後、大欠伸をした遠野は眼鏡を外し、目元を擦る。
「昨日だって、一晩中原稿書いてたから、眠くってしょうがないのよ。風間君だって、一日中寝
ていたいって、思う時あるでしょ?」
「生憎、一人暮らしをやってると、そう言う考えとは自然と無縁になっていくんでな。思った事
は無い」
「なによ〜ッ。あたしだって毎日、頑張ってんのよ。たまには、休息も必要なんだからッ」
「いっその事、ずっと休んでてくれ。それが世の為、人の為、ついでに言うなら、俺の精神衛生
の為だ」
「ひっど〜いッ、そういうこと言う訳!?」
 遠野と俺が戦りあう一方、桜井が遠野の声に同意した。
「でも、夢もみないで、ゆっくり眠りたいっていうの、ボク、よくわかるなァ・・・。昨日の夜、
ヘンな夢見ちゃって、寝不足気味なんだ」
「ふーん、変って、どんな夢だったの?」
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「うん、えーッとね・・・。おかしな夢・・・」
 興味を示した遠野が桜井の方を向き、桜井は軽く眉根を寄せて、何を見たか思い出そうとして
いる。
「確か・・・、目の前に道があって、どこかへ行こうとしてて・・・、ボクはその道を、どんど
ん歩いていくんだ。それで、しばらく行くと、道がふたつにわかれてるんだけど、さらに行くと、
開けた場所があって、目の前には、乗り物がいっぱい並んでるんだ。列車や飛行機、バイクもあ
った。それで、どれに乗って行くか、すごく迷ってんの」
「飛行機の横にバイクかよ? お前の夢も、適当だな」
「それが、夢ってもんでしょ」
 京一が『何だそりゃ?』と言いたげな顔をし、遠野はそっけなく答える。
「それから、えーっと・・・。う〜ん、夢って思い出すの難しいなァ・・・・・・」
 そこで数秒間目を閉じ、額の辺りを指先で軽くつつく。
「そうそう――、結局乗り物には乗らずに、歩く事にしたんだ。またその道が長くてね。疲れて
目が覚めちゃった」
「疲れて目が覚める、か。・・・桜井。何か、悩みごとでもあるのか? それとも、ストレスが
溜まっているとか」
「あははッ。考えすぎだよ、醍醐クンは」
「あらッ、桜井ちゃん。そんなことないわよ。夢って、心の奥にしまわれた意識の象徴だってい
うわ」 
「相変わらず、大げさだな、アン子は。夢なんて、ガラクタの寄せ集めみたいなもんじゃねェか。
だいいち、夢のこと気にしてたらおちおち眠ってもいられねェ」
「まったく・・・、あんたの気楽さには頭が下がるわ」
 京一の声に、遠野は呆れた様に首を振りながら、出来の悪い生徒に向かう教師の様な口調を作
る。
「いい? 昔から、夢は神のお告げ、魂の働きだといわれてたのよ」
「夢占いってやつか」
 醍醐の声に小さく頷き、話を続ける。
「そうね。そういうのを、幻象心理学って呼んだりするんだけど、誰でも簡単に判断できるよう
になってる本も、結構あるわよ。そうね・・・。うろ覚えでよければ、桜井ちゃんの夢、解析し
てあげよっか?」
「ホント!? やって、やって!!」
 妙に嬉しそうな声を出す桜井に頷き、遠野は話し出す。
「まず――、どこかへ出かけるというのは、確か・・・、旅立ちとか、人生の漠然とした、予告
を表しているとおもったわ」
「そうなんだ・・・。じゃあ、乗り物や歩くのも?」
「うん。それにも意味があって、その人の人生の過ごし方や、行動の仕方を表しているの」
「へェー」
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「列車はレールに乗った無難な人生。バイクは機動性と自由、危険。飛行機は――解放」
「でも、ボク、結局、歩いたんだ」
「うん、そこが桜井ちゃんらしいっていえば、らしいわね」
「・・・・・・?」
「歩くってことは自分の力で、人生を切り開くって事だから」
 それを聞いた桜井が照れくさそうに笑う。
「途中で目が覚めたようだけど、人生に迷いがあるのかも・・・」
「うん、そうなんだ。進路指導も、もうすぐ始まるしね。自分が何したいか、まだよく分かんな
くて・・・」
「そっか・・・。そうだよね」
「進路、か・・・。まァ、避けては通れない道だろうな」
「そーだよねェ」
 腕組みした醍醐も、真面目な表情で言い、桜井が相槌を打つ。
「美里は、大学進学だろ?」
「えェ。でも・・・、正直いうと、私もまだ、何をしたいのか、はっきり、決められないでいる
の・・・・・・」
「みんな、そんなもんだって。そういえば、アン子も大学目指すんだっけ?」
「まァね」
 遠野と桜井が話す横で、醍醐が俺を見た。
「風間、お前はどうなんだ? その・・・、卒業してからの事とか・・・」
「俺は進学だ。不況に加え、年功序列が崩壊したからな、高卒出のサラリーマンでは食っていけ
ても、先は無いし、使い捨てのコマにされるのがオチだ。自分の価値を少しでも高める為にも進
学して、社会で通用するに足る知識や技能を身に付けて、更にそれを生かせる様、努力をするさ」
「そうか・・・、おれは、勉強を教えてやる事はできんが・・・、頑張れよ」
「ああ」
「将来の夢に、夜見る夢――。夢もいろいろだな・・・」
「そうだね。こうやって考えると、夢って、なんかステキだなァ」
「夢はいつか醒めるから、夢なのよね・・・。それが、もし、醒めなかったら・・・」
「どうしたの? アン子」
「なんだよ、いきなり・・・」
 不意に口調を変えた遠野に、桜井と京一は当惑と疑問の色を浮かべるが、構わず遠野は話し出
す。
「最近、墨田区周辺で起こってる事件、知ってる?」 
「ん・・・。原因不明の突然死や謎の自殺ってやつか?」
「えェ」
「それと夢が、なんの関係があるっていうんだよ?」
 京一がそう言った時、醍醐の眉が急角度にはね上がり、遠野を見た。
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「まさか、また――」
「まだ、はっきりした事は、いえないけど・・・、ここ1週間で6人・・・。普通じゃないでし
ょ? 警察もハッキリとは公表してないけど、あたしの仕入れた情報によるとね・・・」
 遠野はポケットから手帳、鞄から新聞の切り抜き等が入ったバインダーを取り出した。
「死んだ人間には、奇妙な符号があるの」
「?」
「一見、何も関係ない彼らを繋ぐキーワード・・・。それは――夢」
「夢?」
「そう・・・、夢。夢を見ながら、死んでいく人。夢を残して、自ら命を絶つ人。全ての人が夢
に関わって、その命を落としているわ」
「どういうことなの、アン子?」
「・・・前日の夜まで、変わりなかった人が、朝、布団の中で冷たくなって発見された事――。
自殺者の中に夢に悩まされていた人が多かった事――。中には夢見のせいで、気が狂って自殺に
及んだ人もいる・・・。しかも、その全ての事件が墨田区とその周辺で起きている――」
「謎の多い事件だね」
「犠牲者は墨田区に住む者。そして、夢の中に、真実が隠されている・・・か」
「馬鹿いうなよ。そんなもん、証明のしようがないじゃねェか」
「残念ながら、今の段階では、警察もお手上げね」
 桜井、醍醐、京一の順に喋り、遠野がそう括ったが、置いてあったバインダーを見ていた桜井
が、何かに気付いたのか、ページをめくる手を止めた。
「そういえば・・・、犠牲者って学校関係者や、ボクたちと同い年の子が多いよね」
「そう・・・。他人ごとじゃないでしょ」
「そうだね・・・。渋谷のときみたいに、また誰かがやってるんだとしたら――」
 そこで、何気なく首を動かした桜井の表情が強ばり、声が急変した。
「葵・・・。葵ッ、どうしたの!? 顔が真っ青だよッ」
 ――桜井の言葉は嘘では無かった、美里の表情は、蒼白を通り越し、まるで蝋人形の様な生気
のかけらも無い物だったのだ。次の瞬間、美里の全身から力が抜け、ぐらりと上体が泳いだ。
「おいッ、美里!!」
「葵ッ――!!」
 俺は手を延ばし、美里が床に倒れ込む寸前に、支える事が出来た。
「葵ッ!! しっ、しっかりして、葵・・・」
 俺が片手をかざし呼吸を確かめる横で、桜井が呼びかけるが、完全に意識を失っており、微動
だにしない。
「やはり、よほど調子が悪かったんだな・・・。あの時、無理にでも帰しておくべきだったか」
「ボクが・・・ボクが調子にのって、夢の話なんてしたから・・・・・・」
「落ち着け、桜井。なにも、お前のせいじゃない」
「んなコトいってる場合かよッ。こうしてても、美里の状態は、よくはならねェだろ。とりあえ
ず、保険室に運ぼうぜ」
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「う、うん・・・」
 京一の声に頷いた後、桜井がためらいがちに口を開く。
「葵、笑っていってたから、ボク気にしてなかったんだけど・・・、最近、よく怖い夢を見るっ
ていってたんだ・・・。起きた時には、もうよく覚えてないんだけど、でも、時々眠るのが怖い
ぐらいだって・・・いってた」
「それって、いつ頃からなの?」
「確か――、墨田区にあるおじいさんの家に、遊びに行った頃からだって・・・」
「墨田区だと?」
「まさか・・・」
 桜井の話を聞き、同様の危惧を抱いたのか、京一と醍醐が顔を見合わせる。
「・・・その可能性もあるわね。もしそうなら、保健室よりも――そうッ、霊研で、ミサちゃん
に診てもらうのはどう?」 
「――なにいってんだ、アン子!! 美里は突然倒れて、意識がないんだぜッ!? まず、医者
にみせるのが筋ってもんだろうがッ。こんなときに、裏密なんてあてになるかよッ!!」 
 猛然と反ぱくする京一に、遠野は冷静に切り返す。
「馬鹿ね。こういう時だからこそ、あてになるんじゃない」
「でも・・・。もし、大変な病気だったりしたら・・・」
「うーむ・・・、裏密か。確かに、遠野のいう事も一理あるな」
「これで、2対2ね・・・。風間君は、保健室と霊研、どっちなの?」
 ――俺は基本的に、勘や閃きといった物を判断や行動する際の根拠にはしない。勿論、『第六
感』的な要素その物を否定や軽視するつもりは無いが、平時において、不確かな予測や勘を頼り
に行動する程、愚劣な事は無い。戦闘時なら、尚更だが、この時ばかりは、俺は勘に頼った。
「・・・・・・霊研だ」
「やっぱり、霊研よね。行くだけ行ってみよう」
 遠野が頷く一方、京一が別世界の住人を見る様な視線を向けて来た。
「風間・・・、オレはお前の頭の中を疑うぜ・・・」
「でも、ミサちゃんなら、もしかしたら、なんとかしてくれるかも・・・・・・」
 桜井が思い直す様に呟き、俺を見る。 
「風間クン、葵を抱いて、霊研まで運んでくれる?」
 頷き、ぐったりとした美里の体を横抱きに抱え上げる。両手が塞がるが、荷物を持つ様に病人
を、肩に担いだり、小脇に抱える訳にはいかない。
「風間、いつでも、代わってやるからな」
「キミには頼んでないのッ!!」
「お前と遠野は荷物持ちだよ、美里と俺の鞄を持ってろ」
「へいへい」 
「京一、先に廻ってドアを開けろ」
 醍醐の声に、鞄を持った京一は半ば駆け足でドアへ向かう。そして美里を抱えて歩き出す俺に
歩調を併せて歩く、桜井の小さく祈る様な声が聞こえた。
「葵・・・。しっかり・・・」

         第四話『夢妖』その2に続く・・・。
  ……第伍話「夢妖」其の弐へ
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