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真・Water Gate Cafe
談話室

 「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第四話「魔鳥」其の四
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  ■代々木公園内――工事現場■

 俺達は雨紋に案内され、公園内を進んでいったが、十分程歩き続けた所で、雨紋は立ち止まっ
た。
 ・・・何かの建築現場なのか、高さ数十mの鉄柱の周囲には建材やセメント袋、それに鉄骨が
積み上げられ、クレーン車やトラックが数台止まっている。
「ここは・・・?」
「ココには、塔が建つらしい。カラス騒ぎで、今は工事が中断しているらしいがな」
「うわー・・・。なんか、イッパイ飛んでるよ。これなら、人間の一人や二人食べちゃうかもね
・・・」
 確かに桜井の言葉通り、ざっと見ただけでも、上空に数十羽程の群れがダース単位で存在して
いる。それに新手がどこからともなく飛来して、群れに加わる事で数が加速度的に増えつつある。
「どうやら、襲ってくる気配はないな・・・。あの、唐栖という奴が命令しているのか?」
 桜井に続いて空を見上げた醍醐は雨紋に話しかけ、雨紋は首を縦に振る。
「ヤツは、この上にいる。いつも高みから、偉そうに地上を見下ろしてンのさ」
「・・・・・・」
「風間っていったっけ。あンた、高いトコは大丈夫か?」
「ああ。『すくんで動けん』なんて事は無い」
「そうか・・・。なら、いいンだけどよ」
 俺の返事に頷く雨紋だが、そこへ京一が茶々を入れてくる。
「まあ、ナントカと煙は高いトコが好きっていうからな」
「こらッ。風間クンに失礼だろッ」
「自分の事を言っているのか、京一?」
 実りのない会話をする俺達の横で、醍醐は腕組みする。
「足を踏み外せば、一巻の終わり・・・か」 
「なァに、心配する事ないって。下見なきゃ、いいのさ」
「そういう問題かよッ」
「ハハハハッ」
 京一の突っ込みに、雨紋は笑い声を上げるが、その横顔に京一が視線を向けた。
「それより――、お前、あの唐栖って奴と知り合いなのか?」
「――――」
 しばらく雨紋は押し黙っていたが、塔を登っていく途中の道すがら、ぽつぽつと語り始めた。
「ヤツは――唐栖亮一は、二ヶ月前、オレ様の通う渋谷神代高校に転校してきた男だ。あいつも、
始めから、あァだったワケじゃない。あいつが変わり始めたのは、ここひと月ぐらい前からさ。
転校してきたばっかで、友達もほとンどいなかったヤツだが、オレ様とは、席も近かったせいか
よく話をした。そのヤツが、あの日・・・」
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 その日、唐栖に呼び出された雨紋は、奇妙な話を尋かされた。話の内容は『神を信じるか?』
から始まり、そして当惑する雨紋の前で、唐栖はこう言ったそうだ。 
 ――神は、等しく生きとし生けるものを創ったというのは間違いであると、そして神が真に創
り出したのは、二種類の人間・・・。つまり、<力もつ者>と<もたざる者>であり、人は生まれな
がらにして、その資格を定められていると・・・。
 更に、こうも言った。『自分は選ばれた・・・神たる<力>を持つ者によって――』・・・そこ
で雨紋の話は終わった。

「<力もつ者>・・・だと? 雨紋。そいつは、確かにそういったのか?」
 話を聞き終えた醍醐が雨紋に問いただし、それを雨紋は肯定した。
「醍醐クン・・・」
「その人も、雨紋くんや私たちと同じ・・・」
「うむ・・・・・・」
 桜井と美里の声に、醍醐は深刻な顔で考え込む。その後ろにいた京一も舌打ちの後、顔をしか
めた。
「どーも、今年になってから、わけのわかんねェ事が立て続けに起こりやがる。人間をカラスの
餌にしたがる奴はいるわ、旧校舎でおかしなコトに巻き込まれるわ――、変な技を使う奴は転校
して来るわ・・・。なァ、風間?」
「一緒にするな、一緒に・・・。俺は温厚かつ、善良な平和主義者で常識人だぞ。変人扱いする
んじゃない」
「けどよ、お前も充分、普通じゃないぜ? まァ、それだけお前の腕を認めてるってことだけど
よ」
 とか何とか言ってる間に、終点である塔の頂上が見えて来た。雨紋が俺達を見る。 
「引き返すンなら、今のウチだぜ?」
「そうだな・・・。美里、桜井・・・。本当に、大丈夫か?」
「もうッ、くどいッ!! 女にだって二言はないのッ!!
 まったく、醍醐クンは、余計な心配し過ぎなんだよッ。ね、風間クンもそう思うだろ?」
「・・・そうだな。今更心配するくらいなら、どうして最初俺が反対した時、それを支持しなか
った? 一旦、連れて行くと決めた以上、中途半端な態度はとるな」
 ・・・更に付け加えるなら、二人だけを帰したら、かえって危険度が増す。近くにいない事に
は守ろうにも守れんし。最悪、俺達が唐栖の相手をしている時に、奴の差し向けた鴉共に二人が
襲われる可能性が有る。もしそうなったら最後、目も当てられん)
「ホントだよッ。もうちょっと信用してほしいよね!!」
「小蒔ったら。醍醐くんは、私たちのこと本当に心配してくれてるんだもの」
「心配していたつもりが、余計な気を使わせたようだな。すまんな、美里。桜井も・・・」
「えッ、ううん。ゴメン・・・変なコトいって」
「よし・・・、行くぞ。風間も、京一も、雨紋も、気を引き締めていけよ」
「わかってるって」
「上等だぜッ」
 醍醐の声に、京一と雨紋は威勢良く答え、得物を取り出し、桜井もそれに倣う。俺は返事の代
わりに、手甲に包まれた片手の指を鳴らし、同時に精神を臨戦体制へと移行させた。
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 ――俺達は、塔の最上部へと辿り着いた。足場と呼べる物は、俺達が立っている所の他には、
所々に畳半分程の物があるだけで、それ以外は幅20センチ足らずの鉄骨が剥き出しになってい
る。風も強く吹き付けて来る為、『戦場』とするには、甚だ闘い辛い場所だ。
 そして奴は一番奥、広い足場と小さなプレハブの小屋が有る辺りに立っていた。
 俺達を見るや、声を掛けて来る。
「クックックッ・・・。待っていたよ――。ここから、君たちを観察しながらね」
「ケッ。悪趣味な野郎だぜ。こんな高い所から見下ろしてりゃ、さぞやいい気分だろうな」
 京一が嫌悪の表情を浮かべながら、皮肉った。
「クックックッ・・・。もちろんだよ。ここからは、この汚れた世界が良く見渡せる。神の地を
冒涜せんと、高く伸びる高層ビル――、汚染された大気と水――、そして、その中をウジ虫の如
く、醜く蠢く人間たち――、人間とは、愚かで、汚れた存在なんだ・・・。もはや人間という生
き物に、この地で生きる資格はない・・・」
 延々と続く耳障りな台詞を、桜井の怒りの声が遮った。
「勝手なコトいうなよッ!! そういうキミだって、人間じゃないかッ!! なのに、どうして
そんなこと・・・」
「僕が? 君たちと同じ、人間だって!?」
 わざとらしく聞き返した後、悪意に満ちた嘲笑を浮かべた。
「冗談じゃないね。僕は、神に選ばれた存在なんだ。僕はもうすぐここから飛び立つ。堕天使
(カラス)たちを率いて、人間を狩るためにね・・・」
 ――この時点で、俺はこいつに対する人道的な対応、並びに、『平和的な交渉と解決』という
選択肢を全面的、かつ完全に放棄した。これ以上口を動かしても時間の無駄であり、こいつとは
妥協も融和も有りえない。金輪際、妙な妄想を抱けぬ様、徹底的に叩き潰し、せん滅するだけだ。
「冗談もほどほどにしなッ」
 雨紋が一歩前に出た、真っ直ぐに唐栖を見て、語り掛ける。
「唐栖よ――、この世に選ばれた人間なんていやしねェ。テメェだって、わかるだろ。腐った街
なら、これからオレたちで変えていけばイイじゃねェか」
「・・・・・・」
「なッ? 唐栖。オレ様とやり直そうぜッ」
「クックックッ・・・」
 唐栖が漏らす笑いを聞き咎めた雨紋は、口を閉ざした。
「相変わらず、甘い事をいってるんだな、雨紋・・・。この東京(まち)で、何を信じろってい
うんだい・・・? 日々おこる、殺人、恐喝、強盗。犯罪の芽は摘んでも摘みきれない程、この
世に溢れている・・・。粛正が必要なんだよ・・・、この東京(まち)には・・・」
「唐栖・・・」
「黒い水に、たった一滴、澄んだ水を垂らした所で、その色が、変わろうはずもない」
「・・・・・・」
「雨紋・・・。君こそ、どうして僕に従わない? 君だって、神に選ばれた証たる、<力>をもっ
ているのに。それから――、君たちもね・・・」
 奴の視線が俺達を嘗める様に動き、一点で静止した。
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「特に、君・・・」
「えッ・・・」
「そうーー、君だよ。美里 葵・・・」
「なぜ、私の名前を・・・」
「鴉(こども)たちが教えてくれたのさ。僕の可愛い鴉たちがね・・・」
「・・・・・・」
「僕たちの<力>は、東京(このまち)を浄化する為に、神から与えられた物だ。そして――、君
のその美しい姿は、この不浄の街に降り立つ僕の傍らにこそ相応しい・・・。そこの君も、そう
はおもわないかい?」
 俺は言下に否定し、同時に灼熱した毒舌の斬撃を浴びせ掛けた。
「全く、思わんね。貴様は人間が嫌いらしいが、俺の嫌いな物ベスト3は『馬鹿とナルシストに
変態』だ。貴様はその全ての条件を一人で満たしている、非常に希有で、不愉快な奴だ。『世界
は汚れている』? 貴様の性根に比べたら、遥かに清潔だよ」
「クックックッ・・・。強気でいられるのも、今のうちだけさ。そう――、君たちはもうすぐ死
ぬんだ。僕の可愛い鴉たちに全身を喰い尽くされてね」
「美里・・・。こんな奴のいうことを真にうけるな」
 醍醐が美里に囁いた。そして奴は薄汚い手を美里に向け伸ばした。
「クックックッ・・・。さあ来るんだ。何も、悩むことなんてないはずだろ?」
「私は――、私は・・・、あなたとは、行けません」
 美里は低いが、はっきりとした声で拒絶した。
「葵・・・」
「ここにいるみんなは、私の大切な・・・仲間だから。それに、私は信じています。人間のもつ
優しい心を。誰かを愛し、護ろうとする力を――。もしも・・・あなたが、みんなに危害を加え
るというのなら、私は――」
「大切なもの・・・だって? そんな事のために、僕の誘いを断るのかい? クックックック。
下らない・・・」
「・・・・・・」
「そんなもの――、僕が手に入れたこの<力>の前では塵に等しい」
 以前、旧校舎で俺達が体験したのと同じ様に、奴の全身から光が放たれる。但し、奴を包み込
む光は、禍々しい色調・・・どす黒い赤だ。
「わかったよ・・・。僕を拒む奴らはみんな死んでしまえばいいさ。お前らもみんな――、お前
らの信じる希望ってやつと一緒に死ぬがいい・・・」
 笛を取り出し、下手糞な演奏を始める。そして上空を旋回する鴉共の群れから、数十羽がこち
らに向かって来る。数羽は、奴の近くに留まったが、残りは全て俺達に向け飛来する。
「ほざくな下種が!! 貴様如きに俺が殺せるか!!」
 俺は深甚な嫌悪と侮蔑を込めて吐き捨てると、右手に気孔波を充填つつ、前に出る。
 ――戦闘開始だ。
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 ――闘いは、この前の美里救出時のコウモリ共との戦闘の一部再現だった。男四人で円陣を組
み、中に美里と桜井を入れる。基本的に桜井の弓を主力とし、俺達は『発剄』をメインとし、近
づく奴は直接打撃で迎え撃つ。 
 そして本人曰く、『後のお楽しみ』等と言っていた、雨紋の能力・・・、それは『雷』を操る
と言う、強力な物だった。
『ライトニング・ボルトォッ!』
 雨紋の指先から放たれた雷撃が、複数の鴉を捉え、一瞬で消し炭に変えた。
 それだけでは無く、手にした槍に自身の能力である『雷』を組み合わせてある。
『旋風輪ッ!!』
 雷撃を帯びて輝く槍が水車の様に回転し、槍先にかけられた、いや雨紋の周囲数mに近づくだ
けで鴉共は、殺虫剤を浴びた虫のように次々と墜ちて行く。
 そして俺達も、雨紋を上回るペースで鴉共を片付けて行く。この前の旧校舎行きは無駄では無
く、皆少なからず、力をつけていたようだ。
 ――しかし、いくら鴉共を叩き墜しても、所詮いくらでも補充が効く捨て駒だ、唐栖を叩かな
い事には埒があかない。現に数が減ったのを見た奴は、既に新手を呼び寄せている。
 俺は京一と醍醐に声を掛けた。
「これ以上つき合ってはいられん。二人は、美里達の直衛を。俺は直接唐栖(ヤツ)を叩く」
「わかった」
「まかせたぜ」
 タイミングを計り、俺は飛び出した。突進と跳躍、加速と方向転換を繰り返し、鉄骨の上を駆
け、奴に向かって突き進む。突撃を掛ける俺を見た奴が指令を下したのか、新手が俺目掛けて殺
到する。それを見てとり、足場の一つで立ち止まると、右手に収束した『気』を足元に向け、解
放した。
『螺旋掌弐式・断空旋ッ!!』
 それを発動させた瞬間、鴉共が俺の全身を包み込む様に襲いかかった。
 
 ――自分に向け突進する男の姿が、鴉共に完全に覆い尽くされた時、唐栖は勝利を確信した。
 貪欲な鴉たちに襲われた人は、苦痛と絶望、哀願の叫び声を上げるが、それが途絶えるのに十
分とはかからない。唐栖はその時間を待つ事には慣れていたが、一分程経つも、一向に断末魔の
悲鳴や、苦悶する声が無い事に気付いた時。予想とは違う別の声が耳に届いた。
「ふん。何が『鴉の王』だ・・・。何が『神に選ばれた』だ・・・。痴れ者め・・・。その身に
教えてやる。生きたまま全身を啄まれるとは、どれ程の苦痛なのかをな!!」
「なにッ!?」
 その瞬間、唐栖の目の前で男を包み込んでいた鴉の塊は爆発的な勢いで吹き飛ばされた。羽が
飛び散り、飛ぶ力を失った鴉共は地面へと落ちていく。
 そして、完全に無傷の男・・・全身に青白いエネルギーとそれ以上に強大な戦意の波動を纏っ
た姿を目にした時、唐栖は『畏怖』と『戦慄』と言う名の感情を自覚した・・・。
「馬鹿な・・・。僕の<力>が、通用しないとでもいうか?」
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 奴はたじろいでいる様に見えたが、まだ戦意喪失には至っていないようで、無意味かつ、無駄
な命令を配下の鴉共に出す。
「さあ、お行き。あいつの目をくり抜いておいで!!」
 唐栖の周りに止まっていた鴉共がその声に従い、上空に舞い上がると、弓より放たれた矢のご
とく、襲いかかる。
 ・・・何をしても無駄だというのに・・・。『断空旋』を防御に使えば、至近距離で撃たれた
散弾銃用のスラッグ弾すら貫通を許さないのだ、たかが鴉に破られる様な物では無い。
 彼我の<力>の差すらまだ気づかないのか? 『神に選ばれた』などと、自称する愚か者め。 
 そして急降下した鴉共が、俺の顔面を強襲するより遥かに早く、俺は両手を振るった。左手か
らは『発剄』を放って一発で墜とし、同時に右手を伸ばして、易々と鴉を掴み取った。
「ふん・・・。こんなトロい攻撃・・・。児戯以下だな」
 そう言い捨てて、軽く力を込め、鴉を握り潰して足元に投げ捨てた後、一歩前へ出た時。 
 奴は笛を持ち直し、新たな曲を吹き始めた。
 その瞬間、凄まじい音が辺りに充満した。例えるなら、蚊の羽音に歯医者のドリルの音、加え
て釘ですりガラスを引っ掻く音をミックスし、数万倍に増幅した様な音をステレオ式のヘッドホ
ンから最大ボリュームで聴かされたと思えば、どれ程質が悪いか想像してもらえるだろう。
 さすがの俺もこれには閉口したが、後ろにいる五人はそんな物では済まなかった。悲鳴が此処
まで聞こえる。
『ぐうッ!!』
『きゃあッ!!』
『の、脳味噌がウニになる〜!!』
 一人間抜けな悲鳴を上げた奴がいるが、実際さっさと片を付けないと、全員難聴になってしま
う。俺は懐から『天津神之玉』を取り出し、足元近くで炸裂させた。
 瞬間。探照灯(サーチライト)を数十個同時につけたのに匹敵する、強烈な閃光が広がった。
 光をまともに見た唐栖が思わず手で目を覆い隠す、それはつまり笛の音が止まったと言う事で
あり、同時に絶好の好機でもあった。 
 俺は間合いを一気に詰めて、立ちすくむ奴に襲い掛かった。
 最初の一撃が顔面に半分めり込み、二撃目は腹部、更に手を延ばして喉元をわし掴みにすると、
プレハブ小屋目掛けて投げ飛ばし、奴は頭からガラス窓に突っ込んだ。
 ガラスの破片が飛び散り、机や道具が破壊され、限りなくやかましい騒音が収まった後、俺は
奴の襟首を掴んで、プレハブ小屋から引きずり出した。ボロ雑巾の様な姿になったが、意識は有
るし、命に別状は無いだろう。
 ――止めをさす必要やつもりは無い。こいつを裁く、又は復讐する資格や権利が有るのは、こ
いつの妄想で殺された人の遺族であって、俺では無い。
 それに俺自身の価値観からすれば、この程度の奴『端悪』であり、憎んだり、殺す様な価値も
意味も無い。ただ、軽蔑するだけの相手だ。
 俺は、引きずり出した唐栖をその辺に放り出し、皆の方に見た。
 どうやら向こうにいる五人も、残りの鴉共を駆逐し終えた様だ。
 あの頭痛音楽の影響が気になるが、近づいて来る皆の顔や様子を見る限り、心配は不要に思え
るので、そのままこちらに来るのを待った。
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「見て・・・。カラスがみんな飛んでく・・・」
 確かに桜井の言葉通り、上空や園内にいた鴉共は四方八方、散り散りになって飛んでいく。
 その様を見送った醍醐は、倒れたまま、低い呻き声を出す唐栖に視線を向けた。
「さっきまでの、邪気が嘘のようだな・・・」
「あァ・・・。もう、あの<力>を使う事もできねェだろうさ」
「そうだな・・・」
 醍醐が頷いた後、雨紋は倒れた唐栖に近寄った。
「唐栖よ――。人間もカラスも同じさ・・・」
「・・・・・・」
「薄汚れて、堕ちて生きていくのは簡単だ。だがな――、心まで、堕ちなきゃ、希望ってヤツに
飛んでいける翼をもっている」
「・・・・・・」
「だから、オレ様は、人を信じている・・・。人の持つ心を――、そして、この街を・・・」
 そう言い終えると、雨紋はきびすを返し、そして俺達もその場に唐栖を残し、足早に立ち去っ
た。
「他にも――、他にも、唐栖(あいつ)やおれ達のような人間がいるんだろうか。異質な<力>を
持った人間が・・・」  
 階段を降りながら呟く醍醐に、雨紋は答える。
「さあね・・・。だが、なにが原因か知らねェが、そういった人間が、オレ様達だけとは、おも
わねェ方がイイだろうな」
「そうだな・・・」
 そこで会話は一旦終わり、地上に降りた所で雨紋が大きく伸びをした後、俺達の方を振り向い
た。
「さてと、それじゃオレ様も帰るとするか」
「もう・・・行っちゃうの?」
「あァ、唐栖の後始末もつけねェとならねェしな」
「そっか・・・」
 どことなく、寂しげな顔をする桜井を雨紋が見やった。
「ン? どうしたンだよ」
「だって、ボクたち一緒に力合わせて戦ったのに、このままさよなら、なんてなんか寂しいじゃ
ないか」
「・・・・・・。オレ様も、あンたたちも、今回は利害の一致で協力した。ただ・・・それだけ
だろう?」
「そんな事は無い。今回だけでなく、これからも、お互いに、うまくやって行けるんじゃないか
?」
「・・・・・・。アンタにとっちゃ、そうじゃなかった、ってことか」
「雨紋、お前これからどうする気だ?」
「そうだな・・・。とくに考えちゃいないけど、アンタらとつるむのも・・・悪かないかもな」
「雨紋くん・・・」
「それじゃ、決まりだな」
 醍醐が手を差し出し、雨紋が力強く握り返す。
「あァ、よろしく頼むぜ」
「オレたちの足でまといになるなよ」
「フンッ――、助けて欲しかったら、いつでもオレ様を呼んでもいいぜ。よろしくな、せ・ん・
ぱ・い――」
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 突っ張り合う京一と雨紋を見ながら、醍醐が不器用に肩をすくめた。
「やれやれ・・・。先が思いやられるな・・・」
 ――そして雨紋と駅前で別れた俺達は、新宿への帰途に着いたがその途中、京一が話しかけて
来た。
「・・・なァ、風間」
「何だ?」
「お前さあ、神なんていると思うか?」
「『神は天におらず、世はすべて兇事(こと)だらけ』ってな。そんなものいないし、仮にいた
としても、大して役には立たんだろうよ」
「・・・だよな。神サマなんていたら、もうちょっと、マシな世の中になってるだろうしなァ
・・・」
「人間が神と正義なんて代物を信じている限り、世の中から、ゴタと厄介の種は消えやせん。そ
れに、どんなに大変で困難でも、地上の面倒や災厄は、そこにいる人間が片付けなきゃならん。
・・・今回の俺達のようにな」
「何だよ、いきなり・・・。それって予言か何かかよ?」
「まさか。裏密じゃあるまいし」
「あ。でもよ、確実に存在する神サマがいるぜ」
「何だそれは?」
「・・・貧乏神と死神」
「確かに・・・、後、疫病神もいるな。それもすぐ近くに」
「・・・もしかして。眼鏡掛けて、口と手の早いうるさい奴の事か?」
「他に誰が?」
 先を行く醍醐や美里達に少し遅れて歩く、京一と俺がダラダラと不毛な会話を続けていた頃、
遠野がクシャミを連発していたかどうかは、定かでは無い・・・・・・。

 この一件の顛末は公的には、この事件は被疑者行方不明につき、うやむやになってしまい、よ
く言って迷宮入り、身も蓋も無い言い方をすれば、お蔵入りの時効待ちという事になった。
 そして美里や桜井から聞いた話を早速記事にしようとし遠野に対し、俺が『交渉』と『配慮』
を求め、更に『検閲』を行い結果、この事件に関する記事が真神新聞のトップを飾る事は無くな
った・・・。  




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