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「異伝・東京魔人学園戦人記」〜第二話「覚醒」(後編)
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 そして……全力疾走して学校へ戻った俺達は、鞄をその辺の植え込みの中に隠した後、旧校舎
へと向かった。
 都合の良い事に、グラウンドや体育館に他の生徒は居なかったので、誰にも見咎められる事無
く、近づく事が出来た。
「うわァー。なんかスゴイなァ」
「うむ。かろうじて、建ってるってかんじだな」
 桜井と醍醐の言う通り、壁の塗装は剥げ落ち、窓枠や手摺はサビてまっ茶色。窓ガラスは破れ
放題で、木の板を打ち付けて補強はしているが、所々腐って、外れかけている。
 確かに「何か」が出ると言われてもおかしくない環境ではある。少なくとも、雰囲気だけは充
分だ。
「まぁ、なんてたって、戦火をくぐり抜けてきた建物だからね。建てられたのが、第二次大戦の
頃だから――、ざっと60年近く経つわ」
「まったく、こんなオンボロ校舎さっさと潰しゃいいじゃねえか」
 京一の声に遠野が答える。
「馬鹿ね、取り壊すのと、その後片付けするのにいくらかかると思ってんの? 万年赤字の都に
そんなお金無いわよッ」
「そりゃ、そーだ」
「そんな事よりも――こっちよ」
 裏手の方に向かうと、壁ぎわでしゃがみ込み、何やらごそごそやっている。
「この板をずらせば……よっと」
 すると丁度、ひと一人潜れるぐらいの穴があった。
「こんなトコロに穴が……」
「こりゃあ、せんせーも判んねェハズだぜ」
 感心した様な声を京一と桜井が出した。
「……行きましょ」
 遠野の声を合図に、俺達は侵入を開始した。
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 ――真神学園旧校舎内――

 内部に侵入した俺達を迎えたのは、よどんで不快極まる空気と一歩歩く度に舞い上がる大量の
ほこりだった。
「うわッ、すごくカビ臭い。それにこのほこり……たまんないよッ」
 桜井が思わず顔をしかめる。
「小蒔。男なんだからそれぐらい我慢しろッ」
「なんだとォッ」
「気を付けて。何が出てくるかわからないからね」
 遠野が今更のように注意を促したが、京一はそれを笑い飛ばした。
「男が4人も居るんだぜ。別に恐いこたァねーさッ」
 それを聞いた桜井が京一を睨んだ。
「京一ッ!! 男は全部で三人だろッ!」
「だって、お前付いてるじゃねェかッ」
「何がだよッ!!」
「ナニがだよーん」
「なんだとーーーーーー!!」
 さっきからおちょくる様な態度をとる京一にとうとう頭に来たか、桜井が詰めよった。
「あんたたちねェ……」
「お前ら、少し静かにしろッ」
 二人の漫才(?)を聞いていた醍醐と遠野が呆れ顔で止めに入った。
 ――しかし、緊張感が全く感じられないと言うのも問題有りだな。まあ、脅えてガタガタ震え
られるよりはよっぽどマシとは言え……。
 話題を転じようと考えたのか、遠野が醍醐に話しかけた。
「醍醐君、これはミサちゃんから聞いた話なんだけど」
「うッ、裏密からか?」
「えェ、旧校舎の話」
「ふむ……。裏密なら、旧校舎の事をいろいろ知っていても不思議じゃないな」
「この校舎、もともとは陸軍の訓練学校なんだって」
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「陸軍の訓練学校?」
 その言葉を聞いて、醍醐が何かを思い出したらしい。
「……そういえば、俺も聞いた事がある。何でも、軍の実験用の地下施設があったとか」
「そうそう。でも意外ね、醍醐君がそんな事知ってるなんて」
「ああ、もう死んでしまったが、俺のじいさんが軍人でな。親父からも、この学校の話はよく聞
かされていたからな」
「ふーん」
「この校舎の地下に降りられる梯子が一階の奥にあるそうだ」
「面白そうじゃねぇか、行ってみようぜッ」
「京一ッ!! 葵はどーすんだよッ」
「あッ、そーいやそうだったな。いやァ、わりィわりィ」
 醍醐の言葉を聞いて遠野みたいな事を言い出した京一だが、桜井に言われてようやく、美里の
捜索と言う本来の目的を思い出したか、軽い口調で謝った。
「しかしまあ、行った所で梯子ももう無いさ。だいぶ昔の話だからな」
「でも、学校の地下に広がる謎の洞窟なんて、ロマンがあるじゃない」
 京一が近づくと、小声で話しかけて来た。
「風間。今度、誰か誘って行ってみようぜッ。以外とお宝が眠ってるかもしれねーしなッ」
「お宝って……大体、陸軍の訓練所跡地に何が有るってんだ? 『骨折り損の……』になるのが
オチだよ」 
「二人共、何ボソボソ話してんだよッ。ほら、行くよッ」
 桜井が振り向くと俺達を急かし、自分は先頭に立つ。
 一部屋ずつ見回っていったが美里の姿は無く、奥へと進んで行くにつれ、桜井と遠野の表情に
不安と焦りが濃くなっていった。
 そして、かなり奥の方にある部屋に入り込んだ時、桜井が囁く様な声を漏らした。
「ねぇ……何か光が……ほら、あそこに……」
 確かに、桜井の指さした先――部屋の片隅には、照明や陽光とは明らかに異なる、奇妙な光が
揺らめいている。
「遠野……。お前が見たって光はあれか?」
 醍醐の質問に遠野は首を振る。
「違うわ、赤くて小さな光だった。それがすっごくたくさん……」
「あの光は……」
「おいッ、誰か倒れてるぜ」
 京一の声を聞いた遠野がそれを確認して眼を見張った。
「あれは……美里ちゃんじゃない?」
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 その声を聞いたとたん、桜井が走り寄ろうとしたが、途中で立ち止まった。
「なんだ、この光は……」
「美里が……光ってるのか?」
「そのようね……」
 京一、醍醐、遠野が口々に言う通り、倒れた美里の体を青白い光が包み込んでいた。
 皆、言葉もなく立ち尽くし、その光景を眺めていたが、唐突に光が薄れていき、数秒後には完
全に消え去ってしまい、教室は再び薄暗い状態になった。
 そして俺は倒れている美里に近寄り、側で片膝を付くと手を延ばした。首筋に指を当て、そし
て顔に手をかざす。
(……脈も正常、呼吸もしっかりしている。あとは、倒れた時に、頭を強く打ってないといいが
……)
 衝撃を与えない様、ゆっくり、かつ慎重に抱き起こす。
「とにかく、外に連れ出そう」
 醍醐が言い、俺がうなづいて抱え上げようとしたその時。
「う……ん」
 その美里の口から微かな声が漏れ、そして僅かに身じろぎすると、うっすらと目を開けた。
 霞がかかった様に見える黒い瞳が俺を見た後、呟くような声が聞こえた。
「風間……くん……?」
「葵ッ、大丈夫? どっか痛いトコない?」
「小蒔……」
 桜井が呼びかけたが、どこか呆然とした声で答える。
「なんにせよ、美里が見つかって良かった」
「そうだな――。後は、はやいトコ、この薄気味悪い場所とおさらばするだけだ」
二人の声を聞きつつ、美里に話しかける。
「頭が痛むとか、気分が悪いなんて事は無いか?」
「大丈夫、心配しないで」
「ならいい、立てるか?」
 頷いた彼女に手を貸し、立ち上がらせた。
 遠野が俺達に礼をいいつつ、美里に謝ったが、美里は微笑を浮かべて気にしないでと返事をす
る。
「わたし……気を失ってたのね……」
 その言葉に遠野が頷くと、美里は遠野とはぐれた後、自分の身に何が起こったのか話しはじめ
た。
「あの時、赤い光が迫って来て逃げられないって思った時、突然、目の前が真っ白になって、そ
れから意識が遠くなって……」
「それなんだけど、美里ちゃんが気を失っている時――」
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「アン子。その話は、また後だ」
 京一が鋭い視線を奥にむけて、その先を続けようとした遠野を止めた。
「どうやら、赤い光の正体が確かめられそうだな。遠野ッ、美里を連れて行けッ。ここは、俺た
ちに任せろッ」
 醍醐も又、奥に視線を向けたまま強い口調で遠野に言う。その視線の先――光も届かぬ闇の中
で、無数の赤い光が不気味に輝き、一秒毎にその数と大きさが増していく。
 遠野が頷き、美里と共に出口へ向かう。
「桜井、お前も――」
「ボクも残るッ」
 だが桜井はそれだけ言うと、袋から出した弓に弦を張り、矢をつがえた。
「なッ――ふざけるなッ!! 俺たちに任せて、お前も行けッ!」
「イ・ヤ・だ。ボクも一緒にいるよ。だって……」
「二人共、そこまでにしておけ」
 俺は二人に声を掛けつつ、両掌に「気」を纏わせ、臨戦体制に入った。
「くっ……。遠野、はやく行けッ!!」
 歯噛みした醍醐が叫ぶ。
「わかったわ。後で、話を聞かせてもらうんだから無理しないでよねッ」
 遠野はそう言い残すと、美里と共に走り去る。
「行くぞッ!!」
 自らを鼓舞する様に叫ぶと、醍醐は京一と共に光に向かい突進し、俺は接近する光の塊に向け
て、「掌底・発剄」を撃ち込んだ。
 先制の一撃が塊の中央を直撃しようとした瞬間、塊は拡散し、まるで意志を持つかの様に四方
から一斉に殺到した。
 眼前に迫った奴を払い除けるような一撃で弾きとばす。
 翼の幅が、俺の一杯に伸ばした腕ほども有るコウモリ、それが赤い光の正体だった。
「コウモリだと!?」
 京一の声にも驚きの色が多分にある。
 天井近くを飛び回る奴には「発剄」を放ち、それをかわして襲って来る奴を「龍星脚」や「掌
打」で迎撃する。
「でぇやァァァッ!!」
 京一も又、素早く飛び回るコウモリ共の動きを見極め、抜き打ち一閃、叩き落としていく。
 そしてめざましい活躍をしたのは桜井だった。
 陽もろくに入らず、薄暗い部屋を高速で飛び回る小さな的と言う悪条件を物ともせず、次々に
コウモリ共を射落とす。百発百中とはいかなかったが、それでも弓道部部長の名に恥じない卓抜
した技量は見事と言う他無い。
 醍醐は、高速で飛び回るコウモリ共を捉え切れず、やや苦戦気味だった。
 彼が弱いというのではなく、強力無双を誇る灰色熊もイタチや鼠相手では全力を振るいきれな
いのと同様に、相性とか得手不得手があるといった問題である。
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 醍醐の状況を見て取った京一が素早くフォローに回り、桜井もそれに加わった。
(あらかた、片づけたか……)
 そう思いながら、一匹を「龍星脚」で叩き落とした時、背後に小さな物音を聞いた。
(新手か!?)
 掌に「気」を収束させ、振り向くと同時に音源めがけて叩き込もうとした時。
「遅くなって、ごめんなさい」
 声と共に、闘いの前に遠野と一緒に逃がした筈の美里が現れた。
「なっ……」
 予期しえなかった事態に思わず声が洩れる。一瞬とはいえ、自ら隙を見せたのは「うかつ」と誹
られても仕方ない。そして、そのツケはすぐに回って来た。
 美里が警告の声を上げた。
「風間くん、うしろッ!」
 一際、巨大なコウモリ……全幅が1m以上有りそうな大物が迫っていた。ここまでデカいと、
コウモリと言うより、鷲や鷹といった猛禽類に近い。
 何とか避けようとしたが遅かった、噛みつかれるのは免れたものの、鈎爪が頬を掠め灼熱感が
皮膚の上を走る。
 美里の声が無かったら、頬を深々とえぐられていた筈だ。この程度で済んだのは幸運だった。
 そして、加害者は羽ばたきを残し飛び去ろうとするが、当て逃げなどさせる程甘くは無い。即
座に報復の一撃を食らわした。
 「発剄」に片方の翼を吹き飛ばされ、床に落ちた所をすかさず止めを差す。
 次の敵を求めて視線を「前線」に向け、そちらに行こうとした時、美里が止めた。
「待って、血が……」
「この程度、怪我の内に入らん」
 かぶりを振った美里が手を延ばすと、傷に手をかざした。
「私に力を……」
 目を閉じ、小さく唇が動いたその時、かざした手からまばゆい光が溢れ出し視界を満たした。
 ……数秒後、光が収まった時、頬に貼り付いていた不快感は消えていた。思わず傷を受けた所
を指先でなぞる。半乾きの血の感触があった以外、負傷の痕跡は何一つ残って無かった。
(これは!?)
 そう、俺はこれと似た様な技を知っている。「発剄」の応用であり、師から伝授された技のひ
とつだ。傷口に「気」を送り込み、新陳代謝を活性化させると共に、出血を抑え傷ついた皮膚や
組織を再生させる。
 「集気掌」と呼称される技だが、効果の程は使用者の力量に大きく左右される。
 俺にはここまで綺麗に傷を癒す事は出来ない。せいぜい応急処置、「やらないよりマシ」なレ
ベルでしかない。
 だが美里はそれをやってのけた、しかも彼女は「気」やその使い方に関して、何の知識も経験
も無いはずなのに。
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(「気」と違うなら、一体何が……まさか!?)
 思い当たる事が一つだけあったが、はっきりそうだと言い切れるだけの確証が無い以上、迂闊
に口にする事は出来なかった。
「美里、一体……」
 彼女も自分のした事に驚いているのか、自らの手を見つめながら呟く。
「解らないわ、でも……ごく当たり前の様にできたの……」
 それだけを言うと黙りこむ。
 ……丁度その頃、「前線」では決着がついた所だった。
「これでどーだッ!!」
 桜井の放った矢が、もう一匹いた大コウモリを貫いた。
 床に落ち、僅かに痙攣した後動かなくなる。そして、それが最後の一匹だった。
「みんな……、大丈夫?」
 その声を聞いた三人は弾かれたように振り向いた。
「美里――ッ!?」
「葵ッ、なんで戻って――」
 醍醐と桜井が声を上げ、駆け寄った。
「ごめんね……、小蒔」
 謝った後、言葉を続ける。
「私……、みんなの事が心配で……。アン子ちゃんには、先生を呼びに行ってもらって……」
 その言葉を聞いて、醍醐に桜井もそれ以上何も言えず口を閉ざす。
 ふと、足元に視線を落とした桜井が醍醐を呼んだ。
「ねえ、醍醐クン……」
「なんだ、桜井?」
「これ……コウモリなの?」
 それを聞いて醍醐も近寄っていく。
「スゴイ牙と爪だよ……」
「本来、コウモリっていうのは、多少の差はあれ、昆虫や木の実を食べる生き物だと聞いた事が
ある。中には、小動物の血を吸う種もいるそうだが……」
「にしたって、こんな風に人を襲って喰べようとするなんて……」
「あァ……、そうだな。普通じゃ、ない……」
「何か良くないコトの前兆じゃなきゃイイけど……」
 低い声で話す二人の表情が暗く見えるのは迫りくる黄昏の所為だけでは無いだろう。
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 その時――これが本日何度目になるのか、またも新たな異変が起こりつつあった。
「う……」
 美里が洩らした低い声に気付いたのは桜井だった。
 振り向いて、何か言おうとした時、その表情が凍り付いた。
「熱い……、体が……」
 美里の全身から先程と同じ、いや、それを遥かに凌駕する強烈な光が放たれ、周囲を照らしだ
す。
「葵ッ!!」
「一体、どうしたっていうんだ。これは――」
「醍醐ッ。ともかく表に出ようぜ。ここは、チョット普通じゃねェッ」
 余りにも非現実的な光景に呆然としていた醍醐が、京一の声に頷き、歩き出そうとした時、不
意に眉をしかめ、苦痛を堪える様な声を絞り出す。
「どうやら、おかしいのは美里だけじゃないらしい。俺の体も……」
 その瞬間、醍醐の体を光が包み込んだ。そして間を置かず、桜井と京一の体からも光が立ち上
り、真昼の様な明るさになった。
「こいつは――」
「この『気』はいったい――」
 驚愕と混乱、更に疑問の混合物に彩られた自分自身の表情を、互いの瞳に映し出しながら口々
に叫ぶ。
 その光景を見て、俺は自身が導き出した答に確信を得た。
(間違い無い、これは『あの時』の俺と同じ……あの『力』が、こいつらにも……)
 あの時――目の前で人が人ならざる物に変わり、生命の危機に直面したその時。突如頭の中に
響いた声と共に、俺の中で『力』が覚醒めた。
 だが……。
 余りにも強大過ぎるその『力』を、覚醒めたばかりの俺が制御出来る訳も無く、『力』の暴走
を引き起こし……結果、凄絶なまでの破壊エネルギーの直撃を受けた「かつて人だった」異形の
物は、たったの一撃で灰塵と化した。
 あの日起こった出来事を、俺は忘れる事は出来ないだろう。
 自らが得た『力』に酔い、溺れて、エゴと欲望のままに『力』を振るった時、自身の破滅だけ
で無く、周りにどれ程の惨禍を引き起こすかを思い知らされ――そして、一つの生命とその未来
を、俺自身の手で断ち切ってしまった、あの日の出来事を――。
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 そして異変は始まりと同様、何の前触れも無く終わった。
 光が急速に強まり、直視するのが困難な迄に輝いたが、それも長くは無く、カメラのストロボ
の様な閃光を放ったのを最後に消えてしまった。
 その光が消えると同時に、俺を除いた全員が糸の切れた人形の様に次々と床に倒れ込んだ。
「おいッ! 京一起きろッ、俺一人にこんな面倒、厄介押し付けて寝てんじゃない! それに醍醐
ッ!! お前も早いとこ起き……」
 言いつつ、軽く頬を叩くが全く反応が無い。
 数十秒後、無駄を悟った俺は髪の毛を掻き回しつつ、嘆息した。
「全く、次から次へと厄介が続く事だな……」
 ぼやいた所で、状況が好転する訳も無く、次にどうするかを考えなければならない。
「……皆を連れて、とっとと逃げよう」
 結論が出るのは早かったが、実行に移すのは困難だった。
 女性陣は二人合わせても90キロそこそこ(の筈)だろうから何とかなるが、野郎連中はそう
はいかない。
 京一は細身だが、肉はしっかり付いているし、醍醐の方は俺を上回るガタイの持ち主だ。合計
したら200キロ近いだろう。とても一度には運べない。
 それにいつ何時あのコウモリ共が現れるか解らない以上、何回かに分けて担いで運び出すなど
という、悠長な真似は出来ない。
「……こうなったら、仕方無い」
 些か荒っぽいが、窓ないし壁を突き破ってそこから逃げ出す。
 この際、公衆道徳や良識、又はその類似品といった物には一時休眠して貰おう。
 そう結論し、窓際へ歩み寄ろうとした時、新たな気配を察知した。
(来やがったか!?)
 反射的に振り向いたがそこには何も居なかった。
(……ん?)
 視線を上と左右に向け、次に床を見た時、物音の正体が解った。鼠だった……。
「感覚鈍ってるのか、俺……。『敵』の気配と鼠を間違えるなんて……」
 頭を掻きつつ、窓側に向き直った瞬間。
 『ぼぐ』
 鈍い音と共に後頭部に痛烈な一撃をもらった。
「ぐわッ……」
 背後を取られてはどうしようも無く、昏倒した。
 それでも、飛びかける意識を何とか引き戻して、何にやられたか、確かめようとする。
「……全く、余計な手間をかけさせんで欲しい物だな」
 皮肉混じりの声を聞き、声の方を見ようとしたが、その前にもう一発食らって、そのまま伸び
てしまった……。
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 ……どれぐらいの時間が経ったのか正確には解らない。
 俺が目を覚まして起き上がった時には既に陽は落ち、夕日の最後の残照が闇に飲み込まれよう
としていた。
 暗がりの中、辺りを見回すと、少し離れた所に四人が倒れていた。
「いててて……」
「ここは……?」
 少し遅れて目を覚ました京一と醍醐の声を聞きながら、俺は軽く頭を振って、頭の芯に残る何
者かに食らわされた一撃の痛みを追い出した。
「ちっ、ああもあっさり、後背(バック)を取られるとはな……」
 舌打ちして、視線を転じると美里が桜井に近寄り、介抱している所だった。
 醍醐が全員の無事を確認して、肩で大きく息を付いた。
「どうやら、みんな無事か……」
「俺たちは、いったい……」
「ここって、旧校舎の前だよね」
 桜井が狐につままれた様な顔で周りを見る。
「そうだな……、しかし、何が起こったんだ? 光に包まれた所までは、はっきりおぼえている
んだが……」
「ボクもだよ、でも何だろう。あの後、急に目眩がして気が遠くなって……」
「桜井もか……」
「ちッ、いったいぜんたいどーなってやがんだッ」
 京一のつぶやきはこの場に居る全員が抱いている疑問に違いなかった。
「美里、体は何ともないか?」
「ええ……大丈夫。ありがとう、みんな」
 気遣う様な醍醐の声に美里は軽い笑みを浮かべて答える。
「しかしあのコウモリといい、俺たちを包んだ蒼い光といい――。この旧校舎には何があるとい
うんだ……?」
「まァ、いいじゃねェか。美里も無事だったんだしよ」
 真剣な顔で考え込んでいた醍醐だが、京一の楽観論を聞いて、完全に納得した訳でもないだろ
うが、頷いた。
「なんか安心したらお腹減っちゃった」
 桜井のその声を聞き、醍醐が相好を崩す。
「はははっ、桜井らしいな。じゃあ、何か食ってくとするか」
「そうだねッ。いこー、いこーッ」
「ふふふッ……、小蒔ったら」
 先に立って歩き出す三人を見ていた俺の肩を京一が叩く。
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「風間ッ、ボケッとするなよ、俺達も行こうぜッ」
「今さっきラーメン食ったばかりだろう? まだ何か入るのか……?」
「あんなの食った内に入らねーよ、お前もそうだろ?」
「俺はさっき、充分なだけ食った」
「大丈夫、大丈夫、あれだけ運動したから入るって。俺も手伝ってやるからさ」
「強引な奴だな……それに、何を手伝うと言うんだ」
「ほら、急いだ、急いだ、もたもたしてると置いてかれちまうぜッ」
「やれやれ……」
 先に行く三人に追い付く為走り出す京一を見て、首を振りつつ、肩をすくめた俺は旧校舎の方
を振り返る。
(……京一の言うお宝云々はともかく、此処に何が在るのか早い内に調べた方がいいな。この週
末にでも……)
 考えながら、内ポケットから、さっきの戦闘の際、コウモリ共の死体から秘かに回収した持ち
主不明の財布や、生徒手帳をひっばり出した時。
「おーい、風間ー! なにしてんだよーッ! 本当に置いてっちまうぞーーーッ!!」 
 背後からの声がそれを遮った。
「すぐに行く! ――全く、せっかちな奴だな……」
 返事をした後、回収した物品を再度ポケットにに放り込んだ俺は、四人が待つグラウンドの方
に向かい、歩いて行った。


                             ――第三話「妖刀」に続く――
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