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真・Water Gate Cafe

 異伝・東京魔人学園戦人記」〜外伝其の一(第2・1話)「彷徨える男」
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 こっちに引っ越して来て、最初の日曜日。
「一体、此処は、何処なんだ……」
 唐突ではあるが、俺は(思いっきり)道に迷っていた。
 本当ならとっくに家に帰りついて、洗濯物の片付けと夕食の支度にかかっている筈――なのに
現実はと言うと、手荷物を下げて何処ともしれぬ道を行ったり、来たりである。
「まいったな、こりゃ……」
 俺はそうぼやくと、足元に落ちていた空き缶を蹴飛ばした。

 そもそもの発端は、土曜の夜、買い置きしてあった居候共の餌が無くなった事が原因だった。
 始めは「残飯でもやっとけ」と考えていたが、洗剤や調味料、各種冷食や野菜といった物まで
底が尽きつつある事が判明し、買い出しに行かざるをえなかった。
 生活用品や食料品はともかく、居候共の餌はどこかペットショップに行かないと買えない。
(やはり、駅前まで行くしかないか……)
 日曜の新宿駅前……人ごみが大嫌いな俺にとって、こういう所に行くのは、拷問に等しい。
 本来、予定していた旧校舎の探索の方は、また後日という事にしたのだ。

 そういうわけで、今日。
 マンションを出た俺は、道案内の看板を頼りに、駅前に向かい歩き出したが、方向感覚という
ものにまるで縁の無い俺は、着くまでに普通の人の数倍かかってしまった。
 そして買い物を済ました後、駅ビルの食堂街で遅めの昼食をとったが、高いくせに質・量とも
に貧弱な内容にはへきえきした。……思えばこれが、ケチのつき始めだった。
 たまたま見つけた、亜麻色の髪の東欧系の女性が店主の『三月兎』とかいう、雰囲気のいい喫
茶店で紅茶と焼きたてのスコーンを味わい、ゆっくり休んだ後、帰ろうとした時。
 歩道を歩いていると、信号が変わりかけたため急ぎ足で渡って来た、体重が0・1トンを軽く
越すような「おばはん」のタックルを食らい、思いもよらぬ衝撃によろけた俺は、他の通行人に
肩をぶつけてしまった。
「おっと、これは失礼」
 軽く謝り、そのまま立ち去ろうとしたが……。
「まてや、コラ」
 ズボンをだらしなくずり下げ、醤油で煮締めたようなシャツを着た上、揃いも揃って目付きの
よくない三人組が、俺を取り囲んだ。――どう見ても普通の人では無い。
「ニイちゃん、人にぶつかっといてソレはないだろ?」
「誠意をみせろや、誠意を」
 ニヤニヤ笑いながら絡んで来るその内の一人が、噛んでいたガムを吐き付けて来た。
 頭を軽く動かすと、外れたガムは反対側にいた奴に当たる。
 ――平和的な解決は望みえない状況だが、どうやら転校初日に相手した手合と同様、叩きのめ
した所でなんら、良心の呵責を感じずにすみそうだ。
 もっとも、やり過ぎないよう注意する必要はあるが――。
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「それは、どうも失礼をした」
 冷笑を浮かべながら、丁寧の上に馬鹿がつく程の恭しさで俺は一礼した。
「テメェ……フザケんじゃねェぞ!!」
「おちょくっとんのか、コラ!」
 頭蓋骨の中に、脳味噌ではなく泥が入っている様な奴らでも、馬鹿にされた事に気づいたらし
い。三人は揃って逆上した。
 一応、奴らの望み通り「誠意」は見せてやった事だし、紳士的に振る舞うのはここまでだ。
 しかし俺の様な「温厚かつ善良な平和主義者」が、こうも連日のように、望みもしない荒事と
もめ事に巻き込まれるとは、世の中はつくづく不条理と災厄に満ちている。
 寒い時代だ……。

 ――新宿区某地路地裏。

「土下座して靴でもなめな、それでカンベンしてやるよ」
「それがいやなら、慰謝料に有り金全部置いていきな」
 下卑た笑声が路地裏に響く。
「金でいいのか? それなら……」
 ポケットに手を入れると、奴らの足元に硬貨を一枚放り出した。十円玉を。
「恵んでやる、這いつくばって感謝しろ」
 俺は冷然と言い捨てた、不良共の顔が一度青くなった後、みるみる内に赤くなる。
「アァ!? 俺たちをナメてんじゃねえぞ! コラ!!」
「ブッ殺してやる!!」
 言い終わる前に一人目がナイフで突っかかって来た。
 半歩だけ動いて、切っ先に空を切らせると同時に腕を脇に捕らえた。
 そのまま、関節部分に力を加える。
 『ぼぎん』
 鈍い音がした後、持っていたナイフが地面に落ちた。
 持ち主は蒼白な顔で、そのままへたり込む。
 それから、五秒もしない内に俺は、二人目の膝蓋骨を「龍星脚」で蹴り砕いていた。
 砕けた膝を抱えて地面を転がり回る奴には目もくれず、更に三人目を掌底で突き飛ばした。
 数m吹っ飛んだそいつは、生ゴミが入ったバケツに頭から突っ込み、非芸術的な音を立てる。
 一分に満たず、三人の重傷者を量産してのけた俺は、荷物を拾い上げ、路地裏から立ち去ろう
としたが――その時すでに、半ダースを越える連中の「増援部隊」が迫っていた。
 この「増援部隊」を叩き潰す事は不可能では無いが、騒ぎが大きくなると警察が来る。
 俺は因縁を付けられた被害者だが、その言い分をちゃんと聞いてくれるかどうか怪しい所だ。
 一瞬――否、半瞬で決断を下す。
「戦術的撤退!!」
 快足を飛ばして裏路地を走り抜けながら、追跡を撒くための足止め用にポリバケツを蹴倒す。
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 で、ものの数分で追っ手を振り切る事には成功したが……、結果として、冒頭で述べたような
状況に陥ってしまった訳だ。
 そして日も落ちて、通る人もいない裏道をあてどもなくうろついていた時――、一軒の店が見
えた。

 『如月骨董品店』

 古ぼけた看板にはそう書かれていた。
(骨董品店か……こういう所なら、周辺の地理に詳しいだろう。閉まってなきゃいいが……)
 暖簾をくぐり、引き戸を開ける。鍵はかかってなかった。
 一声かけて店に入ると、まるで滝の側を思わせる、ひんやりとした爽涼な空気が俺を包んだ。
 辺りを見回せば、掛け軸や各種の絵画、茶器に皿、壷といった陶器類、他にも様々な品物が、
所せましと置いてある。
 それが「良い物」なのかどうかは俺には解らないが、世にいう好事家や「わかる人」にはきっ
と、宝の山に見えるのだろう。
 そして店の奥の方には鎧兜や刀、槍等の武具がずらりと並んでおり、なんとなくそちらの方を
眺めていた時。
「いらっしゃい」
 その声に振り向くと、一人の青年がいた。
 ――背はさほど高くないが、均整のとれた体格と、街を歩けば、すれ違う女性の半数以上が振
り向く様な端正な顔立ちをしている。
 身に着けているのはスーツに見えたが、よく見ると、校章らしき物がある。学生バイトだろう
か――?
「何か探しているのかい?」
「実は、道に迷ってしまって、新宿駅までの行き方を教えてくれないかな? 引っ越して来たば
かりで、この辺の事はよくわからないんだ」
「そうか、それなら……」
 手帳を取り出して、彼の言う道を書き留める。
「用事はそれだけかい?」
「奥の方にある刀とか弓を見せてもらえないか」
「そういった物に興味があるのかい?」
「いや、知り合いにそういうのを使う奴がいてね」
「見るのは自由だ、僕は奥に居るから、用があるなら呼んでくれ」
 そう言うと彼は、奥へと姿を消した。
 俺は売り場の奥へ足を踏み入れた。入り口からは光の具合で良く見えなかったが、近寄ってみ
ると、実に様々な物があった。
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 刀だけでも、日本刀に青竜刀、さらには、細剣に代表される西洋刀、更に弓、槍、長刀、鞭、
杖などが置いて有る。
 ――中には、新体操のリボンとか病院の看護婦が着る白衣、運動靴に花札、扇、等々、理解に
苦しむようなシロモノもあったが――。

 ある意味では刃物よりアブナイと感じたのは、金属バットや釘等の突起物を埋め込んだバット
が置いて在った事だ。
(なんつーシロモノ置いてんだ、これは『武器』と言うより『凶器』と言うべきだな……)
 呆れつつ、視線を流すと、もっと剣呑な物が置いて在った。
 拳銃だった……。
 近くに置いてあったリヴォルバー型の奴を棚から取り出す。銃身や銃把にメーカー等の刻印は
無く、何処で作られた物なのか全く解らない。
 その上、ノッチを押してシリンダーを外そうとしても、溶接でもしているのか、ビクともしな
い。
(モデルガン? いや、無可働実銃か? 形的にはS&WのM10に似てるな……フィリピン辺
りで作った、「組織的自由業者」の皆さん御用達の密造品か?)
 そして、値札を見て驚いた。
(おいおい……文鎮の代わりにしかならんガラクタに三万かよ……。ま、それでも買う奴は居る
んだろうな)
 一旦、元の所に戻して、次の棚に目を向けた時だった。

(こいつは……)
 そこには複数の手甲が置いてあった。
 中には、まるで工芸品の様な細かい飾りや刺繍がしてある物も有ったし、反対に飾り気一つ無
いシンプルな実用性重視(と思われる)な物も有り、実にバリエーションに富んでいる。
 俺は一つ一つ手に取って、重さやサイズ、感触等を確かめていったが、そのうちの一組を取り
上げ奥に声を掛けた。
 音も無く、障子が開いて彼が姿を現した。
「何か、役に立ちそうな物はあるかい?」
「こいつを試しに着けてみたいんだ」
「ああ、構わないよ」
 三下共を張り倒した後、着けたままだった「燕青甲」を外し、服の袖をまくりあげる。
 今まで使っていた奴は手首までしか無く、手甲と言うよりオープンフィンガーグローブに近い
物だったが、新しい手甲は肘の辺りまでしっかり包み込んだ上に、更には鋼板で装甲まで施して
ある。
 数回、手首を動かしたり、拳を握って、開いてを繰り返した後、軽く突きを繰り出す。
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「いいな、これ……」
 思わず感想が口を突いて出た。外見こそゴツいが、着けてみると以外に軽く、思った以上に手
に馴染んだ。
「随分、それが気に入ったようだね」
「値札が付いてなかったが、この手甲一体いくらだ?」
「『忍び甲輪』だね、その品は……」
 多少の出費は覚悟していたが、彼が提示した額は予想を大きく越えており、それを聞いて内心
汗が流れた。
 ――しかもタイミングの悪い事に今、財布には、当座の生活費しか入っていない。銀行の口座
とカードを併せると、9ケタまでなら自由に動かせるのだが、もう銀行のCDも閉まっているだ
ろうし……。
 その時、彼の口から意外な言葉が出た。
「君が今持っているその手甲、見せて貰えないか?」
「これをか?」
 無言で頷く彼に手甲を手渡した。
 受け取った手甲を真剣な顔きで眺め、何やら調べている、
 そして、数分後――。
「これを下取りに出さないか?」
「下取り?」
「ああ。君の使っているこの手甲は、けっこう稀少な品なんだ。だからこれを下取りに出して、
少し上乗せすれば、その新しい手甲が買えるぐらいの額になるんだが」
「……有り難い話だが、こいつは師からの餞別の品なんでね。おいそれと手放せないよ」
「そうか、それなら無理にとは言わない」
 言いながら、俺に手甲を渡した。受取ってそのままポケットにしまいこむ。
「どうしても欲しいのなら、取り置きしておこうか?」
「次は、いつ来れるか解らないから、別にいい」
 その時、年代物の柱時計が重々しく鳴り響いた。腕時計に目をやると6時を指している。
(帰り道も解ったし、そろそろ帰らないとな……)
 ふと、レジの脇に置いてある、複数の白い紙袋が俺の注意を引いた。
「その袋は?」
「これかい、これは福袋だよ」
「福袋?」
「ああ、何が入ってるかは君の運次第、だが買ってみて損は無いと思うよ」
「一つ、いくらなんだ?」
「四種類程、用意しているが、一番安いので五千円だよ」
「五千円か……」
「どうするんだい?」
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「……こいつと、これと、二つでいい」
「どうも有り難う、二点で一万円になるよ」
 財布を取り出し、勘定を済ませて、店を出ようとした時、彼が声を掛けてきた。
「袋の中に道具の効果や使い方を簡単に書いた紙が入っているから、解らない事があったら、そ
っちをみてくれ」
「わかった、そうするよ」
「また来てくれよな」
 店を出て、手帳を見ながら歩きだす。
「えぇと、この角を左折して……」
 ほどなくして、見覚えのある建物が見えて来た。――新宿駅だ。
 それを確認して俺は、安堵のため息をついた。
「やれやれ、やっと帰りつけそうだ」
 バス停のベンチに腰掛け、自販機で買った「朝の紅茶」を飲みながら、荷物を置いて一息つこ
うとした、その時。
「いたぞッ!!」
「こんどは逃がすんじゃねェぞッ!!」
 複数の叫びが俺の周囲で反響した。
 ……どうやら連中、あきらめて無かったらしい。仲間の仇討ちを果たすつもりか、執念深く探
し回り、俺は運悪くその警戒網に引っ掛かってしまった様だ。
 「見上げた努力だ」と皮肉の一つも言ってやりたい所だが、それよりもこの状況下でとるべき
手段は只一つ。すなわち……『逃げる』!
 即座に実行に移した俺の背後から複数の足音が殺到した。
「待て、コラァ!!」
 だみ声を上げ追いすがって来る連中を振り切ろうとしたが、なおもしつこく追いかけて来る。
 逃走劇はしばらく続いたが、いい加減うっとうしくなって来た俺は、作戦を変更した。
 走り回りながら、狭い裏通りや人通りが少ない所を見つけてそこに誘い込み、各個撃破して
いく。――だが、俺にとっての最悪の敵は、追跡者全員を再起不能にした後に現れた。
 「方向音痴」と言う名の敵が……。
 結局、壮絶なチェイスを終え、終夜営業のスーパーで買い物を済ました俺が家に帰り着いた時
には時計は、十時を回っていた、
 そして翌朝の朝刊の社会面に小さな記事が掲載された。
 ――『新宿区で謎の乱闘事件発生、重傷者多数、不良グループ同士の暗闘か?』――
 暇をもてあましていた遠野が、この件の調査に乗り出したという話を京一から聞いた俺が、無
言で天を仰いだ後、深い、深い溜め息をついた事は言うまでもない……。
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                            「彷徨える男」完。
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