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後に書き記されるの事 巻之一


「あら。これはなんでしょー?」

 その日、舞澄は自らの管理する戦艦の主兵装である言詩砲副砲の弾薬庫で、そこにあった記憶の無い砲弾を見つけた。
 物語というデータとして形態を持たせて棚に並べて保管してあるその砲弾の背表紙を、ついと指を伸ばして指先に引っ掛け、引き出す。
 彼女の記憶が確かならば、この弾は確か作製未完の廃棄扱いとして倉庫に眠っていた筈だ。
 ふむ、と一息吐いてパラパラとページを繰る。
 間違いない。確かにこれはあの物語だ。
 あの時から全く後退もしていないが完成もしていない。いや、考えようによっては完成しているのだが。

 さて、これは一体どう扱ったものかと小首を捻っていると、棚の隙間からのんびりと歩き回る人影を発見。
「あー、旦那さまー。ちょっとお伺いしたいんですけどー」
「ん、なんよ」
 舞澄に声をかけられた主は声をかけられてゆったりと近づいてきて、何が聞きたいのかと問い掛ける前に従者の手にある書物に目を留める。
「ああ、それか。うん、それはそこでいいんだ」
 見ただけで何が言いたいのかを理解したらしく、ただ答えだけをもって答えとする。
「はぁ…なら良いんですけど…どういう心境の変化ですか? 一度倉庫送りにした物を再利用なんて。しかも旬はとっくに過ぎてます。もう一年も前ですよー?」
 舞澄は本を棚に戻しながら、主人に問い掛ける。

 これまでの此処のパターンであれば倉庫送りとはイコール廃棄だ。既に使用が決定された弾薬ならともかく、廃棄となったものがまた棚に戻ってくるとは珍しい。
 さらに言えばネタもネタだ。
 直に見てきた世界の歴史の枝葉にもならない二次創作物である以上、旬を越えたものをわざわざ出してくるというのは珍しくないが、これが作製されてから既に一年以上が過ぎている。作品としても鮮度は落ちているのだ。

「それは簡単な話……それを作る時に世話になった魔術師が、せっかく作ったんだから出しやがれコンチクショウと」
 ある約束を取り付けられ、向こうがあっさりと約束条件を満たしてきた以上、出さざるを得なかったと。
 本当は出したくないんだがなーと口を尖らせる主を見て、舞澄は自業自得ではと思ったが、口には出さなかった。

「ちなみに、この作品のどこが面白くないんですか?」
 代わりに質問を持って話を流す。
 舞澄の目からすれば、この物語は結構面白かった。
 別に自分の主を賛美するわけではないが、一年も忘れていたものを読み直すとなんとなく新しいものを見た気になれる。
 もっとも、今はコレの元になった作品の二次創作などかなり大量に出回っているはずだ。
 その中には大十字九朗TSなどは意外とあるのではなかろうか。再度言うが作品の鮮度としては落ちまくりのものなのだ。
 一番の惜しむらくは続きが気になるところだ。それなりにオチに見えなくも無いっぽい何かに纏めては有るが、この物語はどう見ても後がある。
 そこだよ。と舞澄の意見を受けて主が言う。
「つまり、どう見ても続くんだけど、この後の話がさっぱり思いつかん」
「ダメじゃん」
 思わず素で返した──いつも素だが──舞澄のツッコミを受けて、主は頷く。
「うん、だめだ。おかげで後書きもさっぱり思いつかなくてなー」
 うーんと片手を顎に当てて考える主を見つつ、別に後書きなんていいから続き考えてくださいと舞澄は思う。

 ただでさえ主砲砲弾、その殆どが作りかけなのだ。できているものは四分の一にも満たない。

「でもいま何となく思いついた。せっかくだし実験の意味もこめてやってみようと思う」

「そーなんですかー。どんな後書きなんですー?」
 手に持ったままだった砲弾を棚に戻しながら、何気なく聞き返す。

 その時舞澄は止めるべきだったのかもしれない。
 少なくとも実験という単語から不穏な意思を汲み取って置くべきだったのかもしれない。
 だがそれは遅かった。既に賽は振られたのだ。

「是を以って後書きとする」

「そーですか。是を以って……ハァ?!」
 右から左に言葉を流していた舞澄の頭にその意味が通った瞬間、舞澄は素っ頓狂な声を上げた。
「是って、コレですか?! 私と旦那様がしているこの会話?!」
「ウィ」

 一瞬、舞澄の脳内は空白になる。

 イッタイナニヲカンガエテラッシャイマスカコノヒト────

 しかしそこはこの主の素っ頓狂な思考には慣れっこの舞澄。
 すぐに復活して今しがた仕舞ったばかりの本を手に取り、後ろから開き────

「うわー、マジですよこの人ー。マジ書いてあるー。しかも無駄に情景描写されてるー」

 そこには、確かに今し方行った会話が書いてある。
 正確には書き記されている最中だ。後書きを読んでいるこの間にも目の端で文字が増えているのが確認できる。

 舞澄はあまりの事に再度頭の中が空白になった。

 対する主はのほほーんとした顔で得意げにのたまう。
「いいアイデアだろ」
「いえ、善いと言うか悪いと言うかそれ以前の気がしますー。というかなんでまたわざわざ小説形式に? ていうか対談形式じゃだめなんですか? っつーかふつーに書けよ後書きー」
 主は丁寧に最後の言葉を無視しつつ、対談は好きじゃない、と頭を振った。
「全てが台詞だけで構成される文ってなんか好きになれないんだよなー。いや、誤解無いように言っとくと対談形式の後書きにも好きなのはあるぞ?」
 某TSの偉い人とかな。と付け足す。

「いや、だからってわざわざ小説形式にすること無いじゃないですかー。これじゃ後書きなのかなんなのか訳分かりませんよー? ていうか小説読み終わって後書きにきたらまた小説ですか? 疲れますよ? いえそれ以前に作文、いえ駄文ですよコレ」
「だから、実験なんだよ。ただの対談じゃ芸が無いだろ。私はこんな後書き見た事無いからな。一体どんなことになるかと」
「そんなのただの自己満足じゃないですかー。そんな自分勝手は読者に干されますよー」
「もの書きが書く物なんて所詮ただの自己満足だ。その自己満足にどれだけの共感者を出すかで作品が決まる。もちろん読む人が読みやすい、つまり共感しやすい様に書くのは腕だがね」
 それに元々こんなとこ見に来る人なんて少ないしねぇはっはっは、と、むやみやたらと爽やかに笑う主を舞澄はげんなりとした顔で見つめた。
 その瞳は明確にコイツアホちゃうかと物語っていた。

────いえ、莫迦なのは知ってはいましたが────

 舞澄が頭を振りながら深い溜息一つつくのを見計らって、主はせっかくだから何か読者に言いたい事はないかと問い掛ける。
 いえありませんよと従者は返す。
 恐らく書かれているであろう自分の心理が読まれるのだから、言いたい事もへったくれもありゃしない。
「ま、それはそれとしてそろそろお茶にしよう。喉が乾いてきた」
 くるりと背を向ける主に、舞澄はこのひと纏めにかかってますねー。逃げですよー。いつもはお茶なんか飲まないくせにー。と思いながらも付き従う。
 願わくば、この試みがどうか良い方に傾きますようにと祈りながら。
 なにせ苦情を受け付けるのは他でもないこの従者なのだから。

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