日本野鯉紀行15

−庄内川−

 私の不手際と降雨による増水等が重なり、延び延びになっていた濃尾野鯉会の月例会が2ケ月振りに晩秋の庄内川で行われる事になった。

 ポイントは、1週間前に坂口会員が発見したばかりの、水管橋の前後である。その時、彼は14kgを超える大鯉を頭に、良型を3尾上げている。

 庄内川は、岐阜と長野の県境に位置する恵那山麓に源を発し、東濃地方を貫いて愛知県北部に入り、名古屋市西部を流れて伊勢湾に注ぐ全長80km余りの中河川である。

 上流部を土岐川とよび、陶器で知られる土岐市を通過して来るためか、白濁した水質を帯びている。

 愛知県に入ると庄内川と呼ばれ、高度経済成長の頃には、一時「死の川」と呼ばれた程水質の悪化を招き、漁業組合も権利を放棄した程である。一級河川の余りの荒廃に、地元の住民が立ち上がり。水質浄化運動を押し進めてきた結果、現在のように何とか鯉科の魚の住める水質に迄回復したが、未だ食に預かれるだけの品位は回復していない。実際、各所に流れ込む下水処理場の排水を見ると、未だ真黒な汚水を流し続けており、流量の減少する冬期には、良く魚が生きていると感心する程、水質が悪くなる。

 ところが逆に、魚を採る者がいなくなった為、近年は大鯉が増殖し、数・型共に濃尾地方最高の鯉釣り場となっている。

 都会の横を流れる川にしては、珍しく自然も多く残されており、下流部にはアシが生い茂り、河川敷には野菜畑が列を連ねている。河口部には野鳥の生息地となる干潟も備え、都会のオアシスとなれる大きな要素を備えているが、相も変わらぬ開発と河川行政の手が既に直ぐそこまで忍び寄っている。

 我々釣人はこうした現実に直面しながら、何の権利も無く、ただオロオロするばかりである。一般の市民に比較して、自然と接する機会が多い釣人こそ、本来の自然の姿を、多くの人に語り継ぐ責任があるのではないか。単なる個人の楽しみだけに終わるので無く、後世の者にも残る楽しみとして、その環境を守る責任があるのではないかと思われる。

 さて、晩秋の庄内川は、数回に亘る台風の影響で川岸の草はなぎ倒され、アシは枯れ落ち、熊笹だけが清々と揺らいでいた。このポイントは、豊公橋と大正橋の中間に架かる赤い水道管の橋の下のポイントで、直線的な流れと1〜2mの浅い水深の為、これまで見過ごされてきた所である。掛かりと言えば、橋脚が水中に2本立っているだけで、あとは川岸のブッシュが僅かに陰を落としているだけである。

 短くなった秋の陽差しに追われるように、水道管の下流で竿を出すと、第1投でもうアタリが来た。勢い良く、ラインが下流へ突っ走る。流れ川特有のスピ−ドとパワ−を示して姿を現したのは、スラリとした77cmの良型。さすがに庄内川である。第1投で、このクラスが来るとは…。先が楽しみになってきた。

 程無くして、下流の薮の上手に小川会員が入釣。日が暮れると、橋の上流に川島会員が入釣するなど、続々仲間が集まり始めた。皆、大型への期待に胸が膨らみ、交わす言葉も饒舌になる。

 私の車の中で一杯やった後、エサ交換に出た小川会員の様子がおかしい。ヘッドランプをセットして様子を見に行くと、ロ−プに繋いだ私の獲物と小川会員に掛かった獲物がオマツリしている。それを2匹まとめて、私のタモで掬って一件落着。

 次にアタリが来たのは、川島会員。夜が明けて、潮が満潮から下げに変わってまもなく橋脚の際に打ち込んだ仕掛けが大きく引き込まれた。竿を立てると、一気に下流へ走り、それを必死に堪えると、今度は手前のブッシュに突っ込んできて、遊んでいる針がそれに絡んでしまった。それに気付いて、私が応援に駆け付けると、3m程沖の水面で、大鯉がゆらゆら浮いている。それを何とか追い出し、無事に取り込んだのは、81cmの見事な大鯉。そして、これが、長くしんどい1日の、始まりだった。

 10時頃、青山会員と小沢会員が到着。高橋と、小川会員の間に入釣。そして、この頃より、野鯉の食いが本格化。上手の川島会員と、下手の小川会員との間を走り回ることになる。それは、食事もまともにできない有様で、私は、昼食の間に2回も小川会員の下に走らされ、食事が終わるや否や、今度は川島会員の下へといった具合で、日が暮れるまでこの調子。途中、私にも82cm程の良型が1匹来たが、あとは二人の競演会。結局、この日は、小川会員が90cmを筆頭に7匹、川島会員が80cmクラスを5匹と、まさに嵐のような大型ラッシュ。

 しかし、大鯉の嵐は、この日だけで終わったのではなかった。

23日の夕方、上田会員がいつものようにタカヒロ君を伴って、川島会員の上流に入釣。まず、上田会員に24日未明にアタリ。80cm級を足元まで寄せるも、掛かりが浅く、惜しくもバラシ。宮部会員も、入釣後、直ぐにアタリ。良型を取り込む。小川会員も、1匹追加。好調に走る。

 しかし、何と言ってもこの日午前中、快調に飛ばしたのは、橋の上流に陣取った、上田会員と川島会員の二人。食事だ、と言うとアタリ、休憩だ、と言うとアタリで、先行する小川会員を猛追。

 遂に、川島会員が87cmの黄金色の大鯉を釣り上げると、小川会員は慌てて自分の大鯉を計り直す始末。

 午後からは、橋の直ぐ下流の、私にアタリが連発。川島夫人の手料理に、舌鼓みを打ちながらポイントへ戻ると、竿が1本おじぎをしてラインが下流に走っている。アワセをくれると、重々しい手応え。下流の竿下をくぐりながら、リ−ルを巻いているうちに、掛かりが浅くバラシ。ところが、その仕掛けをほぐしている間に、別の竿にもうアタリ。これも勢い良く下流へ突っ走る。慎重にやり取りを繰り返し、無事取り込んだのは、89cmの見事な大鯉。これを繋いで、ほっとして戻ると、又々上流の竿から既にラインが下流へ走っている。しかし、これは時遅しで、ハズレ。ところがところが、5分もしないうちに、又アタリ。

 『イッタイ、ドウナッテルノ。』

これは、先程の89cmより力が強く、期待を抱かせたが、84cmに終わり贅沢な溜め息を出す。

 さて、今回は、一度大型を1ケ所に集めて、検量と写真撮影を行おうと言うことで、午後2時より検量を始めたが、大型ばかりでは大きさがはっきりしないから比較する小型が欲しいと言っていると、上田会員の竿にアタリ。丁度おあつらえの、58cmを上げるとは何と役者である事か。おまけに、もう1発。もう、結構。

 結局、今回の検量迄に上がった野鯉の総数は30匹。その内、80cm以上の大型が12匹と、月例会始まって以来の大釣果。おまけに、検量直後にも私の竿にアタリが連発。1匹取り込んでいる間に、隣の竿がお辞儀をする始末。一つのタモに大鯉2匹を掬う忙しさ嬉しさを通り越し、苦しさが先立つような大釣果。改めて、「大鯉の宝庫」庄内川の面目躍如といった2日間でした。