
関富士子未刊詩篇より
カナブンが雨の中を
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風が吹いて
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家じゅうのドアをつぎつぎに開けていく
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これは何の知らせか
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空が鳴り響いて
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さあっと雨が降りはじめる
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(早く帰ってきてわたしの幽霊)
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草むらに横たわる男とその息子
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胸当てのすきまに雨がしみる
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二人の頬のあたりに流れ寄る
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たくさんの花びら
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わたしは出かける
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家の中をからっぽにして
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不吉な書類を破り捨てて
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(わたしのあとについてきてたくさんの鼠たち)
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道普請の途中でうち捨てられた崖のふち
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黒牛の色と形をした土地の
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背中からしっぽにかけて
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長々と続く崩れかけた道
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左右のへりで土くれが落ちていく
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畑の病んだ葉をむしりながら
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人々は言った
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どんな悲しみにも耐えよ
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あらゆる無惨を私たちにもらさず語ることこそ
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おまえの務めだと
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稲妻に照らされて
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男とその息子は
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目をつぶったまま微笑んでいる
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憂わしい歯の輝き
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何かの密約にうなずいて
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冷酷な足取りで
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二人は行ってしまうのか
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とんがった岩山に立って
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わたしは足を踏み鳴らす
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こぶしで胸を叩く
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(ここから飛んで行ってわたしのカナブン)
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エプロンがばたばたと翻り
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スカーフが吹き飛ぶ
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からだじゅうの毛が真っ白に逆立つ
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あしもとで鼠たちがキイキイ鳴き騒ぐ
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ものすごい叫び声が
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杉林の上のひどく高いところで
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渦を巻く
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カナブンが飛ぶ
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真横に一直線に
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男とその息子は
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ゆっくりと目を開ける
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蘇生のひと呼吸が始まるまで
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長い時を
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わたしはじっと待っている |
(関富士子詩集『女−友−達』2003.6.16発行(開扇堂)所収)