僕の大切なひとだから 11
冠状動脈、肺動脈、剥離―――司馬の口からこれら三つの単語が洩れた途端、石川は即座にある手術へ考えを巡らせていた。冠状動脈を肺動脈から剥離する、即ちそれが、一昨日中川から説明された症例で採る術式の一部に違いないことは明らかだった。
となると、やはり例の手術依頼については、司馬も既に知っているのだ。沢子の推測通り、中川部長の手がメスを持ったその時、震えを抑えられなくなる事実を正確に把握しているのが教え子である彼だけならば、司馬を天真楼病院へ連れ戻してこの一件へ荷担させないと体面上はもちろん諸々と都合が悪いことくらい石川にも判っていた。いくらA国医師連盟側から指名されたとはいえ、ただのアシスタントならまだしも、執刀医と事細かに連携を取らなければならぬ第一助手を余所の病院から都合したりは出来ない。そんなことをすれば、前代未聞だと却って注目され、余計な物議を醸すことになりそうだった。
外科部長が自分と前野に司馬の復職を打診したのが先か、それとも手術依頼があったことをこの愛弟子へ相談したことの方が先なのか―――少し引っ掛かったが、とりあえずは司馬本人の思惑が気になった。
「いや、あいにく僕には経験がない・・・けど、それは―――冠状動脈肺動脈起始症・・・のオペのことを言ってるのかい・・・?」
何も聞いていないふりをしつつ白々しく話し続けることへ抵抗を感じて、石川は自分の方から病名を持ち出した。そうしてしまったことを詫びるかのようにそっと様子を窺ったが、司馬は右の眉を僅かに上げただけでそれ以上の変化を気取らせようとしなかった。
「なんだ・・・もう、話題になってんのか?」
ごく普通の噂話をするように問いかけてきた相手へ、石川は一昨日部長室で聞かされた内容を簡単に説明した。
「ふ・・・ん、そうか―――ま、第一外科の中枢には、話しておかなきゃマズいだろうからな、部長も」
両手で包み込むようにしていたマグカップをテーブルの上に置くと、司馬はそれなら話が早いとばかりに過去中川と自分が手掛けた症例の説明を始めた。
「以前、先生と僕が扱ったケースと全く同じだとすると、肺動脈から冠状動脈を剥離した後に、剥離した冠状動脈と大動脈の縫合及び肺動脈の縫合を同時にやらなけばならない。どうやっても、正確な技術とスピードを持った外科医が"二人"必要になる。人工心肺の接続時間は短ければ短いほどいいんだ」
医学書や学会会報の中でなら、石川も何度かその病名を目にしたことがある。だが、細かな術式や手術中に留意すべき注意事項の枚挙は、実際に手掛けた当事者故の遑(いとま)無さだった。非常に興味深い話題ではあるものの、自分の中へ芽生えた当然の疑問をどうしても拭えず、石川はとうとう話の腰を折った。
「なぜ僕に、そんな話をするんだい?」
司馬は深く息を吸い込むと、気持ちを引き締めた。
「おそらく、部長は僕を天真楼へ呼び戻して、問題のオペをさせる。そしてその時には、キミが、第一助手だ」
「僕が―――?」
予想だにしなかったその科白は、石川を大きな驚きで包み込んだ。司馬の声音に微かな苛立ちが混じる。
「―――他に、誰がいるんだ?」
「だって、オペ依頼はその―――中川部長ときみ宛に来るんじゃ・・・」
購入委員会のあったあの日、石川は司馬が中川のオペミスを庇った可能性について初めて、沢子から打明けられた。その後、少なくとも自分の知る限りメスを握った姿を見せたことのない部長へ激情にかられて詰め寄ったが、上司は否定もせず肯きもしないままだった。とはいえ、大病院の外科部長ともなれば、病院内部の渉外業務や外部との折衝など、やらねばならぬ仕事が山積していることは、誰もがそれについて疑おうなどと思わぬ現実である。今年度に入って、母校の講義を担当する回数が増えた部長の裏側にある『真相』を怪しいと思いつつも、あの頃死の淵に立たされていた自分が打倒司馬とばかりに採ったなりふり構わぬ行動を再び起こす気にもなれず、疑惑は多忙な日常の中へ埋もれていった。
だが、昨夜の暴露話は、沢子が全身全霊を傾けてぶつけただけのものを石川へ撥ね返してきていた。彼女の語った内容は決してまことしやかな作り話でなく、全ての辻褄が合うことを自分に認めさせ、果てしない謎に包まれていた男の素顔をはっきりと浮き彫りにしたのだ。
それでも、石川はまだ、己の知った憶測をどこまで司馬に明かしていいものか、躊躇っていた。だからこその一言だったのだが・・・
司馬の瞳が僅かに歪められた。痛いところを突かれて苦しんでいるというより、迷っているようだった。
一旦、視線を外し軽く天井を睨むと、司馬は再び石川に向かって真正面から対峙した。
「オペの技術は、中川先生と僕とで護り続けていくものじゃない。能力があれば他の外科医だって、それを受け継ぐ権利はあるだろ」
詭弁といわれても仕方のないようなその科白を聞いて、何か考え込むように石川が少し顔を曇らせた。
司馬は殊更に唇を強く引き結んだ。胸の鼓動が突然その速さを増し、もの凄い勢いで周囲から酸素を消費してゆく。身に纏うことが常となった無表情さをなんとか取り繕っているものの、その息の根は今にも止まりそうだった。
他に、手立てはないのだ。天真楼病院で問題のオペを成功へ導く為には、どうしても目の前の男の助力が必要なのだ。
中川の名前を出されて、不本意ながらも脇坂の呼出しへ応じたのは昨日のことだった。その結果、降って湧いたとしか形容しようのない手術依頼を知り、恩師を苦しめるに違いない未来が自分へと突きつけられたのである。だが司馬は、激しい憤怒に翻弄されながらもくだんの手術依頼内容を冷静に分析した。確かに会長選を控えての微妙な立場であるとはいえ、脇坂がわざと手を拱いたことは、はっきりしていた。このトラブルに乗じて再び司馬を意のままにしようとしているのが、見え見えだった。
羊の皮を被った狼だと見抜けず屈した過去をまたぞろ繰り返すのは御免である。あの時踏み躙られた自尊心が司馬に一つの考えを閃かせ、素早い決心を促したのだ。
僕が先生の代わりを務め、第一助手に誰か他の優秀な外科医を据えることが出来れば、なんとかなる。いや―――絶対、なんとかしてみせる!
現在の天真楼病院第一外科に在籍している一人一人を思い浮かべるよりも早く、ある男の顔が司馬の脳裏へ鮮やかに映し出された。彼しかいない―――感情はそれを認めたがらなかったが、理性は現実を正しく検証し、結論づけた。ただ、仇敵にも等しい存在だったその男へどう話を持ちかけたらいいいかという難問がチラと頭の隅を掠めはしたものの、追い追い考えればいいことだと判断し、司馬は脇坂へ刃向かう決意を固めた。カンザスから日本へ帰ってきた石川の技術力に関しては、日本医師連盟内でも掌握していない筈であり、寧ろ好都合であった。
それにしても―――今更、先生と僕をいたぶったところで、もはや何も得られるものはないだろうに・・・
心の中だけで呟いた疑訝へ呼応する如く、こちらを見返してきた学長の双眸を記憶が喚起する度、司馬の裡はなんとも形容し難い負の感情で埋め尽くされる。
自分へ助力を請わずして、事態の収拾など有り得ない―――優越感に傲った眼差しが、こちらへ向けられる。考え直すなら今のうちだとでも言いたげな表情は、司馬に激しい嫌悪感と反抗心を催させた。
「冗談であろうとなかろうと、お断りしますよ。僕に残された道はたった一つです。あの時と同じに、ね―――」
そうとも―――僕は二度と、あんたの思い通りにはならない!!
これ以上顔を合わせていたところで更なる怒りに全身を焼かれるだけだと判断した司馬は、脇坂を一人後に残し自宅への帰路へついた。
とりあえず、中川からの一報を待とうと思った。来週いっぱいまで様子を見て、もしも恩師から何の連絡も無ければ、自分の方から働きかけようとも決めた。大学時代に起きてしまったあの事件以来、互いの歯車はすっかり狂ってしまったが、中川が何と言おうと自分の力が及ぶことなら司馬は何でもするつもりだった。
部長から正式な話を聞いた後で、自身が使うことになる第一助手について相談すればいい。これまでの人間関係を鑑みると前野へその役を割り振るのが一番差し障り無く、後々揉めずに済むだろう。しかし技術的な面からすれば前野の起用は有り得いことを司馬自身、一番よく解ってもいた。
手掛けるオペは虫垂炎や腹膜炎ではない―――かなり厄介で高度なテクニックを必要とするものである。中川が二度とその『奇跡の指』を駆使できない以上、司馬が執刀医とならざるを得ず、自分が担当する筈だった第一助手にとりわけ優秀な外科医が必要となってくるのだ。それも短期間で術式を会得できる勘の良さと、未経験のオペへ果敢に挑むことの出来る度胸が備わっている人物でなければならない。
そもそもこの手術は持ちこまれた経緯が経緯だけに、日本医師連盟や東都医科大学はもちろん天真楼病院の名誉にも響く大事なものとして注目を浴びるであろうことは必至だった。絶対に失敗は許されず、それが明確な脅威として白日の下に晒されていた。
(やはり、あいつしか、いないだろうな・・・)
自分への敵愾心や反感はともかく、外科医として優秀な技術を持つ石川以外に、その大役を任せられる人間がいないことははっきりしていた。あとは、どう説得するかだった。
そして迎えた翌日―――つまり本日の午後、予期せぬ来客が司馬の前へ姿を現したのだ。恩師の命により石川が自分を訪ねさせられたのはもはや疑いようもないことだった。
時後承諾ながら外来業務を取り上げられ半休を強制されたことで、司馬は天野が中川の企みに手を貸したのだろうと当りをつけた。男ばかりの外科医に混じり時として今だ衰えぬメス捌きを披露することもある副院長は、遊び心を持ち合わせた気さくな女性で、あの飄々とした恩師とどこか共通の雰囲気を持っていた。石川の訪問予定を隠していたのは中川と示し合わせてのことに違いなく、考えるまでもなかった。
それにしても、よくもまあ、石川が大人しく部長の命令へ従ったものだと思った。ましてや彼が自分へ歩み寄ろうとして発した数々の科白は全く予期していなかったものであり、司馬を混乱と不安の極みへ陥れるのに充分な威力を発揮した。
「違うんだ。そんな理由で、戻ってきてほしい訳じゃない・・・僕は―――きみに話しておきたいことがある」
真剣な面持ちで告げられた言葉は、司馬の心へ目に見えぬ楔を打ち込んだ。一体、石川が何の話をする気なのかさっぱり判らなかったが、誰も来ないところでないと話せないと食い下がられて、同時に自分の方も同じ条件の話題を抱えていることに気がついた。
中川が何か言ってくるまで黙っているつもりだったが、せっかく御本人がやってきて、あまつさえ話があるからと暗に時間を取ってくれるよう願っているのだ。それならばこちらも、いずれ対処しなければならなくなるであろう厄介事を片付けてしまおう―――そう思ったからこそ、彼の申し出に応じる気になった。
副院長室を出て、一真から請われた患者の手術をやっている間中、司馬は石川にどう協力を求めたものかと悩み、考え続けた。
頼み事を正直に伝えたとして、石川が如何な反応を見せるかは、まるで想像がつかなかった。もしも、彼があくまで「なぜ指名された本人、つまり中川が執刀医を務めないのか」ということに拘りを見せたら、真実を打明けない訳にはいかなくなるだろう。それは最終手段に違いなかったが、もし、そういうことになったなら―――何がなんでも人の耳の無い場所を確保し、秘密を知る人間のリストへ石川の名が書き込まれる瞬間を迎えたかった。
更に、中川と自分の上に起きた過去の出来事をこまごま説明したところで、それを聞いた石川がこの企みへ協力する気になるかどうかは、甚だ疑問だった。彼らしい正義感を楯に突っ撥ねられる可能性もないとはいえず、そうなったら最後、説得に時間を要するのは目に見えている。ならば、これまた二人っきりで話せる場所の方が好都合なことも明白だった。
チャンスの女神には前髪しかない―――とりあえず手を伸ばすつもりで、元同僚が自分を待っているいる部屋へ戻った。
そうして、連れて来られた場所が石川の家だった。部屋へ上げられ、更に彼のプライヴェートな事情をごく自然な成り行きで少しく知った。いかにも石川らしい、それらのエピソードが司馬の心を徐々に寛がせはじめていた。
今まで悪い感情ばかりが先行しがちだったのに、思いの他穏やかな会話が続いたのは驚異ですらあった。互いを相手にして初めて経験する安らぐような時間は、両者を戸惑わせつつもその心地良さをしっかりと各々へ刻み込んだ。自分達の間に立ちはだかっていた目に見えぬ壁が幻想のような儚さで簡単に突き崩され、霧散してゆくのを紛うかたなき現実として、二人とも認めさせられたのだった。
心の奥へ芽生えた暖さにすっかり気を良くして、司馬は自分の用件を切り出した。石川が怪しむのを充分に覚悟したつもりだったが、実際にその瞬間が訪れてみると、身体の内側から滝のような汗が吹き出し、息苦しさに苛まれるだけの緊張を強いられることとなった。
一方、司馬から並べられた『理由』を吟味した石川は、ある一つの誘惑と必死になって闘っていた。
司馬の話は沢子の考察が正しかったことを見事なまでに裏付けていた。中川と司馬が指名された筈の手術を司馬と自分で行おうというのは、言い替えれば執刀医を務めるべき部長はやはりメスを持てない身体だということである。たった今、司馬が告げたのは、ただの屁理屈に過ぎない。その気になれば、いくらでも追及が可能だった。
別に司馬を困らせたい訳ではなかった。だが、彼の口から直接真相を聞いてみたかった。
今まで何度となく、僕はきみに問いかけ、説明を求めた。でも、きみはいつも僕をはぐらかし続けてきた―――
けれども今、ここで自分が問い詰めたら、司馬は全てを告白しなければならなくなるだろう。そうさせてみたいと望んでいる己の心理が嫌だと思う反面、彼自身の言葉で語られる真実を求める気持ちが、二つの相反する感情として石川の中に存在し、攻めぎ合った。
しかし遂に、心の奥深い処へ突き刺さった沢子の一言が、それらを制した。
―――先生だけは、司馬を解ってあげて・・・
過去を責めても始まらないと、彼女は自分に言った。司馬が中川の為にしてきたことを暴いたところで、それは彼の経験させられた荊の道を再びなぞるだけであり、何らプラスにはならぬ。秘められた過去について本人が自発的に話す気になったのなら別だが、強要して白状させたのでは、自分への悪感情を増大させる結果にしかならないことくらい判ってもいた。
きみを再び追い詰めちゃ、いけない―――僕は危うく、同じ過ちを繰り返してしまうところだった・・・
司馬に訊きたいことは山のようにあった。だが、今はそれを我慢すべきだと石川は己に言い聞かせた。
はっきりしているのは、彼が自分に助けを求めているということだった。
いつも強気な態度を崩さぬ男だけに、外見からそんな様子を窺うことは全く叶わないものの、心の中できっと頭を下げているに違いない司馬の姿が、石川の意識へくっきりと刷り込まれつつあった。
彼の力になりたいと―――僕がきみのために出来ることなら何でもしたいと、本心からそう思った。
「司馬君」
自分の名を呼んだ柔らかな響きが、静かに司馬の耳元へ降りてきた。声に咎めるような色が感じられなかったことへ一縷の望みをかけながら、司馬は縋るような眼差しを石川へ向けた。
(何も訊かず、黙って請負ってくれ―――頼む!!!)
必死に祈り続けた願いが通じてか、石川が日溜りのような笑顔を司馬に見せた。
「いいよ、引き受ける。是非、やらせてくれ」
「そう―――よろしく・・・」
すんなり承諾してくれた石川に心の底から感謝しつつ、司馬は浅く息を吐いた。全身に漲っていた緊迫感が春雪のようにゆるゆると溶け出してくる。少し前までキリキリと捩れていた神経の束が弛緩して、その間に爽やかな風が入り込む。
症例に合わせた対処方法についてその後一頻り説明し、司馬は安堵感へ全身を委ねながらこの話を締め括ろうとした。
「キミの場合、技術的な心配はないだろ。問題はスピードだけだな」
「その・・・術式は―――教えてくれるんだろう?」
石川が真っ直ぐに自分を見返してきた。その黒い瞳に宿っている真摯な輝きを司馬は素直に美しいと思った。
「ああ。中川先生が、僕へ教えてくれたように・・・今度は僕が、その技術を教える」
「お手柔らかに、頼むよ」
少しおどけたような言い方が、二人の周囲を再び心地良い時間へと引き戻した。
「オペの日程にもよるが・・・スケジュールとしちゃ、かなりきつくなりそーだな―――覚悟しとけよ」
「ああ、判った」
しかし、そんな穏やかなやり取りも長くは続かなかった。石川がより具体的な日取りについて質問を重ねたことにより、二人の間は別種の緊迫感で満たされることとなった。
「それで、いつからこっちへ戻ってくるんだい?」
「さあ、な―――移籍の話は、全く聞いてないんでね」
一番の山場を越えた気の緩みからか、司馬は訊かれたことへ真正直に答えた。石川が腑に落ちないというような顔をし、食い下がった。
「え? そんな筈ないだろう? だってあのオペをやる以上、きみがこっちへ復帰しなければ格好がつかないし―――第一、そういう話がないとは言わせないよ。天真楼病院の誰かから話が行ったんじゃないのか?」
「山川へ移ってから、天真楼の人間とは誰とも口をきいてない。キミと話すのが、初めてだ―――嘘じゃない」
「じゃあ、何で―――あのオペのこと、知ってたんだい?」
内心、中川から既に相談を受けていたのだろうと思い込んでいた石川としては、確認したくてたまらないことだったが、そんな相手の心情を推し測る術も持たぬ司馬はニュースの出所くらい明かしても問題ないだろうと判断し、事実を口にした。
「東都の学長から、聞かされたんだよ」
「学長? 東都・・・って、東都医科大学の? 何でまた・・・」
「彼は現在、日本医師連盟の常任理事をも務めている。昔―――僕達が大学にいた頃、中川先生と僕の上司のような位置にいた人間だ」
長いこと母国を留守にしていた石川が、日本の医療業界を彩る様々な細かい事情について疎いのは至極当然のことだった。更に、石川へ対してちょうどいい言い訳を思いついた司馬は、そのまま言葉を続けた。
「もうじき、連盟の会長選がある。十中八九、東都と大阪中央自治の学長同士、一騎討ちになるだろう。今回、共に東都出身の中川先生と僕を手術依頼元から指名されちまったんで、学長としては絶対にオペをしくじるなと言いたかったのさ」
「そうなのか・・・」
素直に納得する石川を司馬は満足そうに見遣った。別に嘘をついた訳ではないので、気が楽だった。
「言われた通り、僕はA国から依頼された手術へ手を貸す。だが、それだけだ。天真楼へ戻るかどうかは、また別の話だ」
「でも―――やっぱり、帰ってくることになるんじゃないかなあ・・・少なくとも、中川部長は、きみを連れ戻すつもりでいる。だから僕に―――きみに会いに行くよう命じたんだ」
石川のこの一言が、司馬の中に不思議な共鳴音を響かせた。
なんだ、判ってんじゃないか―――相変わらずカンがいいよな、おまえも・・・
結局、石川も中川の真意を見抜いていたのである。司馬は表情を変えずに心の中だけで苦笑すると、せいぜいこの程度の策を弄することが精一杯の恩師へ想いを馳せた。
To Be Continued・・・・・
(2000/1/23)
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−第11話に対する言い訳−
実はこの回も次回(第12話)とセットで1話の予定でした。手術を巡って司馬と石川の思惑を書いているうちにどんどん長くなってしまいまして、またもや分割する羽目に……(涙)
脇坂、中川と来て、一番主要な司馬サイドの事情がこれから明らかになっていくので、字数が多くなるのは覚悟していたのですが、やはり一回では納まりませんでした。自分でも、つくづく無謀な書き方だと思います(爆死)
石川の心理として、どうしても直接真相を聞きたいと司馬に詰め寄る可能性も考えましたが、ウチの石川の場合だと既に司馬への感情を自覚していることもあり、それはないだろうな…と思いました。患者の家族、患者本人、上司、同僚、司馬を知らないクランケの5人からそれぞれの見方で司馬との過去を考えさせられてるので、二度と失敗したくないという気持ちがかなり強いと思います。学習したという訳ではなく、本能で(司馬を)追い詰めちゃいけないと思っているんじゃないでしょうか。
それから、冠状動脈肺動脈起始症のオペについては、実に適当なことを書いています。大体、本当にこういう病気があるのかどうか定かではありませんので、どうか読み流してください(←オイコラ)