僕の大切なひとだから  13




冬の日暮れは早い。
すっかり薄暗くなった景色は、沈みゆく太陽が投げかけた残光を手放そうとしないような往生際の悪さを見せつけながら、未だ天界へ頑固に横たわったままのグラデーションを闇の中へ塗り込めようとしていた。
司馬はバルコニーの手摺りに凭れて、続けざまに煙草を吸っていた。
遠くに響いている黄昏時特有の雑踏が、まるで亜空間へ落ち込んだかのように歪む。暮れなずむ街並みはいつもと変わらぬ時を連ねているのに、自分のいるこの部屋だけが何か違っているような気がする。だがそれが如何な要素に因るものか、司馬にはさっぱり判らなかった。
吐き出される息の白さは紫煙の色なのか、大気中の冷気故か―――仄暗い世界へ、灯を燈すかのように小さな靄が浮かび上がったかと思うと、すぐさま宵闇への融合を果しゆく。
全身を冷えた外気に晒しても、火照りは納まりそうになかった。身体の表面ではなく、心の奥が熱く痺れていることをはっきり気づかされただけだった。
どういうことだ―――
石川がたった今、自分に示したのは、強いて言うなら親愛の情だった。何か特別な目的のある方便ではなさそうで、寧ろ司馬のことを案じていると言いたげな想いがそこに存在していた。
己とは違い多くの人に必要とされている石川は、自分の感情を偽ることをしない。それは彼が周囲の人々から愛されて育ってきた過去と、そうして形成された素直な性質や真面目で一途な生き方に起因するものであることを司馬も理解していた。その石川の採る一連の行動や発言は、この目にいつも眩しく映り、この耳へ痛みを感じさせてきた。おまえのような幸せな人間に何が解るものかとねめつけるか、目を背けることでしか己の立場が守れぬことを常に司馬へ思い起こさせ、知らしめ続けたのである。
司馬は過去石川へ対して抱いていたと思われる感情を懸命に手繰り寄せようとした。だが、つい今しがたまで穏やかな会話を交わしおおせたことにより、それぞれが持っていた筈の悪感情がかなり低い値にまで引き下げられている現実をしかと実感させられてしまった。初めて聞かされた石川自身にまつわる個人的な話は司馬へ好ましい印象を与え、決して不愉快ではない気配を此所彼処へ物憂げに漂わせたほどだった。
とはいえ、とにもかくにも石川がそう簡単に主義を変える男だとは思えなかった。けれども、彼が気持ちを改めているとすれば、それが何に根ざすかを知る必要がある。冷静に考えたなら答えは二種類しかなく―――石川自身が司馬へ向ける感情を好転させたか、彼の中に生じたかもしれぬ生存への危機感を前にして和解を希望しているかだった。
そうは言っても前者はとても有り得ないことのように思われ、後者に至る理由ともなれば何としてでも受け容れたくないという拒絶が、司馬を混乱させていた。
更に、心中にはもう一つ引っ掛かることがあった。
――― 一体、あいつに何を言ったんだ? 沢子・・・
中川から司馬に会ってこいと言われた石川が困惑した挙句に沢子を訪ね、話を聞いたのはまず間違いないと思われた。だが彼女に話せることは、せいぜい司馬が部長のオペミスを庇ったということぐらいな筈だ。自分達がどういう条件の許に天真楼病院へ移籍したか、また、その為に強いられた犠牲や捏造された噂のからくりなど、当事者達でなければ知らない真実には未だ辿りついていないだろうし、今後も気づかれるなどもっての外だった。
そもそも己のしてきた事を石川が知ったところで、司馬の他にもう一人―――つまり中川を軽蔑することになるだけだろうと思っていたからこそ、以前、天真楼病院の屋上で詰め寄られたあの時、自分は逃げたのだ。
おまえが憎むのは、この俺だけでいい。部長は、何ら関係ないのだから―――
こちらの計算通り石川は激しい憎悪を糧とし、病と司馬の両方と闘うつもりになった。その闘志へ勢いがつきすぎてああまで動き回られたのは幾分計算外だったが、今となればそれもプラスに働いたのかもしれないと考えることができる。症状からしても助かる見込みが極めて少なかっただけに、クランケの負けん気が最大限まで増幅されたことは執刀医の神業とも思えるメス捌きと相俟って手術を成功へ導いたに違いなく、その結果、行き違ったまま今生の別れを迎えないで済んだのだ。
あの当時、司馬に向けられていた石川のマイナス感情がこうまで緩和されているのは、時の運んできた気紛れな凱歌に過ぎないのだが、つまりそれはある一定の期間を経て物事が冷静に見られる域に達したということでもある。
確かに自分達二人は過去凄まじい衝突を何度も繰り返し、互いを気に食わない人種だと認識してきた。だが、そもそも対立する理由が何だったのかということになると、もはやこれという決定打が出てこなくなり、至極曖昧な印象を刻んでいるだけだった。
石川の発した『後悔したくない』という言葉が、司馬の不安を殊更に煽り、刺激する。
もし、おまえが俺の前から永遠にいなくなってしまったら―――
既に二度も体験させられた恐怖が巨蛇のような脅威となって、司馬に襲いかかってきた。後は追い出されるだけとなった天真楼病院のロビーで、追ってきた沢子から石川の喀血を知らされたのと、術後の一時危篤と―――どちらの時も、心臓が止まるかと思うほどの絶望と怒りが体内を嵐の如く吹き荒れた。
石川の手術をやらせてくれと引き返したあの瞬間から、既に司馬の気持ちは決まっていた。たった一人、真正面から自分へ挑み、否定というかたちではあったが己に関わり続けてきた存在を失うのはどうしても我慢ならなかったのだ。
自身の手で助けた患者だからこそ、その後の術後経過を知る権利があるなどと、よくも言えたものである。それがもはや大義名分でしかない事実は明白で、結局、おまえのことが気になるのだと、渋々認めざるを得なかった。
―――大体、憎み合う理由なんて、最初から無かったんだよな・・・
石川が生きている限り、何処かで再び顔を合わせる時が来るだろうとは思っていた。その際に、あの激しい闘いの日々がどういうかたちに風化しているのか、また互いに対する感情が如何な変化を遂げているかはまるきり見当のつけようがないことだったのだが、それでも言葉を交わす瞬間が訪れるだろうと思ってはいた。
だが。
それがまさか、こんなに居心地良く抵抗感の無いものだとは思いもしなかったのだ。とはいえ、いつかこんな日が訪れることを皆目期待していなかったと言えば嘘になる。石川そのものが、自分にはあらゆる意味でかけがえの無い存在だった。
あいつとなら、互いに凌ぎを削り、共に高め合ってゆける―――
石川は司馬に相応しい、唯一人の好敵手に他ならなかった。それを本能で理解していたからこそ、どんなに手をつくしてでもこの世に引き留めたいと、強く望んだのではなかったか? 黄泉の底へ向かって歩き出そうとしていた意識を何としてでもこちら側へ取り戻したくて、その名を叫んだのではなかったか?
心の最奥に永いこと眠っていた感情が僅かに目を擦り伸びをしたようだった。司馬はまだその気持ちと対峙出来ないでいる己に、ただ戸惑っていた。

後方で、気配がした。
「司馬君、中、入ってよ―――風邪ひくよ」
フィルターぎりぎりまで吸った三本目を灰皿に押し付けて司馬が振り返ると、そこには柔かい微笑があった。まるで木漏れ日のような淡い光が、石川の表情に宿っているようだった。
元々はっきりした顔立ちで、黙っていても絵になる男だ。だが、その笑顔は格別だった―――太陽のような温かさを感じさせ、多くの患者や同僚や看護婦が彼の持つ魅力に吸引された。
一緒に働いていた頃はまず己に向けられることのなかった種類の感情が、今こうして自分だけを見つめ、笑いかけている。司馬はとても贅沢なひとときを味わっているような気分だった。
自身の中へ芽吹いた想いを扱いあぐね、その上石川の真意が掴めぬとあっては、どういうスタンスを取るのが良いか決め難い。更に一、二本吸うことでこの事態が打開されるとは到底思えぬものの、あと少し時間が欲しいというのが正直なところだった。
しかし―――
石川のややきまり悪げな様子を目にして、司馬は室内へ戻ろうと決めた。自分がまだここで煙草を吸い続けたなら、こいつは更に余計な気を回し、見当外れな想像を膨らませないとも限らなかった。中川と自分の身の上に起きた真相を一言一句、真正直に告げるつもりなど毛頭無いが、もしも問われたなら必要最低限の事実はやはり明かさねばならないだろう―――冠状動脈肺動脈起始症のオペを手伝ってもらう以上、どうやってもそこを避けられそうになかったし、またそれは、今、自分が示すことのできる最低限の誠意でもあった。
司馬は黙って灰皿を石川に渡し、一足先に部屋の中へ入った。

「実は、僕が大槻先生からきみと中川先生の間にあったことを聞いたのは、二度目なんだ」
窓をロックして厚みのあるカーテンをきっちり引くと、石川は部屋の隅へ行き、暖房のスイッチを入れたようだった。分譲仕様のマンションは壁の厚さも手伝って集合住宅らしい熱効率の良さを体感させていたが、いったん陽射しが無くなってしまえばやはり冷気が忍び寄ってくる。南向きのリビングに射し込んでいた一筋の残滓が、ついさっきその姿を消したばかりだった。
「二度目・・・?」
司馬が少し不思議そうに目を眇めたのを見て、石川は正直に話し始めた。
「うん――― 一回目は購入委員会のあった日だったよ。でも、あの頃の僕には時間が無くて、彼女の話に耳を傾ける余裕、なかったけど・・・その、きみを倒すのが生き甲斐だったから・・・」
「・・・―――あんなことに力、使いやがって」
「そうだね・・・今、思うと、馬鹿みたいだな・・・」
「―――もう、終わったこと、だ・・・」
あの時、お前が余計なことをしなければ、今、こうはなってなかった筈だ―――イヤミの一言も覚悟していた石川からすれば、司馬の科白は驚き以外のなにものでもなかった。それは起こってしまったことを今更どうこう言ったところで結果が変わる訳ではないという、司馬の一貫した考え方に過ぎないのだが、石川にはとある別の感慨となって甦ってきていた。
昔からそうだった―――司馬が自分に対して、所謂『言い訳』をしたことは、ただの一度も無かった。
過去、目の前の男が時折見せてきた、とりつく島を与えようとしない態度を目にする度、後ろめたいからこそ申し開きが出来ないんだろうと決めつけていた。だが、それは違う―――してきたことの正当性を主張したいという自尊と、その宣示へつきまとうある種の虚しさを秤にかけたこの男は、こともあろうに黙秘を貫き誤解され続ける道を選んでしまったのだ。その方がいろいろと都合良かったのも事実だろう。悪役に徹すれば徹するほど司馬への非難は勢いを増し、それと相反して中川に対する注視が薄れてゆく。今以って、恩師の苦境を救うためだけに天真楼へ戻ろうとしている男が過去纏ったに違いない黒衣の必然性は、圧倒的な説得力を持って石川にその正体を理解させつつあった。
きみは本当はそんな人間じゃ、ない―――どんなに悪びれようと、本当のきみは、ちゃんと人の心を持った立派なドクターなんだ!!
人は自身が思っているほど強くもなければ弱くもない。悪習慣にその身をやつすのは容易いが、真に黒く染まるまではなかなかゆかぬものなのだ。そうして心は常に相反する想いの間で戸惑い、振り子のように揺れ動く。だから、条件が揃えば、僕だってきみのようになる―――
頭の良い司馬のことである。今から自分が打ち明けようとしていることくらい既にお見通しかもしれなかったが、石川はそれを己の口からきちんと告白するという行為に拘った。相手にもそうしてほしければ、まず自分がそれと同じ行動を起こさねばならぬ。ばつが悪いだのみっともないだの、既にそんなことを言っていられる場合ではなかった。
「おい、石川―――昔話するために、わざわざ山川へ顔出したのか?」
少しばかり長引いた間合いから何も読み取れなかった司馬が、訝しむような視線を石川に向けた。石川は今一度淡く微笑むと、「違うよ」とばかりに軽く首を左右に振った。
「・・・そりゃあ、きみといろんな話を―――あの当時、僕らが出来なかった話をしてみたいけど・・・今日、会って話そうと思っていたのは、それじゃない」
居住まいを正すと、石川は己の気持ちをしかと握り締めた。
「司馬君・・・僕達は違う種類の人間じゃない。寧ろ、『同じ』だったんだ―――僕は、やっとそれに気づいた」
何を寝呆けたこと言ってんだと切り返されることくらい、覚悟していた。お前と一緒にすんなと怒鳴られ、機嫌を損ねることも充分予想していた。だが、そのどちらの反応も、司馬は見せなかった。石川は内心虚をつかれたが、とりあえず話せるところまで話そうと言葉を続けた。
「出会ったばかりの頃、僕は本当にきみが憎かった・・・最初は、きみほどの才能があるなら、いくらでも人に尊敬され慕われるドクターになれる筈だと思った。なのに、それをしようとしないきみが不思議だった―――」
司馬は黙って、石川の話に耳を澄ませている。
「クランケに冷たい、というのは場合によりけりだ。患者寄りになりすぎて情が移るのも、いいとは言えないからね。だけど、裏金や賄賂はどうしても許せなかった・・・尤も、そういう袖の下が行き来しない社会なんてこの世に存在しないことくらい、僕だって知ってる。しかし、それを病院や部長に堂々と認めさせているきみの生き方が間違っていると―――そう思ったんだ・・・」
真摯な重みを持つ声だけが室内を漂流し、そろそろと司馬の周りへ着地し始める。
「悔しかったよ・・・僕はきみを変えたかった―――でも、きみは僕が何を言ったって傷つかない。いつだって冷たくせせら笑っているだけだ。だから、きみが変わらないなら僕はきみにドクターを辞めさせようと、思った・・・」
息を継ごうと、話を止めた口許が僅かに緩む。そうした一瞬を経て、告ぐ者の苦悩は先へと進んでゆく。
「いつもいつも、僕はきみを辞めさせる口実を探していたよ・・・きみの尻尾を掴んで、正々堂々と現行犯で突き出すことを思い描いていた。でも、僕は発病してしまった。正攻法でやっていたら、間に合わない」
心の中に巣食っている罪悪感がこみ上げてくる痛みへ耐えきれず、呻き声を上げそうになる。過去、自らがこうと決めてしてきた様々な事柄の中で、これから告悔しようとしていることは、石川にとって今でも一番恥ずかしく空恐ろしい行為だった。
しかしそれこそが、自分の口から言おうと決めた事なのだ。
「だけど、いくら自分に時間が無かったからといって、死が目前に迫っていたからといって、僕が採った方法は正しいものじゃない」
「石川・・・?」
司馬の口から、まるで小さな悲鳴のように呟きが漏れた。だが、石川は構わず話を続けた。
「だって、そうだろう? 僕はきみを否定し続けたけれど、結局、土壇場できみと同じ方法を採った。購入委員会の証人になってもらおうと星野さんを呼んだ時、稲村さんからはっきり言われたよ―――『あんた、それじゃ司馬先生と同じじゃないか!』って・・・僕はその時、『僕には時間が無いんだ!!』と言い返した―――でも、それは言い訳でしかない。そうだよ、僕は自分から土俵を降りて、汚い手を使ったんだ」
自分へ向けられている司馬の眼差しが凍りついたようだった。けれど、困惑や軽蔑や失望といった感情のいずれも一切匂わされはしない。そこにはただ、石川の姿を映すだけの鏡のような澄んだ瞳が瞬きもせず、存在していた。
最後の勇気を振り絞るようにして、科白を吐き出した。
「笹岡さんの一件がマスコミに嗅ぎつけられた時も、そうだ。リークしたのは、僕なんだ・・・そんな僕に、きみをとやかく言える資格はない―――」
「・・・知ってた、よ?」
表面上は眉一つ動かさなかったが、その時、司馬の心は音を立てて軋んでいた。
―――おまえに指摘されるまでもない。俺だって、とっくに気づいていたんだ・・・
一見、水と油に見える自分達は、その実、一皮剥いたなら同質である。あの、運命の出会いは、アメリカから来日したばかりの石川とその時刻には非番だった司馬との正面衝突で幕を開けたが、それは石川が天真楼病院第一外科へ医師として正式に着任する前日のことだった。
常に敵対するようになった二人の巻き起こしてきた数々のトラブルが、他人の目には相容れない者同士の争いとしか映らなかったのは、いたしかたないだろう。だが本来、天と地ほどに隔たっている者の対立であれば早晩淘汰されてゆく筈だった。どちらかが相手を見限り、そうそう構わなくなる。そうなれば激突の原因となる接触が無くなって、争いそのものが鳴りを潜めるのが一般的だからだ。
だが、自分達はそうならなかった。
「きみと僕との違いは、表面的なものだ―――表に出ている面が、どうしても問題にされる。患者に冷たいとか、金に汚いとか・・・だけど、それはそれできみにも言い分がある筈だ。でもきみは、何一つ説明しようとしない。いつだって、人を煙に巻いて、背を向けるんだ」
石川の語る言葉は司馬の心へ直接響き、ゆっくりと沈み込んでゆく。
「司馬君・・・僕は、残念でならない。本当のきみは、素晴らしいドクターなのに・・・どうして、自分のことを人に理解してもらおうとしないんだ?」
「そんなん、必要ねぇよ。医者は病気が治せりゃ、いーんだ」
「それは、違うんじゃないかな・・・そういう考え方は・・・」
―――間違ってる!
思わず、そう責め立ててしまいそうになり、石川は慌てて唇を噛んだ。自分が投げつけようとしていた科白を既に感じ取っていたらしい司馬が、微かに目線を怯ませた。
(口で言わなくても、僕の言おうとしたことは判っちゃったんだろうな・・・)
石川は舌打ちしたい気分だった。
本心では、「なんでそういう悪態をつくんだ?」と、司馬をなじりたかった。だが、押し付けるようなものの言い方は厳禁だ。今までそれをやってきて上手くいったためしがない―――そう、殊に司馬相手では。
よく言えば粘り強いが悪く言えば諦めの悪い石川の性格は、人を説得するのにも度々その威力を発揮してきた。時には手を変え品を変えることもしながら、相手が根負けするまで懇懇と自分の意見を説く。いかんせん長期化するのは難点でも、こちらの唱える事柄が根本的に間違っていない限り、この方法で勝てなかったことはなかった。
しかし、人の生き方や考え方を改めさせるというのは、なかなか困難なことである。今、その当人が取っている態度や言動を単に否定すれば済むという話ではないのだ。
幾多の思考を持ちえる人間という動物の脳は、たった一つの行動を起こすのにも様々な思索を経てその是非を決定してきている。心中で複雑に絡み合う意識の在り方により、態度や言動というかたちで発露したものが、その時々で異なることだってあり、寧ろ、見えない部分―――水面下に隠れた思想や押し殺した感情などに、その人物の本当の姿を知る手掛かりの多くが潜んでいるのではないだろうか。
だからこそ、初めて司馬と会話した時、気が騒いだ。いきなり見せられた冷酷無比なドクター以外の顔があるに違いないと思いはしたが、しょっぱなから喰らった冷徹で心無い言葉の数々は、早々にその考えを幻影と決めつけ打ち砕いてしまった。倫理観をはじめ自分達二人を取り巻いているギャップがあまりに大きかったのに加え、スキルス発病というアクイデントに見舞われたことにより、自分は見えていた現実のみで相手を判断する道をひたすら突き進んで行ったのだ。
だが、彼の真の姿は中川や沢子の話により、明らかにされた。単に辻褄が合うだけでなく、少なくともそのうちの幾つかが嘘ではないことを少し前に司馬が自ら証明したばかりだった。
石川はどうしても納得がいかなかった。
本当のきみは、他人にない素晴らしいものを持っているのに―――なぜ、そんな、勿体無いことをするんだ?!
彼が今のままの姿へ甘んじているのを惜しむ想いばかりが先行し、気がつくと司馬に噛みついていた。
全く―――なんで、きみ相手だと熱くなるかなぁ・・・
石川は少し表情を緩めると、何かを思い出そうとするかのように眉根を寄せた。
「僕は以前、きみに言ったよね? 僕はきみを認めてる、きみは僕が知ってる中で最高のドクターだ―――って・・・」
「・・・そんなこと、あったか?」
「あったよ。きみが僕に告知してくれた日だ―――あの日のことは一生、忘れない」
おまえの場合、いいのはカンだけじゃなかったっけな・・・
司馬は遠山社長のレントゲン写真を偽物だと見破った石川の慧眼を思い出していた。あれを使うことに決めた時点でこちらが初歩的なミスを犯していたとはいえ、別人のものだと嗅ぎ分けられた鋭さには全くもって驚かされたものだった。一度見たきりのCT写真を頭の中の抽斗へきちんとしまい込むことの可能な優れた記憶力がなければ、まず為し得なかった快挙だといえるだろう。
しかし石川は、そういう感傷に耽っている余裕を司馬へ与えたままにしておいてはくれなかった。躊躇いがちながらも紡がれた言葉は、解答をはっきり要求していた。
「ねえ、司馬君・・・一体、きみはいつまで、中川部長を庇うつもりなんだい?」
非難めいた口調にならないよう気を殺したせいで、石川の発した声がやや無機質な色を響かせる。だが、その言葉を聞いても、司馬の表情は崩れない。
物静かな刹那が通り過ぎた。
微妙なバランスの静けさが遠くで羽音を響かせ―――たった一つの質問を試みた男は、ただ、その理由を知りたいのだと瞳で訴えかけてくる。
司馬はこっそり溜息を吐いた。長い話になりそうだった。

先刻座っていた場所まで戻った司馬は、もう一度リクライニングチェアへ腰を落ちつけた石川を前にし、最低限の機密漏洩で済むよう細心の注意を払いながら、中川と自分の間にあった『真実』の一部を語り始めた。もちろん、石川の好奇心をそこそこ満足させ、それ以上の詮索はしなくてもいいと思われるよう、慎重に言葉を並べ科白を組み立てた。
師と教え子が結託して嘘の報告を上げたことは白状したが、部長が本当にメスを扱えないかどうかまでの明言は避けた。実際、手の震えがどの程度ものなのか、本人でなければ正確なところは分からないのだ。プレッシャーの少ない簡単なオペなら、ひょっとして、中川がその指を正しく動かしきちんと成功へ導く可能性も無い訳ではない。それに自分の口から「先生は二度とオペが出来ない」と言うのは嫌だった―――心の何処かで、恩師の凋落を認めたくない自己が硬く目を瞑り続けている現実は、あの事件以来、決して司馬の中より消えることのない疵迹だった。
自分達の指導教諭的な立場にいたある人物と、天真楼病院の現理事長との間で取り交わされた商談についても、一通り説明した。だが、かの名誉教授が後に東都医科大学学長となり、今回のオペを持ち込んできたという裏があったことは敢えて語らなかった。
そして中川と二人で天真楼へ赴任してから向けられた疑惑の矛先を逸らすために流された噂の真相へさしかかると、大人しく耳を傾けていた石川の顔が曇り始め―――『ドクター・ステルベン』の正体を知った眼前の男は、さすがに驚き、表情を強張らせた。
「ちょっと、それって・・・ひどすぎないかっ?!」
掴みかかりそうな勢いで身を乗り出してきた石川に気圧されて、司馬は心持ち上半身を後退らせると背中毎ソファへ沈み込んだ。
「しょーがねーだろ・・・弁解すりゃ、ますます疑われるよう、仕組まれてたんだから、さ」
「だけど・・・きみ―――そんなこと言われて、よく、黙ってたな! 呆れたよ・・・お人好しは、司馬君―――きみの方だ!!」
話し手の舐めさせられた辛酸を知った今、まるで自分が同じ目に遭わされたかのように憤る石川を前にして、司馬は自身の気持ちが何やら暖かいもので力づけられていくような気がした。理不尽な経緯へ向かい、断固とした態度で己の代わりに怒りを体現してくれる存在がとても嬉しかった。ささやかではあるが、こうして心を痛めてくれる共感者をずっと求めていたのかもしれないと思った。
しかし、そんな素振りなど一切見せずに、司馬は淡々と言い置いた。
「とにかく、過ぎたことだ。今更、喚いたって、何かが変わる訳じゃねーだろ」
「そりゃあ、そうだけど―――きみはいつも、何でもかんでも一人で抱え込もうとするんだなあ・・・だから、誤解されるんだ。もっと人に判ってもらおうと、努力すべきじゃないのか?」
「おまえに、言われたかないねぇ」
出会い方が最悪だったとはいえ、最後までその悪印象を手放そうとしなかった奴が、よく、そういうこと口にするよな―――おまえは最初、俺の執刀を拒んだんだぞ・・・?
そう思ったものの、さすがにそれを公言するのは憚られた。石川が度々投げかてきた質問にただの一度も答えなかったという自分の不遜な態度を考えたら、こちらも人のことをとやかく言えはしないのである。
「・・・どういう意味だっ」
少し怒ったように口を尖らせた石川の表情は、子供のようだった。その、ひたむきで素直な存在が、どんどん司馬の中へ踏み込んでくる。昔は何か言われる度、過剰なまでの拒否反応が全身を逆撫でしたものだった。だが今は、この男の言う事為す事いずれに心を掻き乱されても、不愉快だと思わなくなっている自分が不思議だった。
「あのさ―――そもそも問題なのは、きみのその態度と、ものの言い方だと思うんだけど」
こちらの顔を大真面目に覗き込んできた石川は、今だ司馬の素行を改めさせることを諦めていないという口ぶりで詰め寄った。
「俺に、説教すんな」
「別に説教するつもりなんか、ないよ。僕はもっと多くの人に、きみの良さを解ってもらいたいんだ」
「態度の良し悪しで病気の治癒率が上がるんなら、改めてもいいがな」
「司馬君〜〜〜どうしてきみは、そう、根性がひねくれてるんだ?! きみのそういう言葉に傷ついている人のことも、少しは考えるべきだっ」
「そんなん、ほっときゃいーんだよ―――上っ面だけ優しくしたって、何にもならねーだろーが」
「だからって、わざとキツイ言葉を使うこと、ないだろう?」
「俺は、俺の言い方をしてるだけだが?」
「そうじゃなくて―――人を傷つけないように言い替えるってことが、どうして出来ないかなぁ」
その昔、時々交していた不毛な会話がまた始まろうとしていた。自分がああ言えば、司馬がこう言う。こちらが真剣であることは解っているくせに、わざと話の方向をズラしてゆくテクニックは実に鮮やかなもので、気がつくと矛先が完全に明後日の方角を向かされていることはよくあることだった。
それでも、三ヶ月に渡って角を突き合わせていた日常は、ある種のパターンを二人の間へ培っていた。その様式に則って、ますます並行する世界へ互いが突入する前に石川がさっさとピリオドを打った。
「ああ、もう―――なんできみは、人の話を真面目に聞けないんだ?」
傷ついたような石川の様子を見ても、以前なら何とも思わなかった。だが、今はほんの少し、司馬の心が痛む。
「おまえの話は、もう、充分聞いたよ」
「まだだ―――僕はまだ、きみと話したいんだ」
「俺の方には、おまえと話すことはないねぇ」
この程度の拒み方では引き下がらないのが石川である。再び小言を食らわせられるかと内心身構えたが、返ってきたのは僅かに口惜しそうな声だった。
「狡いなあ」
「ズルいよ・・・俺は―――そんなことも、知らなかったか?」
何か言い返そうとしていたのを思い留まるかのように、石川の口許が小さく震えた。邪気の無い透明さで司馬を見つめ続けていた瞳が、フッと暖かみを帯びる。少し所在無げな困惑がその中に宿り、不思議な色合いを見せていた。
司馬は石川の本心が知りたかった。
こうして自分に拘わり続けてきた頑固な男の根底にあると思われる、感情の正体を探りたかった。だが、それを訊いたら最後、引き返せないような気がしているのも、また、事実だった。
石川―――
おまえは、なぜ、今だ俺に関わろうとするんだ? 一体、俺に、何を望んでる・・・?
いっそのこと問いかけてしまおうかという思案が、疾風迅雷のように身体の内を駆け巡っていた。しかし、それに乗じて自分の中の何処をどう穿り返しても、今の司馬にそんな勇気は無かった。
様々な苦労をしてきたせいか、何か隠れた欲や邪まな目的を持つ人間が己へ向けてくる矛先をかわしその覇気を殺ぐ術に、司馬は長けていた。猫撫声で「君の味方だ」といくら口説かれても、その後ろにあるものが自分本位の私利私欲でしかない場合は、言葉や顔色の放つ輝きが全て安物のメッキ程度にしか光らぬものだ。それは脇坂や理事長などの人一倍野心家で権力欲の強い魑魅魍魎達を相手にしてきた司馬が会得した識別基準であり、彼の鋭い嗅覚はその手の下心をほぼ間違いなく察知することが可能だった。
だが逆に、純粋な思慕や親愛の情を他人からぶつけられた場合はどうすべきなのか―――司馬にはその方面の経験があまり豊富でなかった。せいぜい中川や沢子との思い出しか、持っていないのだ。
このままでいたらやがて訪れるかもしれない展開へ、その身を委ねてしまうのが怖かった。石川の意識は今、真っ直ぐに自分へ向けられている。そこに在るのが捻じ曲がった感情なら、少しも躊躇わずに切り裂き、開いた傷口へ塩を擦り込むことくらい、司馬は何とも思っていなかった。だが、真剣な気持ちで自分を心配してくれる男に対し、そんなことは出来やしないのだ。
どうにかして石川の興味を違う方向へ持っていけないかと、心中で様々な話題を検討していたその時、
「司馬君―――僕では、駄目か?」
ふいに優しい声で囁かれて、司馬は慌てた。
「僕ではきみのためになれないか? きみを―――助けることは、出来ないのか?」
いつも自分の目に眩し過ぎる程の光を放ち続けていた瞳がその強さを和らげ、久しく忘れていた人の心の温情を司馬に感じさせた。
黒い眼の色は決して昏くはなく、寧ろ心地良く秘密めいた何かを発して、見る者の気持ちを誘惑し溶かしそうになる。
司馬の心は泣き出しそうだった。何もかも包み隠さず打ち明け、自分を受け容れてもらいたいと、本気でそう思った。今ここで、石川の差し出す手を取ってしまいたかった。
けれども、そんなことが自分に許される筈もない―――暗い気持ちを抱え、司馬はゆっくりと瞬いた。
確かに、つい今しがた自分の語った物語は、世の中の澱みと業の深さから来る権力や私欲に対する凄まじい執着の生み出すおぞましさを端的に具現している格好の逸話である。ただでさえ正義感の強い石川が、これら一連の出来事を知って、自分に対し憐れみを感じるのは当然のことのように思われた。尤も、アメリカ社会にだって同様の構造は存在しているだろう。しかし、複数の人間によって構成される世界ならば何処にでも生じる大なり小なりの歪みを知識として理解していても、石川自身は直接そういう経験をしてきていないに違いなかった。
だからこそ、石川にそんな感情を持たれるのは真っ平だった。司馬は相手を睨みつけた。
「同情してくれるってのか? 冗談じゃない、お断りだ!!」
「違う!!!」
しかし返ってきたのは、はっきりとした怒りを滲ませる叫びだった。予想外の反応に、司馬の意識は置いてきぼりを食らい、困惑が目を丸くさせた。
「石川・・・?」
「同情なんか、するもんか! どんなに選択肢が限られていたにしても、きみが自分で選んできた生き方だろう?」
「じゃあ、何だってんだ」
吐き出すように、司馬が言い捨てる。
ぶっきらぼうな物言いにも拘わらず声音がとても優しく響いたような気がしたのは、緊迫した空気がその震えを誤まって伝聞させた結果かも知れなかったが、そんなことはどうでも良かった。石川は無我夢中で言葉を紡いだ。
「僕は今だって、きみがしてきたことを全ては認められない・・・いや、寧ろ―――認めちゃいけない、と思っている」
その言葉を聞いて眇められた瞳にいつもの司馬らしい冷めた光が宿りそうになったのを認めて、石川は慌てて手を伸ばし、大腿の上に軽く投げ出されていた片腕へ触れた。
ビクリと震えた指先の感触を逃すまいと前に乗り出し、しっかりと掴んだ。逃げ場の無い司馬の身体が更にソファの背へ押し付けられようとしていたのを石川は強引に至近距離まで引き戻した。
「司馬君・・・僕は、きみをもっと知りたい―――きみのことが、気になるんだ」
その言葉を受けて、司馬はどうしていいか判らなくなっていた―――というより、最初からどう対処すべきか判ってはいなかったのだが。自分に構うなと、石川を一蹴してしまうことは簡単だった。だが、そうしたくないとばかりに棘の有る言い回しを拒む本音が、とうとう司馬の意地を蹴飛ばした。
「・・・勝手に、気にしてろ」
石川は自分の目を疑った。ほんの僅かだけだが、司馬の顔へ照れたような色が覗き、いつの間にかその表情に己の心をしかと掴まれていた。
きみが、そんな顔をするなんて―――
もはや司馬からは挑むような眼差しも拒絶するような風情も、見受けられなかった。ただ深い碧さを思わせる瞳が其処にあり、密かな瞬きを宿している。
人を見下すような態度を常とし、つけいる隙など微塵も与えぬ厳しさで自分に対処し続けた筈の男が、気持ちを緩めた瞬間は僅かだった。だが、それは確かな手応えとなって石川の意識へ流れ込み、遂にその口から偽ることの出来ない本心を零れさせた。
「僕は、きみが好きなんだ・・・と思う―――多分」
何かが呼吸を止めるように、沈黙が辺りを支配した。
決して気まずい訳ではないのだが、随分長いこと、音の無い世界が二人の間で息を潜めた。その後、先に我に返ったのは司馬の方で、薄く唇の端を引き上げると、
「―――意外、だな」
心持ち揶揄が混じっているような感をさせるも、淡々とした声を石川の耳へ返してきた。
「ああ・・・そ、そうだね―――」
口に出しておきながら、素直に驚いている石川の表情が司馬の瞳に眩しく照り映える。
「おまえな・・・自分で言ってりゃ、ざまぁねーだろ」
呆れたように司馬が言うと、石川はくしゃっと顔を綻ばせた。その穏やかで柔らかい表情が部屋中の空気を余すところなく和ませていくようである。そうして、いつの間にか向かいの笑顔へ見惚れている自分に気づかされ、司馬は内心驚いていた。
なぜ、おまえから目を逸らすことが出来ないんだ・・・?
石川という存在が放つ光の輝きは、いつも自分に負い目を感じさせてきた。自らが訣別しなければならなかった理想の医者としての姿はこの男の中で確かに息づき、同僚達の関心と尊敬を集めていた。それが司馬には悔しく羨ましかった。しかし、同時に憧れてもいたのだ。そう、おそらく初めて出会ったあの日から、ずっと―――
一瞬だけ彷徨ったかと思うと、司馬の視線がスッと落ちた。石川の中へ改めて困惑が生じる。あんなことを言った自分に呆れているのか、それとも照れくさいのか―――だが、先程の声に怒気が感じられなかったことは石川を勇気づけ、再びその口を開かせた。
「きみはまだ、僕を憎んでる・・・かい?」
「別に・・・そんなこと、ねぇよ」
その昔、互いが抱いていた虚しい感情の一つは、とっくにどこかへ飛び去ってしまっていた。
「じゃあ、きみは―――」
もう、止められなかった。どうしても、きみの心が知りたい―――
「きみは、僕を―――どう思っているんだい?」
「煩いヤツ、だな」
早過ぎもせず遅くもないテンポで返ってきた答えを聞き、石川の瞳が苦笑する。優しい光を孕んだその眼差しが、司馬の意識を絡めとるようかのように、全身へ纏わりついてくる。
「そうじゃなくて、さ・・・きみにとって僕は、何なんだい・・・?」
自分の顔を正面から見据えて問いかけてくる石川は、真剣そのものだった。だが、司馬はまだ、己の素直な気持ちに従えないでいた。
胸が、痛い。こんな感情には、随分長いこと縁が無かったのに―――
「俺にとっておまえは、大切なクランケだ―――それ以上でも、それ以下でも、ない」
「司馬君、僕が訊きたいのは―――」
石川が、今度ははっきりと咎めるような声を出した。外見はなんとか取り繕っている自分の内面が激しく揺さぶられていることをこいつに気づかれたくない―――それはつまらない強がりだったのかもしれないが、自ら縋りつくことのできる最後の矜持だった。
司馬は素早く腕時計に目をやった。
「メシ、どうする」
時刻は午後6時半を回ろうとしていた。健康体の自分はともかく胃の全摘出をしている石川の身体では、一度に沢山の量を食することが出来ない。可能な限り回数を設けその都度少量の食事を摂ることによって、体内の消化器系への負担を軽くしつつ必須栄養素を吸収させてゆく気配りが要った。
話の腰をわざと折ったのは百も承知である。だがそれに対して石川が自分を責めるような素振りを見せたら、この正論を楯にしようと司馬は思っていた。
「夕飯―――食わねーつもりか?」
「あ、いや、そんなことは・・・」
瞳の中にチラと覗いた恨めしそうな色が一瞬だけ司馬を罪悪感へ駆り立てたが、石川も食事の必要性を即座に理解したようだった。
「この辺、店はあるのか?」
「さ、さあ・・・僕も、家の近所ではあまり、食事しないから―――」
「それもそうだろうな―――電話帳、あるか」
「あ、うん・・・」
曖昧に頷いて隣の部屋へ姿を消した石川が、ぶ厚いタウンページを手にして戻ってきた。上にうっすらと積もっていた埃を急いで拭ったらしく、表紙をなぞるとざらついた感触が指先へ伝わってきた。
何処の家でも電話帳はこんな扱いだよな、と苦笑しながら、司馬はページを捲り、出前してくれそうな店を物色し始めた。

To Be Continued・・・・・

(2000/2/14)



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−第13話に対する言い訳−
あああ、司馬〜〜〜もう、逃げるなあああぁぁぁーーー!!!!!
石川先生には感謝状を出したいくらいです。よくぞ、ここまで頑張ってくれましたっ(大爆笑)
やっと話が馴初めらしくなってきましたが、石川の性格についてちょっと言い訳です。
一見、単純でその強い正義感をやたらに振りかざすからか、熱血青年という印象が非常に強いキャラクターですが、私は石川もいろいろ重荷を抱えている人間ではないかと思っています。ただ、ある意味で人間関係には恵まれていて、今まであまり足許を掬われるような経験をしてきてないが故に何事にも正攻法でぶつかっていこうとするのではないでしょうか。
11話の言い訳でもちょっと触れましたが、頭のいい人間には違いないと思うんですね(別に、医者だからという意味ではないです) だから『賄賂や裏金の行き来しない社会なんてこの世に存在しない』という現実もきちんと理解はしているでしょうが、それを堂々と目の前で正当化する司馬の態度が石川の癇に障ったのだと、私は考えています。
なぜなら、傍目には『理想の医者』として評価されているように見える石川も、実はその理想とは程遠い考え方をしたり行動を起こしてしまうことがあり、それが本人には凄まじいプレッシャーになっているような印象を受けるんです。しかし、皆が己に求め期待している『理想の医者』像と本当の自分とのギャップに苦しみつつ、その理想像へ近づこうと努力することを怠らないでいられるのが石川ではないでしょうか。
そして、あと一回でこの話は確実に終わります(笑) どうぞ、よろしくお付き合いくださりませ♪