私は木立の中で眠っていた。実に気持ちよい、素晴らしいまどろみの時間。
 しかし、ピ、ピ、ピという鳥の鳴き声が私の目を覚ました。もうしばらく眠ろうと抵抗してみたが、眠気は完全に去ってしまったようだった。
「おい、今は何時だ?」
 私は近くにいた機械時計に訊ねた。
「はい、午前九時二十八分三十二秒です、マイケル一等兵殿」そいつが答えた。
 そう、私は軍に在籍していて陸戦部隊に配属されている。
 私は腕についた端末でもって、任務がないかを調べた。

『今夜十一時に墓地公園に集合。任務内容は同時通告』

 どうやら今日は忙しくなりそうだ。深夜任務ということは、おそらくどこかの地下組織でも叩くのだろうからだ。
 それにしても、最近、私たちと敵対しているのは実に奇妙な信念をもった奴らだ。そしてそいつらの人数がとても多くて地下組織を作っているというのに驚かされる。
 そいつらはドルイドと呼ばれている。百年以上前から存在している組織で、当時進められた、『地球の緑化・自然化計画』に反発して現政府対抗するべく、隠れて生活している。そして時折、現れては世界各地の自然を破壊していく。自然環境保護法という法律によって、そういった自然を傷つける行為は堅く禁じられている。もし故意に破壊した場合は投獄は免れない。
 しかし奴らはそんなことは全く気にしない。はじめてその存在を知ったとき、私はそいつらがただのアホかなにかだろうと考えたが――なぜならとてつもなく無意味な行為に思えたからだ――、それは間違っていた。
 奴らは、非常に高度な創造力で様々な破壊を行っている。政府もそれに対抗して植物などの防護機能を強化したりしているのだが、奴らはそれでも新しい破壊方法を見つけては破壊に取りかかる。
 彼らの目的はおそらく私には理解できないだろう。全く訳の分からないことかもしれないし、とても崇高なものかもしれない。だがそんなことは関係ない。私はこの植物、木々、自然が大好きなのだ。この美しい世界を壊そうとする奴らはどんなやつらであろうとも許せない。さらに奴らは時々、私たち市民をも手にかける。そんな奴らを野放しにはしておけない。
 今夜の任務は忙しいものになりそうだが、私の意見と一致するものでもある。
「マイケル、今日は忙しいの?」
 私の後ろから突然に声がかかった。ガールフレンドのプリシーだ。
「やあ、プリシー。別に忙しくなんてないよ。ただ、夜からは仕事があるんだ」私はここで声を低くする「たぶん、ドルイドの組織の一つを叩く」
「まあ、ドルイドを!?」
「静かに! いちおう機密らしいんだ」
「そう、ドルイドを……。がんばってね、あたし、あんな野蛮なやつら嫌いよ、人を殺すし、自然も壊すし。……それより、散歩しない?」
 私は彼女の言葉に賛成し、木々や花に囲まれた小径を歩き始めた。
 実に素晴らしい自然だ。私は、ふと大昔の作家の言葉を思い出した。

  木はその梢の中で世界がざわめき、その根は無限なるものの中にある。
  一本の美しい木ほど神聖で模範的なものはない
 
「なんという作家の作品だったかしら?」
「……? 声に出してしまったかい?」
 まだ寝ぼけているのだろうか、思ったことを口に出してしまったとは。
「美しい言葉ね。でも、こうやって木々の中を歩いていると、その言葉を書いた作家の気持ちがよくわかるわ」
「うん……」
 そうして、日は暮れていった。




「ドルイドの組織は地下に形成されている。知っての通り、奴らの技術力はかなりのものだ。しかし戦闘能力ならば私たち軍兵士のほうが上だ。それを念頭に置いて戦うのだ」
 私は今、他の兵とともに地下へと続くらしい建造物の入り口にいる。手には相手を気絶させるための銃を持っている。
 緊迫の時間。
 そしていよいよ突撃の時がきた。 
「いくぞ! つづけ!」
 私は突き破られた入り口をくぐって、中へと入り、ひた走った。
 しばらくは暗黒が続く。しかしそれは暗視スコープでどうにでもなった。
 そして突然に暗黒は破られ、真っ白な世界が飛び込んできた。
 地下でも昼に近い明るさを出している。
「いたぞ! 生死は問わない、とにかく反撃不可能な状態まで追い込め!」
 昼のような明るさに目が慣れると、そこには二十人ほどだろうか、ドルイドらしき奴らがいた。地上の市民とはどこか違った雰囲気を持った、奇妙な奴ら。それが私の第一印象だった。
 私は手近なドルイドめがけて銃を放った。気絶をさせるための銃なので死にはしないだろうが、かなり激しい電圧をうけ、悶えて倒れる。周囲でも同じようなことが繰り広げられていた。
 倒れたドルイドを見て、私は奇妙なものに気をとられた。それは、私たちが現在立っているものだ。
 そんな一瞬の油断が命取りだった。私の手に握られていた銃は、別の銃声によってもぎりとられてしまった。
「ぐっ!」
 周りを見ると、先ほどまで優勢だった私たちの部隊は、いつの間にか私を残して皆倒れていた。そしてその代わりにさらに三十人程度のドルイドが私を囲んでいた。
 撤退もままならない。武器もない。
 仕方がない、私は素手で殴りかかった。
   ・
   ・
   ・
 限界がきた。脚や腕はドルイドの反撃によってもぎ取られて、体中に穴があいている。
 私が道連れにできたドルイドは……十人ほどだろうか。
 喉を切り裂かれ、頭をつぶされた奴らの姿を見ても、私は満足を覚えなかった。なぜだろう、あれほど憎んでいたというのに。
 ドルイドは私を囲んでじっと見守っている。もう私が動けないことを当然ながらわかっているのだ。だからあえて手を出さない。しかし、私は彼らに対してもなぜか怒りを覚えなかった。
 彼らを見ていて、ふと向こう側に目に留まったものがあった。
「すまない、そこをどいてくれないか?」
 私はそちらの方向に立っているドルイドに声をかけた。
 そいつは怪訝そうにしながらも、私の願いを聞いてくれた。
「あれは……なんだ?」
 なにか、不格好で汚らしいものが悠然と一本だけで立っていた。
「あなたたちが忘れたものだ」
 どいてくれたドルイドがそう答えた。
「忘れたもの……?」
「そう。あなたが今、上に寝ているものと同質の存在だ」
 私は、先ほどの戦闘中に目に入ったものを再び見た。やはり汚らしい、湿り気を帯びた物体。しかし一本だけで立っている不格好なやつとは違い、群生しているようだ。
 私がそれらを見たのを確認すると、彼らは一様に去っていった。後で拾いにでもくるのだろう、死体はそのままだった。
 私はあることに気がついた。
 血の色が違うのだ、私たちと、ドルイド達とでは。
 なぜ今まで気づかなかったのだろう、あんな変な色をしているというのに。気が確かでなかったせいかもしれない。だが、これから死を迎えようとしている私にはどうでも良いことだった。
 私はもう一度あの不格好な、汚れた物体を見た。なにか、そう、あのドルイドが言ったように私たちが何か忘れているというような気がしたから。
 じっと見ていたが結局なにも得られるものがなかった。
 私は目を閉じる。
 そのときだった、それが感じられた。

 
  木はその梢の中で世界がざわめき、その根は無限なるものの中にある。
  一本の美しい木ほど神聖で模範的なものはない


 そうか、そういうことか! なんと素晴らしい……。そしてあれらはなんと陳腐な……。
 私は、透明なオイルが体中から抜け、光電子脳が停止していくのを感じつつも、なにか、とても大切なものを思い出した。
 
    
 



 2903年、人類は世界中の自然を機械化する事を決定した。同時に、自らもそれに適応した。