宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 10/12

「うん。よし。おい、陳さん。どうもむし暑くていかんね。すこし風を入れてもらひたいな。」
「もすこし待つよろしい。」陳が外で言ひました。
「早く風を入れないと、おれたちはみんな蒸れてしまふ。お前の損になるよ。」

「それ、もとも困る、がまんしてくれるよろしい。」
「がまんも何もないよ、おれたちがすきでむれるんぢやないんだ。ひとりでにむれてしまふさ。早く蓋をあけろ。」
「も二十分まつよろしい。」
「えい、仕方ない。そんならも少し急いであるきな。仕方ないな。ここに居るのはおまへだけかい。」
「いゝや、まだたくさんゐる。みんな泣いてばかりゐる。」
「そいつはかあいさうだ。陳はわるいやつだ。なんとかおれたちは、もいちどもとの形にならないだらうか。」
「それはできる。おまへはまだ、骨まで六神丸になつてゐないから、丸薬さへのめばもとへ戻る。おまへのすぐ横に、その黒い丸薬の瓶がある。」
「さうか。そいつはいゝ、それではすぐ呑まう。しかし、おまへさんたちはのんでもだめか。」
「だめだ。けれどもおまへが呑んでもとの通りになつてから、おれたちをみんな水に漬けて、よくもんでもらひたい。それから丸薬をのめばきつとみんなもとへ戻る。」