「わしだよ。そこでさつきの話のつゞきだがね、おまへは魚屋の前からきたとすると、いま鱸(すずき)が一匹いくらするか、またほしたふかのひれが、十両(テール)に何斤くるか知つてるだらうな。」
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「さあ、そんなものは、あの魚屋には居なかつたやうだぜ。もつとも章魚(たこ)はあつたがなあ。あの章魚の脚つきはよかつたなあ。」
「へい。そんないい章魚(たこ)かい。わしも章魚は大すきでな。」
「うん、誰だつて章魚のきらひな人はない。あれを嫌ひなくらゐなら、どうせろくなやつぢやないぜ。」
「まつたくさうだ。章魚ぐらゐりつぱなものは、まあ世界中にないな。」
「さうさ。お前はいつたいどこからきた。」
「おれかい。上海だよ。」
「おまへはするとやつぱり支那人だらう。支那人といふものは薬にされたり、薬にしてそれを売つてあるいたり気の毒なもんだな。」
「さうでない。ここらをあるいているものは、みんな陳のやうないやしいやつばかりだが、ほんたうの支那人
なら、いくらでもえらいりつぱな人がある。われわれはみな孔子聖人の末なのだ。」
「なんだかわからないが、おもてにゐるやつは陳といふのか。」
「さうだ。ああ暑い、蓋をとるといゝなあ。」
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