宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 2/12

 山男は仰向けになつて、碧(あお)いああをい空をながめました。お日さまは赤と黄金(きん)でぶちぶちのやまなしのやう、かれくさのいゝにほいがそこらを流れ、すぐうしろの山脈では、雪がこんこんと白い後光をだしてゐるのでした。
(飴(あめ)といふものはうまいものだ。天道(てんと)は飴をうんとこさへてゐるが、なかなかおれにはくれない。)
 山男がこんなことをぼんやり考へてゐますと、その澄み切つた碧いそらをふわふわうるんだ雲が、あてもなく東の方へ飛んで行きました。そこで山男は、のどの遠くの方を、ごろごろならしながら、また考へました。
(ぜんたい雲といふものは、風のぐあひで、行つたり来たりぽかつと無くなつてみたり、俄かにまたでてきたりするもんだ。そこで雲助とかういふのだ。)
 そのとき山男は、なんだかむやみに足とあたまが軽くなつて、逆さまに空気のなかにうかぶやうな、へんな気もちになりました。もう山男こそ雲助のやうに、風にながされるのか、ひとりでに飛ぶのか、どこといふあてもなく、ふらふらあるいてゐたのです。