宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 3/12

(ところがここは七つ森だ。ちやんと七つつ、森がある。松のいつぱい生えてるのもある、坊主で黄いろなのもある。そしてここまで来てみると、おれはまもなく町へ行く。町へはひつて行くとすれば、化けないとなぐり殺される。)

 山男はひとりでこんなことを言ひながら、どうやら一人(ひとり)まへの木樵(きこり)のかたちに化けました。そしたらもうすぐ、そこが町の入口だつたのです。山男は、まだどうも頭があんまり軽くて、からだのつりあひがよくないとおもひながら、のそのそ町にはひりました。
 入口にはいつもの魚屋があつて、塩鮭のきたない俵だの、くしやくしやになつた鰯のつらだのが台にのり、軒には赤ぐろいゆで章魚(たこ)が、五つつるしてありました。その章魚を、もうつくづくと山男はながめたのです。
(あのいぼのある赤い脚のまがりぐあひは、ほんたうにりつぱだ。郡役所の技手(ぎて)の、乗馬ずぼんをはいた足よりまだりつぱだ。かういふものが、海の底の青いくらいところを、大きく眼をあいてはつてゐるのはじつさいえらい。)
 山男はおもはず指をくはへて立ちました。するとちやうどそこを、大きな荷物をしよつた、汚ない浅黄服の支那(しな)人が、きよろきよろあたりを見まはしながら、通りかゝつて、いきなり山男の肩をたゝいて言ひました。