宮沢賢治幻燈館
「黄いろのトマト」 12/15

看板の中には、さっきキスを投げた子が、二疋の馬に片っ方づつ手をついて、逆立ちしてる処(ところ)もある。さっきの馬はみなその前につながれて、その他にだって十五六疋ならんでゐた。みんなオートを食べてゐた。
 おとなや女や子供らが、その草はらにたくさん集って看板を見上げてゐた。

 看板のうしろからは、さっきの音が盛んに起った。
 けれどもあんまり近くで聞くと、そのなにすてきな音ぢゃない。
 たゞの楽隊だったんだい。
 たゞその音が、野原を通って行く途中、だんだん音がかすれるほど、花のにほひがついて行ったんだ。
 白い四角な家も、ゆっくりゆっくり中へはひって行ってしまった。
 中では何かが細い高い声でないた。
 人はだんだん増えて来た。
 楽隊はまるで馬鹿のやうに盛んにやった。

 みんなは吸ひこまれるやうに、三人五人づつ中へはひって行ったのだ。
 ペムペルとネリとは息をこらして、じっとそれを見た。
『僕たちも入ってかうか。』ペムペルが胸をどきどきさせながら云った。
『入りませう』とネリも答へた。
 けれども何だか二人とも、安心にならなかったのだ。どうもみんなが入口で何か番人に渡すらしいのだ。
 黄金をだせば銀のかけらを返してよこす。