宮沢賢治幻燈館
「黄いろのトマト」 13/15

 そしてその人は入って行く。
 だからペムペルも黄金をポケットにさがしたのだ。
『ネリ、お前はこゝに待っといで。僕一寸うちまで行って来るからね。』
『わたしも行くわ。』ネリは云ったけれども、ペムペルは

もうかけ出したので、ネリは心配さうに半分泣くやうにして、又看板を見てゐたよ。
 それから僕は心配だから、ネリの処に番しようか、ペムペルについて行かうか、ずゐぶんしばらく考へたけれども、いくらそこらを飛んで見ても、みんな看板ばかり見てゐて、ネリをさらって行きさうな悪漢は一人も居ないんだ。
 そこで安心して、ペムペルについて飛んで行った。
 ペムペルはそれはひどく走ったよ。四日のお月さんが、西のそらにしづかにかかってゐたけれど、そのぼんやりした青じろい光で、どんどんどんどんペムペルはかけた。僕は追ひつくのがほんたうに辛かった。眼がぐるぐるして、風がぶうぶう鳴ったんだ。樺の木も楊(やなぎ)の木も、みんなまっ黒、草もまっ黒、その中をどんどんどんどんペムペルはかけた。
 それからたうとうあの果樹園にはひったのだ。
 ガラスのお家が月のあかりで大へんなつかしく光ってゐた。ペムペルは一寸立ちどまってそれを見たけれども、又走ってもうまっ黒に見えてゐるトマトの木から、あの黄いろの実のなるトマトの木から、黄いろのトマトの実を四つとった。それからまるで風のやう、あらしのやうに汗と動悸(どうき)で燃え乍(なが)ら、さっきの草場にとって返した。僕も全く疲れてゐた。