宮沢賢治幻燈館
「黄いろのトマト」 14/15

 ネリはちらちらこっちの方を見てばかりゐた。
 けれどもペムペルは、
『さあ、いいよ。入らう。』
とネリに云った。
 ネリは悦んで飛びあがり、二人は手をつないで木戸口に来たんだ。ペムペルはだまって二つのトマトを出したんだ。
 番人は『えゝ、いらっしゃい。』と言ひながら、トマトを受けとり、それから変な顔をした。
 しばらくそれを見つめてゐた。
 それから俄かに顔が歪んでどなり出した。
『何だ。この餓鬼め。人をばかにしやがるな。トマト二つで、この大入の中へ汝(おまへ)たちを押し込んでやってたまるか。失せやがれ、畜生。』
 そしてトマトを投げつけた。あの黄のトマトをなげつけたんだ。その一つはひどくネリの耳にあたり、ネリはわっと泣き出し、みんなはどっと笑ったんだ。ペムペルはすばやくネリをさらふやうに抱いて、そこを遁(に)げ出した。
 みんなの笑ひ声が波のやうに聞えた。
 まっくらな丘の間まで遁げて来たとき、ペムペルも俄かに高く泣き出した。ああいふかなしいことを、お前はきっと知らないよ。